第3話 冒険のお約束


 最初の目的地であるバスタの村は王都からそう遠くない、今は深夜だが日が昇る前には着く事だろう。

 馬車が長年往来した跡がそのまま道になっておりそれを辿って歩いていけば迷う事は無い。

 ただ現在は暗い夜道、夜行性の魔物や強盗目的の野盗なども出没すると聞く。

 まともな旅の知識を持つ者ならばこんな夜中に移動する様な無謀はしないだろうが俺の場合事情が事情だ、目立たない様に行動するには敢えて危険を冒す必要もある。

 まあ俺ほどの武芸の実力があればこの程度どうという事は無い。


 さてただ淡々と歩くのも味気ない、少し思考を整理しよう。

 出発前に王都で集めた噂話などを聞く限り勇者アデルは半年前にバスタ村を訪れ村を占拠していた魔王軍の幹部を撃退、村を解放したという。

 この退ってのが微妙に引っかかるんだよな、何故では無いのか。

 アデル程の実力があればその魔王軍幹部とやらを討ち取るなど造作も無いだろう、しかも最前線に出て来る程度の幹部となると魔王軍の中でもそこまで強くはない筈だ。

 何故かって? 魔王軍が進軍を開始して王都のすぐ傍であるバスタ村まで到達した時期ってのはタイミング悪く勇者が不在であったからだ。

 何の抵抗もない侵攻作戦において最強クラスの幹部が出張って来ることはまずあり得ない。

 戦略的な意味で軍の最高戦力はここぞという時に投入するのが定石だ。

 何故勇者が不在な時期があるのかの理由は分からない、俺自身も組み込まれているこの勇者というシステムは実は重大な欠陥があって平和な時期には勇者の役職は空席なのだ。

 この事については俺も詳しくは知らないのだが昔から平時に勇者を擁立してはならないという決まりがあるらしい、古の伝承が元になっているとか何とか。

 だからいつも魔王軍の進軍開始から勇者を選定しなければならずいつも後手に回ってしまうのである、実に間抜けな……おっとお粗末なお話しだ。

 取り分け今回は魔王軍の進軍が事の外早く、あわや王都侵攻直前まで来てしまったのである。

 話を元に戻す、魔王軍がバスタから去ってから半年、それ以降魔王軍が王都はおろか王都近隣の村や町に侵攻した所か近付いたという話は聞いた事が無い、要するに勇者はしっかり仕事を全うしている事になる。

 実際レンドルから勇者が失踪したという話を聞かなければその事に気付く事すらなかっただろうからな。


 おっと、そろそろ来る頃かとは思っていたが早速おいでなすったな、微かに気配がする。

 両脇の茂み、足音を極力立てない様にしているが俺には分かる、数は五から六といった所か。


「ガアッ……!!」


 まずは左の茂みから飛び出してきたのは狼タイプの魔物だ、数は三頭。

 かなりの速度で俺に向かって駆けてくる、しかもジグザグに蛇行しながらだ。

 これは魔法や弓などの遠隔攻撃の的を絞らせない為にしている行動で魔物すら過去の経験則から学び、知恵を付けているから厄介だ。

 しかし所詮は獣タイプ、そこまで知能は高くない、それを分かっている人間様には勝てないという事、俺は剣を鞘から抜くと勢いよく横凪に振るった、剣筋の軌道に添って刃物のような衝撃波が飛んでいく。


「ギャンッ……!!」


 断末魔を上げ二頭が切り刻まれ肉片と化す、どんなに横方向に移動しようとも横一閃に襲い掛かる斬撃は躱せないしかし一頭は跳躍して躱したようだ。


「グラァ……!!」


 頭上から襲い来る魔物、しかし宙に逃れたのは失敗だったな空中では自由に移動できまい。

 こちらに接近するタイミングを見計らい下方向から弧を描くように剣を振り上げる。


「キャン……!!」


 縦に真っ二つになり左右に分かれ落下する魔物だったもの、俺は身体を捻り返り血を回避した、そのままの位置でも俺に魔物の肉片が中る事は無いが血が目に入ってしまうのを避ける為でもある、それに旅に出てそうそう衣服を汚されては敵わない。

 直後もう一方の茂みにも動いた気配がした、俺自身移動してしまったので少し背後になっている、急いで振り向く。


「……あれ?」


 すぐさま魔物が襲い掛かって来ると思っていたが中々茂みから出て来ない。

 剣を構えたまま僅かの時間茂みを凝視する、すると何故かのそのそと魔物が三頭ゆっくりと茂みから出て来てそのままぱたりと俺の目の前で倒れ込んでしまったではないか。


「どうなっているんだ?」


 倒れ絶命している魔物の身体を調べる、すると胴体に何かに貫かれた様な大きな穴があった、全ての個体にだ。

 しかもその穴の傷跡は焼け焦げていて肉の焼けた匂いがした。

 こいつらを仕留めたのは炎属性のスキルか魔法を付加エンチャントした槍状の武器による攻撃か或いは炎属性の貫通魔法かだろう。

 一体誰の仕業だ? こんな芸当が出来るという事は相当な手練れだ、そんな奴が俺に気配を悟らせずに近くに潜伏していると考えるとこんな狼たちとは比べ物にならない程の脅威だ。

 だがその者の気配は全く感じられない、いや感じられないのは先ほどと同じ、見方を換えるならそいつがその気なら俺は今頃生きていなかったのかもしれない。

 俺はより一層神経を周囲に張り巡らせながら歩みを進めるしかないのだ。


 それから二時間は歩いただろうか、あれ以降魔物も件の謎の人物も襲い掛かっては来なかった。

 もう東の空が少し白み掛かっている。

 しかし神経が磨り減るとは正にこの事、まるで格上の武芸者と長時間命懸けの戦闘でも熟したかの様な身と心の消耗具合だ。

 

「うん? この気配は……」


 ここに来て実に分かり安い気配を撒き散らす存在が俺を取り巻いている事に気付く。

 こういった規則性のある囲み方をして来るのは明らかに知能が高い生物、ゴブリンかはたまたオークか、或いは……。


「おいお前!! 金目の物を置いて行け!!」


 筋骨隆々の大柄で汚らしい身なりの人間の男が道の脇の茂みから出て来て俺の前に立ち塞がる。


「……へへへ」


 直後、その男の左右、そして背後にも数人男たちが現れ俺を取り囲む。

 今しがた探知した通りの配置だな。

 最初に出て来た大男は恐らくこの集団のリーダーだろう。

 やれやれ先ほどの狼といい旅に出てすぐに思い浮かべた通りの配役が御登場とは恐れ入る、定番にも程がある。

 何故だか知らないがじわじわと笑いが込み上げてくる。


「何だてめぇ!? 何がおかしいんだ!?」


「フフッ……おっと悪いな、つい堪えられなくなって、こんなコテコテの野党が御登場とは……クククッ」


「馬鹿にしやがって!!」


 そのつもりはなかったがどうやら表情に出てしまっていたらしい、それが癇に障ったのか大男は物凄い怒りの表情で俺を怒鳴り付けた。


「荷物さえ置いていけば命までは取るつもりは無かったが構うこたぁねぇ!! てめぇらやっちまえ!!」


「おう!!」


 大男は号令を出し仲間を嗾けてきた。

 それにしてもお優しい事だ口頭で言う事を聞けば相手に手を出さないとはな、それも考慮するのと見た目も相まってこの男たちは対して強くないのが伺い知れる。

 相手の実力も分からずそちらから仕掛けてきたんだ覚悟しろよ?

 こうなると楽なもので俺はバッタバッタと男たちを叩きのめしていき残すはリーダーらしき大男を残すのみとなった。


「ヒィイイ……!!」


 腰を抜かし恐れ慄く大男。


「一応加減はしてやった、骨くらいは折れている奴もいるかもしれないがそれは喧嘩を売ってはいけない奴に喧嘩を売ってしまったと学べた事の授業料とでも思ってもらおうか?」


 殺す気は無いが剣を地面にへたり込んでいる大男の首元に当てる。


「勘弁してください!! 勘弁してください!! もうこんな事はしませんから!!」


 素早く地面に手を付き土下座を始めた大男、身のこなしからどこか土下座を感は否めないが俺は剣を引いて鞘に収めた。


「二度と俺の前には顔を見せるなよ?」


「はい!! ありがとうございます!!」


 大男は近くに倒れていた仲間を数人両肩に担ぎ上げそそくさと茂みの中に姿を消した、他の男たちも傷口を押さえながらよろよろと立ち上がり後に続く。

 何て手応えの無い連中だ、これなら夜中に戦った狼たちの方がまだ緊張感があった。

 

 進行方向には村らしきものが見える、日は完全に俺の頭上に昇っていた、朝が来たのだ。

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二番目勇者じゃ駄目ですか?~補欠勇者の冒険譚~ 美作美琴 @mikoto

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