第8話 ヒロインとの対決? いいえ、受け流します!

 放課後の、学園の薔薇園に隣接しているカフェは大勢の生徒で賑わっている。わたしは比較的すいている席を選んで座った。

 イングリッシュガーデンのテラス席みたいな、風の通る気持ちの良いオープンスペース。空は青いし雲は白いし、漂ってくる薔薇の香りも実にかぐわしい。完璧に乙女チックな視界。

 わたしもこの世界に転生して、だいぶハイソサエティな世界にも慣れた。

 けれど、ふとした瞬間に、思うのよ。

「あの、薔薇のアーチの陰なんかに、敵の下っ端戦闘員が潜んでいないかな……」なんて。

 ふっ、妄想よ、妄想。

 ベルナールお兄様やお父様やお母様、それにこの貴族学園では完璧な侯爵令嬢の猫を被っているけど。

 そして、その巨大な猫かぶりもまったく苦ではなくなったどころか、わたしの体と精神に一体化しつつあるけれど。

 でも、ふとした瞬間に思うのだ。

 薔薇園で、高貴な香り漂うハーブティを堪能するより、ポテチをつまみ、コーラで喉を潤しつつ、戦隊ヒーロー番組を堪能したいなーって……。

 この乙女ゲーム世界では、新しいヒーロー番組を見るなんてことは不可能だから、幼少のころから見続けた歴代のヒーロー番組を、延々と脳内リピートするしかないのだけれど。

 やっぱりそろそろ生で、いや、テレビ画面でいいから、爆音と爆炎を堪能したい……と。

 鉱山の採掘場にでも視察に行かせてもらおうかしら……。

 ああ、乙女チックな世界から、ちょっとでいいから離れたい……。

 でも、離れると、ベルナールお兄様とも離れることになる……。むむむ、それは嫌だわ。

 両立って、できないのかしらね……。

 せめてここが、剣と魔法の世界なら、貴族のご令嬢だって「ファイヤーボールっ!」とか、火炎魔法を繰り広げて、魔獣や魔物を退治することができると思うのだけれど……。

 平和で、戦争の危険もない、恋愛中心の世界なのよねー、ここ。

 もちろん平和は大事。

 戦争なんて、絶対に反対。

 だけど、娯楽もないからなあ……。

 この世界のお貴族様の娯楽……。

 男の人はチェスとか、ビリヤードとか。お母様世代は観劇に刺繍とか。社交にお茶会は娯楽というよりもむしろ貴族のご婦人のお仕事だし、刺繍は娯楽というよりも必須技能かな。

 演劇も一応あるけど、観劇費用はめっちゃ高い。それに大人向けなので、子どもが気楽に見られるようなものじゃあないのよね。

 某ドームシティで、ヒーローと握手! なーんて催し物は、当たり前だけど、ない。

 スーパーの屋上や住宅展示場での無料の魔法少女ショーとかヒーロー握手会なんてものもない。

 そもそもスーパーや住宅展示場なんてものがないからなあ……。

 あとはなにかなあ……。

 書物とかもあるけど、歴史書とか実用書とか、あと恋愛小説とかばかりだし。絵本とかもないよねえ……。

 ないなら作るしかないだろうけど。

 そういう転生チート系のラノベも、女子高の時の同級生が読んでいたなあ……。

日本の知識をもとにチート。石鹸作ったり、化粧水作ったり、本を作ったり、あと日本食ね。

 でも……戦隊ヒーロー絵本作っても、理解されるのかしら? 文化が違うものねぇ、ここ……。

 なーんてことを、つらつら考えていたら、わたしの背後から、いきなり、「ひどいじゃないですかぁ」という、甘ったるい声がした。

 なにごとかと思って、わたしは振り向いた。

 そうしたら、乙女ゲームのヒロインであるエーヴ嬢が、わたしの後ろに立っていた。

 わたしの護衛が、素早くわたしとエーヴ嬢の間に立ちふさがる。エーヴ嬢は、薄桃色の、零れ落ちそうなほどの大きな目で、わたしの護衛たちを睨みつけた。

 え、え、え? なに?

「どいてください。あたしはレベッカさんに用事があるんですっ!」

 エーヴは、わたしの護衛たちを押しのけようとする。だけど、護衛たちはびくともしない。我が家の護衛、優秀!

「レベッカお嬢様に近寄らないでください」と、エーヴ嬢を押しのける。

 うわー……、面倒だな。

 この場は護衛に任せて、立ち去ったほうがいいかな?

 それとも乙女ゲームでよくある悪役令嬢のセリフ、「わたくし、あなたにわたくしの名を呼ぶ権利は与えていませんわ」とか言ったりするべき場面なのだろうか? 

 一瞬だけ考えた。

 で、回避を選択。

 はい、スルー。

 わたしはヒロイン・エーヴ嬢になんて気が付いていませんよー。

 わたしは開いていた本を閉じる。

「そろそろ迎えも来るかしら。エマ、行きましょう」

 わたしは穏やかに侍女のエマに微笑みかけて、そして椅子から立ち上がる。

 とりあえず、エーヴ嬢は無視して立ち去ろうとしたんだけど。

「ちょっと! 逃げるなんて卑怯でしょっ! あんたのせいで、今、ローランは追試なんて受けらせられているのよっ!」

 エーヴ嬢の金切り声に、カフェにいた他の生徒や従業員たちが、皆、ぎょっとした顔になる。

 ……ちょっと待て、今、エーヴ嬢は、何と、言った?

 わたしの名を勝手に呼んだのも、侯爵令嬢を「様」ではなくて「さん」で呼んだのも、ここが学園だからってことで、大目に見ることは……、本当はできないけど、ま、学園は失敗をして覚えていく場だから、多少なりとも大目に見てあげても構わないよ的に、温くスルーは可能っていえば可能。

 だけど、今、エーヴ嬢は、よりにもよって王太子殿下のことを、名前で呼んだ。

 しかも敬称もつけずに。

 二人だけの秘密で、二人きりの場所で王太子殿下のことを名前で呼ぶのならともかく、こんな大勢の人間がいる場所で、敬称もなくファーストネームを呼ぶなんて。

 あり得ない。

 不敬罪とか適用されるレベルだよ。

 さすがのわたしも、侯爵家の娘として、それに王太子殿下の婚約者という立場を持つものとして、今のエーヴ嬢の発言をスルーしてはならないのだ……なーんてね。

 だけど、真正面から反応してあげるなんて、わたしはそんなに親切じゃない。

 んー、ジャブ程度の牽制……かな?

 何度も突進されるのも面倒だし。

 わたしはゆったりとした動きで、体の向きを変える。そうして、エーヴをじっと見て、わざとらしいほどに明るい笑顔を作った。

 「にこっ!」程度じゃなくて「にっこーっ‼」くらいに勢いで。

「もしも、わたくしになにか言いたいことがあるのなら、まずは書面で面会でも申し込んでくださるかしら? あなたのお話が聞くに値するとわたくしが判断すれば、きちんと面会の時間を取りますわ」

 そしてさらに追加の笑顔。

 「にこにこにこにこ」令嬢スマイル。

「はあ⁉ なに言ってんのアンタ!」

「初対面の人間に対するマナーです。わたくし、マナーもきちんと覚えていない人間に時間をかけるつもりはありませんの」

 スマイル更に強化、どん!

「マナーなんて、どうでもいいのよっ! あんたのせいでローランが補習と追試を受けることになっちゃったじゃないのっ! どうしてくれるのよっ! 今日これからローランと一緒に遊びに行くつもりだったのにっ!」

 あー、馬鹿々々しい。

「殿下がどこかの誰かと遊んでいて、まともに学園の授業を受けず、試験に不合格で、レポートの提出という課題を教師から出されて、それをご自分では行わず、わたくしにレポートを書かせ、ご自分の字で書きなおすこともせず、わたくしが書いたそのままを教師に提出して、教師から補習と追試を受けさせられている……のですよね。それ、わたくしに非はありませんわ」

 我が国の王太子殿下は一般科の試験にも不合格で、しかも追試を受けさせられるほどの程度の頭しか持ち合わせていませんよーと、カフェ中に伝わるような声で、わたしは言った。

「あ、あんた、ローランの婚約者でしょうに! ローランが学園生活を楽しく過ごせるように手助けするのが当然でしょうっ!」

「手助け? ああ、ならば、ローラン王太子殿下は紳士科から転落しただけではなく、一般科の授業にもついていけず、再試験を受けるほどだということを、国王陛下や王妃殿下にご報告いたしましょう。そうすれば、殿下が授業を聞いて理解できるように、家庭教師なり、学園生活をサポートしてくれる補助員なりをつけてくれるでしょう」

「あんたが殿下の課題を代わりにやればいいだけじゃない! 婚約者なんだからっ!」

「わたくしは淑女科ですわよ? 殿下とは異なるコースに在籍しているというのに、フォローはできませんわ。時間割りも課題もなにもかも違うのですもの。わたくしがいなくとも、王太子殿下のおそばには側近というものが複数人付けられているのですから、殿下のフォローは彼らの仕事。婚約者と言えども、王太子殿下の側近の皆様のお仕事をわたくしが取り上げるわけには行けませんわ」

わざとらしく、一息入れてから、続ける。

「先日の課題提出の件は、殿下の側近の方々が、わざわざわたくしにやれなどと、言ってきたもの。殿。仕方なく取り急ぎわたくしが代わりに行いましたけど。異なる学科に所属しているわたくしができる程度の課題を、側近の皆様がおできにならないのでは、今後、殿下をお支えすることがか可能なのかしら? 側近としての能力に欠けるのではないかと、陛下に進言いたしましょう。もっとまともに、王太子殿下のサポートができる有能な人員が必要だと愚考するとね」

 学園での王太子殿下のフォローは婚約者の仕事じゃないと、わたしは笑顔で答えてやった。

 そして付け加えた。

「文句があるのなら、あなたが国王陛下に上申でもしたらよろしいわ。『王太子殿下の現状の側近だけでは、王太子殿下の学業がまともに行われないので、王太子殿下の婚約者の業務に、王太子殿下の学園での課題の代行を付け加えよ』とね」

 わたしの言葉が予想外だったのか、エーヴ嬢は呆気にとられたように「は?」と口を開けて固まった。

 それとも、「愚行」だとか「上申」だとかの単語がエーヴ嬢には難しすぎて、理解できないのかしら?

 無能の王太子殿下のサポートは婚約者のお仕事じゃありませーん。

 学力に不足があるなら、家庭教師。

 サポートが必要なら側近。

 殿下のフォローはそう言った立場の人がやるべき仕事でーっす。

 文句らあるなら国王陛下に申し上げなさい。

 要約すればそういうことを、お嬢様口調で言ったけど、ヒロインちゃんには理解できたかな~?

 まあ、いいや。

 王太子は無能。

 ヒロインちゃんに伝わらなくても、今、この会話を聞いている周囲の生徒の皆様にはご理解いただけたでしょうから。

 「では、ごきげんよう」

 わたしは艶やかに笑って、エーヴ嬢に背を向ける。

「ま、待ちなさいよっ!」

 わたしの背後でエーヴ嬢がギャアギャアと騒ぎ出したけど、無視。

 護衛の人が頑張って、エーヴ嬢を抑えていてくれるから、あとでお礼をしよう。

 で、さっさとモンクティエ侯爵家の馬車に乗り込む。

 だってねえ、無礼を咎めるとか、真っ当に対応したら、こっちが馬鹿を見るもの。

 スルーして躱す、これ一択。

 お母様ならもっと華麗に躱せるだろうけど。

 んー、今のわたしではこの程度が精一杯。

 もっとご令嬢的スルー技術を学ばねば………。お母様に特別講義をお願いしようかなあ……。


 さて、モンクティエ屋敷に帰り着きました。

 残念ながら、お兄様もお父様も執務中ということだったし、お母様もなんとかっていう伯爵夫人からお茶会のご招待を受け、まだ帰られていない。

 なら、暇に任せて、陛下や王妃様に向けて、お手紙でも書いてしまいましょう。面倒なことは、さっさと済ますに限る。

 わたしが持っている中でも一番上質な便箋と封筒を取り出す。

 書く内容は、客観的な事実のみ。

 感情的な言葉などは絶対に書かない。

 まず、王太子殿下が一般科の試験で及第点が取れずに、教師から課題レポートの提出を求められたこと。

 その課題レポートをわたしに書くようにと、王太子殿下の側近がわたしに命じてきたこと。

 課題レポートの内容、書式などの指示がなかったので、それをわたしが教師に直接確認した上で、わたしが課題レポートを書き上げ、側近に渡したこと。

 側近たちは、わたしが書いたものを自分で書き写して、レポートを教師に提出したが、王太子殿下はわたしが書いたものを、表紙だけ自分の名に書き直しただけで、あとはわたしが書いたままのものを教師にレポートを摘出したこと。

 それを教師から咎められ、今日、補習と追試を受けさせられたこと。

 更に、今日はエーヴという名の女生徒と遊びに行く予定だったのに、再試験のせいで行くことができなくなったらしいこと。

 わたしが王太子殿下の学園での学業を肩代わりしなかったからだと、そのエーヴという名の女生徒から咎められたこともきちんと書いた。

「あんたが殿下の課題を代わりにやればいいだけじゃない! 婚約者なんだからっ!」エーヴ嬢からと言われたので「王太子殿下の婚約者としてのわたくしの業務に入っていない」ことを告げた上で、エーヴ嬢には「文句があるのなら、あなたが国王陛下に上申でもしたらよろしいわ。『王太子殿下の婚約者の業務に、王太子殿下の学園での課題の代行を付け加えよ』とね」と提案したので、もしもエーヴ嬢からその旨上申があれば、聞いてくださいとのお願いも付け加えておいた。

 よし、完璧。

 同じ内容の手紙を二通書き上げ、一通は国王陛下宛て、もう一通は王妃殿下宛てに、宛名を書いて、封筒に入れる。

あ、宰相にも送っておこうかな? 

 情報の共有って大事よね……。

 追加で一通書いてから、 侍女のエマを呼び「この手紙、王城に届けてくれる?」と手渡した。

 さーて、この結果はどうなるかな? ふっふっふ。










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