『乙女ゲーム』の『悪役令嬢』に転生⁉ わたしが好きなのは『戦隊ヒーロー番組』ですが?
藍銅 紅(らんどう こう)
第1話『乙女ゲーム』『悪役令嬢』に転生⁉ わたしが好きなのは『戦隊ヒーロー番組』ですが?
日曜の朝。わたしはワクワクしながらテレビをつける。
もちろん目当ては戦隊ヒーロー番組だ。
赤・青・黄色などで色分けされ、マスクとスーツで武装して戦う変身ヒーロー。
基本的には子ども向けの番組だけど、ヒーロー役に若手イケメン俳優を起用しているためか、最近は主婦層からの人気も高いらしい。もしかしたら、ヒーローが好きというよりも、戦隊ヒーロー番組に出演している若手俳優さんが好きなのかもしれないけど。まあ、それもありだ。
わたしはイケメンヒーローよりも、巨大化した敵の怪人を倒すため、ヒーローが乗り込む巨大ロボットとかのほうが好きだけどね。
それと大爆発シーンの爽快感!
お約束のストーリー展開とかもね、もう最高!
だけど、女子高の友達にそれを主張すると「変わった趣味、しているね……」って、ちょっと引かれたり、「あんたの精神レベル、幼稚園男児並みか!」ってツッコミを受けたりする。
だから、毎週の日曜の朝の戦隊ヒーロー番組は、わたし一人だけのお楽しみタイム。わたしのお母さんも、この時間だけはわたしに一切話しかけてこない。
ああ、カッコいいなあ……。爆音、爆炎、必殺技。巨大化は正義!
だけど、そんな巨大ロボ好き、爆発好きのわたしが、今期の戦隊ヒーロー番組では、とあるキャラクターにハマってしまった!
それが悪の組織の幹部の一人であったブラック様だ。
ブラック様を恋い慕う、妖艶な女幹部から熱烈なアプローチを受けても、表情一つ動かさないまま塩対応するクールビューティ系のブラック様。
物語の初めのほうでは、正義のヒーローたちを苦しめる存在だった。だけど、物語の終盤、実は敵の組織のボスに騙されていたことが判明する。そして、敵組織から抜け出すときに、女幹部はブラック様を助けて命を落としてしまう。震える手で、ブラック様は女幹部をそっと抱きしめる。
そして言うのだ。「私はお前以外の女を愛さない」と……。
それを見た瞬間、わたしは「ふおおおおおおおおっ!」と叫び声をあげた。
わたしは今まで、キャラクター萌えなんかしてこなかった。
爆破だ、よっしゃー!
敵の怪人、巨大化!
来るぞ、合体変形ロボ! こちらも巨大化して敵の怪人を倒すんだっ! ひゃっはーっ‼
毎週そんな感じ、だった。まさに幼稚園の男児並みの脳内レベル。
なのに一瞬で、魂をブラック様に持っていかれた。
ナニコレナニコレ、ブラックサマノ、コノ、ナミダッテ、ナンナンダアアアアアアアアっ!
わたしの言語中枢は、しばらくの間、壊れていた。
いや、言語中枢だけでなく、いろんなところが崩壊した。崩壊の後、即座に再構成はされたようで、戦隊ヒーロー萌えの幼稚園男児は、恋を知る乙女へと進化した。
女子としては、まっとうな進化だったのかもしれない。
が、わたし本人にしてみれば、自分の精神がゲシュタルト崩壊を起こし、なおかつ一瞬で強制的に再構成されてしまったような感覚だったのだ。
リビングの床をバンバン叩きまくり、ソファのクッションをぎゅうぎゅうに抱きしめて。そのあと、しばらくの間、ぼおっとしていた。
そうしてわたしはその放映回の、戦闘シーンと巨大化シーンを見逃した。毎週楽しみにしていたそれを、見逃したことに気が付かないまま、お母さんが「お昼ご飯できたわよー」と呼びに来るまで、口を開けたまま。
幼少のころから女子高生になった今の今まで、こんなふうになったのは初めてだった。
一時期世の中を席巻した「萌え」とか「推し」とかの概念を、わたしはブラック様によって初めて自分の感情として理解した……。
ああ、ブラック様ステキ……。
トキメキってこういうことなのね……。
残念ながら、番組自体は最終回を終え、来週からは新しい戦隊ヒーロー番組が始まるけど。
だけど、わたしの萌えの心は収まっていない。
大丈夫、春休みには新しい戦隊ヒーローとのコラボ的映画も上映される。ブラック様が主役のサイドストーリーとか、ネット配信もあるはずだ。
まだまだ推すよブラック様っ!
そう思っていたのに……。
「ごめんねぇ。あなたは現時点をもってぇ、お亡くなりになりにぃ、なったのでぇ、もう、映画もネット配信も、見ることがぁ、できなくなりましたぁ」
「へ?」
いきなりわたしの頭上から聞こえてきた、どことなく間延びした声。
わたしは思わず天井のほうに視線を向けた。
うわっ! なんだこれ!
古代ギリシアとか、古代ローマとか、そんな時代風の、緩やかなドレープを描く、白い色の衣装をまとっている上に、背中に翼を生やした人が、浮かんでいた。
背に翼って……まさか、天使?
「突然ごめんなさいねぇ。あたくし、転生を司る女神ですぅ」
「転生? 女神?」
あ、天使じゃなくて、女神なのね……って、どっちでもいいけど。
なぜ、そんな存在が、わたしの目の前……じゃなくて、頭の上にいるの⁉
十畳にも満たない我が家のリビングの天井付近に浮かんでいる女神様って、違和感ありまくりなんだけど⁉
わたしの心の声が聞こえたのか、女神は、えへらっと笑った。
「これからあなたを中世ヨーロッパに酷似したぁ、『乙女ゲーム』の世界のぉ、『悪役令嬢』レベッカ・ド・モンクティエに転生させますのでぇ」
「はあ⁉ なにそれ⁉」
「んー、一言で言うとぉ、手違いですねぇ」
転生の女神は、手を頬に当てて、ため息を吐いた。
「へ? 手違い?」
「死ぬのはぁ、あなたではなくてぇ、あなたのお母さんのはずだったのぉ。だけど、間違えちゃってぇ」
えへ、あたしったらドジっ子……みたいな感じで、女神様は自分で自分の頭を小突いた。
「は? お母さん?」
ちょっと待って、お母さん死んじゃうの⁉
わたしは慌ててソファから立ち上がって、お母さんがいるはずのキッチンに向かおうと、した。
だけど、それはできなかった。
なぜだか、わたしもいつの間にか、この転生を司る女神とやらと同じように、天井付近に浮いていたのだ。ふよふよと、ふわふわと。
「え、え、え⁉」
自分の体が浮いているというのに、もう一人のわたしがソファに座っていて、そのまま白目をむいている。
うわあっ! 自分の顔ながら、めっちゃ怖いわっ!
これ、完全に、死体だよね。わたし、本当に死んでるの⁉
「本当にごめんなさいねぇ。だけどぉ、こちらの手違いで死んでしまった人間の魂はぁ、別の世界に転生できることになっているからぁ、新しい世界で元気に生きてぇ」
「別の世界に転生って、元気に生きてって……」
ちょっと待って、理解が追い付かない。
えっと、まずなんだ?
わたしは、死んだ。
しかも手違いで。お母さんの代わりに。
で、なんだ?
『乙女ゲーム』の世界の、『悪役令嬢』レベッカ・ド・モンクティエというキャラクターに、転生するって?
えっと、詳しくは知らないけど、いわゆるご令嬢って、豪奢なドレスを着て、宝石をじゃらじゃらつけて、扇とかで口元を隠しつつ、薔薇の花園とかで「うふふふふ」「おーほほほ」なんて、微笑んでいる系だよね? 「文句があれば、ヴェルサイユにいらっしゃいっ!」とか……。あー、これちょっと違うか……?
でもとにかく、わたしの大好きな「戦隊ヒーロー」とは真逆の世界よね?
爆音も、敵の怪人も、巨大ロボも……なーんにもないよね?
ドレスを着て、優雅に午後のお茶を堪能するよりも、ヒーロースーツを着用し、山奥とかで修業をして、必殺技を放ちたい。
「推し」のブラック様とだって、優雅にデートをするよりも、山奥の修行地とか敵幹部の謎の基地とかで、剣の修行とかしてもらったり、格闘訓練とかでぼこぼこにしてもらいたい……と、そんな願いを持っているわたしが乙女ゲームの悪役令嬢? 悪役とはいえご令嬢⁉
配役ミスですよ、監督! じゃなくて、女神様っ!
「あの……悪役令嬢って、よく知らないけど、婚約者から婚約破棄されて、断罪とかいうのをされる役のこと、でしょ?」
「あらぁ、ご存じぃ?」
「詳しいわけじゃないけど……。高校の、同じクラスに、『乙女ゲーム』とか、異世界転生系のライトノベルとかが好きな友達がいるから……」
話ならね、聞いたことはある。
女子高生のたしなみとして、「攻略対象というイケメン男子の好感度を稼いで、恋愛関係になるゲーム」であるという程度の知識はある。
で、主人公が攻略するイケメン男子には、たいてい婚約者だとか幼馴染だとか妹だとか、主人公の邪魔になるライバルキャラがいて、それが『悪役令嬢』と呼ばれていた気がするんだけど……。
「いや、無理無理の無理。わたしには無縁の世界でございます女神様」
とりあえず、そう主張してみたけど「ごめんなさいねえ」と軽くスルーされてしまった。
「んー、だけどぉ、今、転生できるのはぁ、レベッカしか空きがないのよぉ」
「はあ? 空き?」
「そうなのー、とりあえず、転生にもぉ、いろんな細かい条件ってのがあってぇ。あなたがぁ転生できるのはぁ、今現在ではぁ、レベッカだけなのぉ。それでねぇ、悪役令嬢としてぇ、婚約者である王太子殿下から婚約破棄を叫ばれてぇ、断罪されてぇ、罰せられる流れなんだけどぉ」
待て、女神様。勝手にサクサク話を進めるな。
わたし、悪役も令嬢も、見ているだけならともかく自分でやるのは無理無理無理っ!
「断罪の後はぁ、どんな展開になるかはぁ、乙女ゲームの主人公の選択によってぇ、多少変わるのよぉ。国外追放とかぁ、修道院行きとかぁ。まあ、いろいろねぇ」
「……いろいろって言ったって、結局は破滅するんでしょ……」
わたしの大好きな戦隊ヒーローの世界では、最後に悪は滅びるのだ。
勧善懲悪っていうの? 安心の、お約束展開よね。見るだけならいいけど、それを自分の身で味わうのは、断固として遠慮したい。
「んー、最近はぁ、ヒロインちゃんがバッドエンドでぇ、悪役の勝利っていうシナリオもぉ、乙女ゲームには組み込まれているようだけどぉ」
「え、そうなの? 悪なのに正義に勝っちゃうの?」
「本当は悪じゃなくてぇ、悪役にされてしまった正義の悪役ぅ? ええとねぇ、『ざまぁ』って知ってるかしらぁ」
「ざまぁ……、えっと、ざまぁみろーってこと?」
「そうそう。そういうのも最近は流行りなのよ」
「へえ……」
知らなかった。戦隊ヒーロー的には最終回には絶対に正義が勝つもの。
なるほどなるほど。世の中には、いろんなパターンのお話があるのだなあ……。
あー、なら、いいかなあ……。でも、乙女ゲームの世界に爆発はない……よね?
それとも炎の魔法とか、使えるようになるのかな? ヒーローみたいな必殺技を、魔法で放つことができる⁉
あ、ちょっとワクワクしてきた。
いいかも異世界。魔法を使って、ヒーローレッドの火炎放射系必殺技とか繰り出してみたい。
と思ったのに……。
「乙女ゲームもいろいろなのよねぇ。チート能力があったりぃ、魔法とかぁ、使えたりぃ。あ、ちなみにぃ、あなたの転生先には魔法はないのよぉ。チートとかぁ、そういうのもないわねぇ。代わりにぃ、舞台となるぅ、ラモルリエール王国にはぁ、戦争なんかは起こらないしぃ、魔族の侵攻とかもないからねぇ」
平和よぉ、その点は安心してねぇ……って、転生の女神は微笑むけれど。
せっかく魔法があるなら……と、転生に傾きかけたわたしの心が一気に萎える。
き、期待させておいて、ない、だと?
……ちょっと待って。魔法がなくて、チートもなくて、平和で、恋愛ばっかりに集中している感じなの? それじゃあもしかして……。いや、もしかしなくても……。
「あの……、戦隊ヒーローや、敵の怪人なんかは……」
「いないわよぉ。キラキラの恋愛ゲームの世界だものぉ。学園でぇ、攻略対象のぉ、イケメンたちとぉ、ラブラブになっていくのがぁ、目的のゲームにぃ、戦隊や怪人は合わないでしょお。王城にぃ、護衛兵とかぁ騎士とかならぁいるけどねぇ」
「実在じゃなくてもいいので。ほら……、国の伝承とかで、悪と戦うヒーローが歴史上いたとか。それか、お貴族様が観劇される演目に、悪を倒すヒーローがいたり、小説とかテレビとかがあったりとかは……」
「中世ヨーロッパに酷似した世界なのよぉ。テレビ番組なんてぇ、あるわけないじゃないぃ。演劇とかはあるけどぉ、むかーしむかし、あるところにぃ、ママハハに虐げられたかわいそうな女の子がいてぇ、心優しい女の子はぁ、貴族のご子息にぃ見初められてぇ、しあわせになりましたーとかぁ、そういうのばっかりよぉ」
「あ、あああああああああ……っ」
そんな人生、何が楽しいというのか……っ!
落ち込んだ。
人生終わったというくらいにわたしはべっこべこにへこんだ。
いや、実際に、もう終わっていて、次の人生に向かえっていうトコロみたいなのだけど。わたしは天井付近でふよふよと浮きながら、膝を抱えてしくしくと泣いた。
「巨大ロボのない人生なんて……。爆音が轟かないなんて……」
「ご、ごめんねぇ……。でもぉ、あたくしがぁ、斡旋可能な転生先ぃ、今はぁ、悪役令嬢レベッカ・ド・モンクティエしか空いてなくてぇ……」
「ブラック様の映画やネット配信のご活躍……、見たかった……」
番組開始されたばかりのころは、ブラック様のことを注視はしていなかったから。もう一回初めから見直したかった……。ああ、ブラック様……。
心残りだ。
非常につらい。
めそめそしていたら、さすがの女神様も、そんなわたしに同情したらしい。
「ご、ごめんねぇ。えっと、その……。な、なにか一つだけ、女神の権限でぇ、あなたの願いを叶えてあげるからぁ……」
と、言ってくれた。
「願い……」
「うん。転生先は変えられないしぃ、婚約者である王太子によってぇ、断罪される運命はぁ、変えられないけどぉ。えっと、えっと……そうっ! 婚約破棄を叫ばれるそのときにぃ、願いを一つだけ、叶えてあげますねぇ」
「……いいの?」
「こっちの手違いでぇ、あなたを転生させるのだからぁ。お詫び的に……」
わたしは涙をぬぐって、女神様に向きなおった。
「……ありがとう。じゃあ、それで手を打ちます。転生、了解しました」
仕方のないことを、いつまでもウジウジしていて駄目よね。戦隊ヒーローは常に前向き。おちこむこともあるけど、わたしは元気ですって的に、未来に向かわなきゃ。
それにお母さんが死ぬなんて、嫌だ。先立つのも親不孝かもしれないけれど、お母さんが死んで、わたしが生き返るとかはもっと嫌。
だから、これでいい。
転生? 受けて立ちましょう!
お母さん、わたしは別の世界に旅立つけど、あんまり悲しまないで……は無理か。わたしの代わりにヒーロー番組を楽しんでね。そうすれば、悲しいこともいつか乗り越えて、未来に進めるという気持ちになれるかもしれないから。元気でね~。
わたしは涙に濡れた頬を、袖でグイッとぬぐって、にぱっと笑ってみせた。
「じゃあねぇ、ローラン・デル・ラモルリエールがあなたに向かって『婚約破棄』って言ったらぁ、空に向かって手を伸ばしてぇ、何か一つ、願いごとを叫んでねぇ」
どんな願いでも叶えてみせるからと、転生の女神は力強く、自分の胸を拳で叩いた。
「よろしくお願いします。あ、ちなみにローラン・デル・ラモルリエールって誰?」
「レベッカ・ド・モンクティエのぉ婚約者ぁ。ラモルリエール王国の王太子殿下ね~」
「あー、レベッカはそいつから理不尽に婚約破棄されて、国外追放とかなんとかの罪を被せられるのか……」
とすると、わたしの敵は、そのローランとかいう王太子殿下か。よし、おぼえておこう。
こうしてわたしは乙女ゲームの悪役令嬢、レベッカ・ド・モンクティエに転生をしたのだった。
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