第1話 補欠勇者、突然の勅命


 「ハッ!! ターーーッ!!」


 俺はデュー、真の勇者を目指す男。


 今日も案山子相手に木刀で打ち込みをしている。

 約半年前……前回の勇者選抜試験には落ちたが次こそは……その為の鍛錬は毎日欠かさない。

 言い訳がましくなるがいい所までは行ったんだ、試験の最後はそれまでの厳しい一次、二次試験を突破した受験者がトーナメント戦で争うというものでお察しの通り優勝した最後の一人が最高の栄誉、勇者に選抜されるんだ。

 そこで俺は決勝戦まで勝ち残り対戦相手はアデルという男だった。

 年の頃は俺と同じ十代後半くらい、そこまで良くない体付き、どこか憂いと言うか神経質と言うかそんな繊細な感じを受ける印象だった。

 闘技場の中央で睨み合い対峙する俺とアデル、その儚げでひ弱とも取れる見た目、しかし俺はアデルの視線にまるで絡み取られるような不快感を感じ身体が僅かに硬直していた、認めたくは無いが。

 

「始め!!」


 静寂を破る試験官の声が闘技場内に轟く、俺は合図と共にアデルに突撃をするつもりだったんだが先ほどの硬直のせいで一瞬で遅れてしまったのだ。

 僅かに足が縺れる、だが今は試合中だ切り替えなければ、しかしその一瞬が勝敗を分けた、アデルは既に俺のすぐ目前にまで迫っていて試験用に刃の付いていない剣を高々と振りかぶっていた。


「あ……しまっ……!!」

 

 次の瞬間からの記憶を俺は持っていない。

 気が付いた時には医務室のベッドの上だったのだ。

 頭には大きな瘤が出来ていた。

 あの試合直前にアデルから感じたは何だったのか、気迫? 闘気? それとも魔法? よく分からない。

 当然最終試験トーナメントの勝者はアデル、彼は勇者アデルとしてこれから魔王討伐の任に就くのである、皆の羨望と嫉妬をその身に受けながら。

 あれから俺はアデルに会っていない、あいつが勇者として旅立つ壮行会にも出なかった、当たり前だ悔しくってどの面下げて公衆雨の面前に出ればいいのだ、補欠勇者と揶揄されて嫌な思いをするのが目に見えている。

 俺はというとトーナメント準優勝という事で勇者アデルの身に不測の事態が起こった時の補充要員、謂わば補欠勇者という訳だ。


「精が出るわね、今日も鍛錬?」


「……ミノンか」


 俺に声を掛けてきたのはミノン、魔法使い見習いの少女で俺の幼馴染だ。

 愛用の身体に不釣り合いなほど大きな魔法の杖マジカルスタッフを携えている。


「ねぇデュー、そんなに頑張らなくたっていいんじゃないの? アデルに何かあったらデューが勇者に成れるんでしょう?」


 ブロンドの三つ編みを揺らしスカイブルーの瞳で無邪気の俺の顔を覗き込んで来る。


「お前な、本気で言ってるのか? あんな無様な結果俺自身が俺を許せないんだよ、誇りと自尊心を失ったら男に生まれた甲斐が無いだろうが」


 補欠でも成れただけ良かったじゃないかと言うヤツらもいた、しかし俺はこんな結果は望んでいない。

 負けて勝ち取った二番手という屈辱は当然許容出来るものではない、俺はあくまで実力で一番になり本当の意味で勇者に成りたいのだ。

 これは俺個人の誇りプライドの問題だ、それ以上でも以下でもない、そういう事で次いつあるか分からない勇者選抜試験の為に今から鍛錬を重ねているのである。


「ふーーーん、男の子って大変ね」


 実に興味が無いといった素振りでミノンはそう言った。


「今日は何の用だ? 見ての通り俺は鍛錬で忙しいんだ、用が無いなら帰ってくれないか?」


 俺はミノンの方を見ずに再び案山子に打ち込みを始めた。


「フフーーーン、実はね? デューに見せたい物があるんだぁ」


 ミノンは両手を腰の所に回し自信満々な誇らしげな顔をして俺に近付いて来る。

 明らかに何かを隠しているな、何だ?


「ジャーーーーン!! わたくし魔法使い見習いミノンは魔法使い試験に合格し正式に魔法使いになりましたーーーーー!! パチパチパチ!!」


 後ろから勢いよく突き出した手には魔法使い試験に合格した事を証明する証書が握られていた。


「……なっ……何だと……?」


 俺はゆっくりと膝から地面に崩れ落ち両手も付いて四つん這いになった。

 まさか俺がミノンコイツに先を越されるとは……。

 俺たちは小さい頃から俺は勇者、ミノンは魔法使い、どちらが先に試験に合格出来るか競っていたのだ。

 昔はどこに行くにも俺のシャツを引っ張って付いて来た泣き虫のミノンの事を無意識の内にどこか下に見ていたのだろう、こうなってしまってはそれは俺のただの驕りに過ぎない。


「これで冒険者登録も出来るようになったし仕事も受けられるんだよーーーううん……」


 至福の表情で愛おしそうに魔法の杖に頬ずりするミノン。

 俺はもうコイツに偉そうな口を叩けねぇ。


「ねぇ憶えてる? 試験に先に合格した方が負けた方に何でも言う事聞いてもらえるって約束……」


 フフンと鼻を鳴らし流し目で俺の方に視線を寄越すミノン。


「ええと……そんな話あったっけかな……?」


 俺は敢えてミノンから視線を外し吹けもしない口笛を吹く。


「あーーーーっ!! しらばっくれてる!! 絶対したからその約束!! ってか言い出しっぺはデューの方でしょう!?」


「ぐぬぬ……」


 物凄い剣幕でに詰め寄って来るミノン、顔が近い顔が近い!!

 いやしたさしたともその約束、さっきも言ったが格下だと思っていたミノンに負ける筈が無いと俺からこの約束を取り付けたのだ。

 その時は自分に勝ち目が無いとミノンが半べそを掻いていたのを覚えている。

 だが今はどうだ、完全に立場が逆転してしまった」


「分かった!! 分かったって!! 男に二言はねぇ!! 何でも望みを言ってみろ!!」


「あっ今、何でもっていったね!?」


「……出来れば実現可能なものにしてください……」


 仕方ないだろうこうなったら腹をくくる。


「えーーーっとじゃあね、デューは私と……」


「頼もう!! デュー!! デューと申す者はいるか!?」


 男の大声にミノンの言葉が遮られる。


「もう!! 何なのよ?」


 憤懣やるかたないミノンをよそに今俺たちが居る稽古場である裏庭に身なりの良い数人の男が入ってきた。


「あんたらは?」


 服装から城からの使いだと予想できる。


「突然の訪問失礼するよデュー殿」


 ひと際身なりが良く気品のある男が一歩前に進み出る。

 あれ、俺この男に見覚えがある、そうだ、最終試験の決勝戦の時審判をしていたあの男だ。


「私はレンドル、王家に使える者だ」


 被っていたシルクハットを取り恭しくお辞儀をするレンドル。


「ど、どうも……」


 普段しないお辞儀をぎこちなく返す俺。


「お嬢さん、少し外してもらえないかな?」


「……はっ、はい」


 物腰穏やかな様でいて鋭い眼光で威圧感丸出しのレンドルにたじろぐミノンは素直に言う通りに裏庭から出て行った。


「人払いも出来た事だし要件を話そうか……おっとその前に言っておく、とても重要な事なので口外無用で頼むよ、国家的に最重要な事なのでね……約束できるかな?」


「……あ、ああ……承知した……」


 このレンドルとか言う男、とんだ食わせ者だ、身体から発せられるオーラが半端ではない、飄々とした見た目に寄らずかなりの猛者と見た。


「よろしい、では用件を伝える……勇者アデルが行方不明になった」


「……行方不明……ですか……?」


 緊張感に俺が普段使わない敬語が更に浮き立つ。


「そうだ」


「原因は!? まさか魔王軍やモンスターにやられたって事ですか!?」


 レンドルの衝撃的な話に俺は興奮気味に質問を重ねた、まさかあれほどの実力者がそうそう簡単に負けるとはにわかには信じられないからだ。


「まあ落ち着き給えよ、順に話そうじゃないか」


「……失礼しました」


「実の所全てが不明のまま、分かっている事は勇者アデルが失踪したという事実のみ」


「そんな……」


 信じられない、まさか勇者の使命を放棄した可能性もあるって言うのか?


「そこで君に白羽の矢が立った、勇者アデルの失踪の理由、原因を捜査して私に報告してはくれまいか?」


「俺がですか?」


「勿論、君は勇者選抜試験で準優勝だったよね? 喜び給え現時点で勇者の資格は君に譲渡された」


「………」


「おや? 嬉しくないのかね?」


「いえ、そんな事は……」


 くそっ、まさかこんなにすぐに俺は勇者に成るって言うのか? こんな不本意な形で? 補欠の勇者……結局は自分の立場からは逃れられないって事かよ。


「では早速任務に就いてもらおうか、あれをここへ」


 後ろにいた男が西瓜ほどの大きさの革袋を俺の所に持って来た。

 受け取るとそれはズシリと重かった。

 恐る恐る革袋の紐を緩めて中を見る。


「これは……金貨ですか?」


「経費だと思ってくれて構わない、ただそれには口止め料も入っている、この事は絶対外に漏らさぬよう」


 それにしても凄い数の金貨だ、こんな数の金貨生まれて初めて見たぜ。


「分かりました、その任務必ずや遂行して見せましょう」


「流石だなそれを聞いて安心したよ」


 レンドルは先ほどとは打って変わってこれ以上ない柔和な表情を浮かべた。


「一つ確認なのですが捜査にあたって仲間を連れていく事は可能でしょうか?」


 それを言った途端再びレンドルの表情が曇る。


「何を言っているんだ、今内密にと言ったばかりだろう、同行者は絶対に認められない」


「一人でやれって言うんですか!?」


「何を言っているのだね、勇者とは元来孤独なものではないか、勇者を目指していたのなら知っているのではないのかね?」


 そうだった、勇者は古より一人で魔王を討ち取る者とされているのだ。

 これは代々語り継がれる伝説であり、失踪した勇者アデルも一人で旅立ったのだ。


「申し訳ありません、失念しておりました」


「分かれば宜しい、では頼んだぞ」


 そう言うとレンドルは外套を翻しながら踵を返し従者共々裏庭から出て行った。


「俺が……勇者……」


 念願の勇者に成った、しかし実感が湧かない、きっと自分で掴み取ったものでは無いからだろう。

 しかしそうも言ってられないこれは世界の命運を掛けた使命なのだから。

 早速俺は旅の身支度を始める事にした、そう誰にも知られずに。

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