◯第一話 最初から極限サバイバーな異世界
ふう、死ぬかと思ったよ。
……まあ、このままだと普通に死ぬんだけどね。
それに、これゲームであってゲームじゃないっぽいんだよ。
「ばぶぅ……」
ゲームのときは、自由落下のとき重力加速度のみしか考慮しない物理エンジンだった。
でも、さっき落ちたとき空気抵抗による減速があった。
落下予想時間が二秒も遅かったから確実。違和感を信じて再計算しなきゃ死んでたよ。
腐ってもゲーマー。二桁のスキル、そのリキャストタイムをコンマ一秒刻みで並行管理してきた。
その私が、二秒もカウントをミスるなんてありえない。ゲームの物理演算じゃなくて現実の物理法則に支配されている。
でもゲームシステムによる物理法則無視は起こる。
「ばぶぅ、ばあぶ、ばぶ」
ゲームと現実が中途半端に混ざっちゃってる。
一番やばいやつ、ゲームと同じだと妄信すれば待っているのは死。
ゲーマーたちが恐れるのは仕様変更。パッチが当てられたら、まず検証。検証を怠ったものから死んでいく。レイドボスとの戦いなんてリキャストタイムがコンマ五秒変わっただけで戦術が破綻するし。
検証をしたい、なんなら解析をしたい。
それに、ゲームと違うというのをもっと明確に思い知らされていることがあるの。
「バブゥ(お腹すいたぁ)」
こんなのゲームじゃありえない。いや、一応ゲームにも満腹ゲージはあったけどさ。
でも、今ゲージが十%残っているのに空腹で苦しい。
ママのミルクが飲みたすぎて死ねる。
そして、最大の問題は。
「バブゥゥ(私が赤ちゃんってことだね)」
ハイハイが精いっぱい。
今の私じゃ最弱のゴブリンさんに出会っても虐殺されちゃう。
特殊条件を満たした場合に可能な転生をして、ゲームで赤ちゃんになったことはある。
レベルを十まで上げたら成長して少年・少女になれた。
だから、まず私はレベルを上げたい。今のままじゃ怖いし、不便すぎる。
私は世界を救って願いを叶えたい。でも、今のままじゃ世界どころか自分すら救えない。
周囲の風景から、比較的低レベル帯のアルカディア荒野だってわかるんだけど、ハイハイで最寄りの街を目指してたら、着く前に飢え死にする。
「……ばぶぅ(どうしよう)」
でも、いったいどうやってこの状態で敵を倒せというのか。
赤ちゃんは全ステータス十分の一。最弱のゴブリンにすら殴り殺されるほど弱い。なんというか理不尽すぎて逆に笑えちゃう。
「ばはは(私の人生こんなもんか)」
そういう星のもとに生まれてきたし、それでもあがいてきた。
私は必死にハイハイをして、茂みに隠れる。
このあたりのモンスターは視覚感知型と聴覚感知型しかいない。茂みに隠れてじっとしてれば見つからない。
「ばぶうううう」
こうしていれば安全……でも、このままじゃ飢え死にする。
冷静になれ、クールなるんだアヤノ。
するべきことをリスト化して、何からできるか考えるんだ!
1.食料の調達。
このあたりは採取ポイントで、花の蜜が採れた。乳児でも花の蜜ぐらいなら飲めるはず。
「ばぶう?」
いや、あれ? 今、隠れている茂みって、たしか採取ポイントで、そうそう、こういう黄色い花がついてた。いや、これ、花の蜜採れるじゃん!
「ちゅぱっちゅぱっ、うんまうんま」
黄色い花をちぎって吸う。懐かしいな、小学生の頃、ツツジの花を吸ってたよ。
美味しいよぅ。お腹が膨らんできた。
「ぷはっ」
サンキュー神様、とりあえず飢え死にの心配がなくなった。
満腹ゲージもいっぱいだよ。
……ゲーム通りなら、十二時間に一度採取可能なはず。
つまり、私はここで隠れてモンスターを避けながら、花の蜜を吸っていれば死にはしない。
なに、その拷問? ないない。
なんとか少女になって、街を目指さないと。
じゃあ、しないといけないこと二番目。
2.レベルを上げて少女になる。
レベルを上げるには経験値が必要でモンスターを倒さないといけない。
レベル一、しかも赤子状態でステータス十分の一、装備なし。
モ○ハンなら、裸でリ○レウス倒すぐらいには無理ゲー。
ううう、装備が、装備が欲しい。
あれ、なんか風切り音が聞こえてくる。
空を見上げる、風呂敷っぽい綺麗な布で巻かれた重そうで大きいのが落ちてくる。
しかも、直撃コース。あれ、これ、やばくないかなぁ?
「ばあああああああぶううううううううううううう」
人生史上もっとも必死のハイハイ、あんなの当たったら死んじゃうよっ⁉
なんかもう、落ちてきてるやつ、軽く音速超えているように見えるけど。
ハイハイが遅いっ。
死にたくないいいいいいいいいいい。
どすんっ。
とてつもない重い音がして、土煙が背後から上がった。
落ちてきたものは大きく跳ねて転がっていき、しばらくして止まった。
はぁはぁ、危なかった。もう、完全に殺しにきてるよね⁉
私を殺そうとした凶器を確認しようとハイハイで落下地点を目指す。
綺麗な風呂敷(仮)が見えてきた。
ああ、あの布、エルフ刺繍。
まさか、エルフどもがとどめをさそうと追撃を⁉ なんて執念深いっ。
危ないとはわかっているけど、ゲーマーの好奇心に突き動かされて中身を開いてみる。
「ばぶ?」
手紙とローブと杖とミルクが入ってた。
手紙を開くと、エルフ文字がびっしり。
ちなみに私はエルフ文字が読める。独自言語だが、エルフ文字はけっこうあちこちで見かけて、謎解きのために習得してある。
「ばむばむ(ふむふむ)」
ママンからの手紙だ。要約すると、どうか生き延びてほしい。少しでも助けになるようにエルフの装備を用意した。それから私を許してと。
ちょっといらつく。というか、あの人、あそこから突き落とされた私が生きてると思っているのかな? 思ってないだろうなー。これは自分を慰めるための儀式か何かだろう。
そもそも普通の赤ちゃんに手紙なんて読めるわけないし。
罪悪感をぬぐうために、私のために何かやった気になりたかったんだ。
でも、助かった。
サンキュウ、マミー! エルフの森焼くときも、マミーだけは助けてあげる。
これはNPC限定種族のエルフたちが使う初期装備。希少な性質がある。
「きゃっきゃきゃっきゃ(これで戦える!)」
エルフの杖は道具として使えば魔法が発動する。しかもMPは消費せずに、発生する魔法の威力もステータスに依存しない固定ダメージ。
いわば、ド◯クエ6の炎の爪。ム◯ー戦ではお世話になりました。
ゲームではNPCエルフの専用装備で羨ましかった。
低レベル帯ではずっと活躍しそうだ。
周囲のマナを集めるって設定からか、低レベルだと一分に一度しか使えないけど。アルカディア荒野の魔物ぐらいなら、一発だよ! メラミは強い。
でも、ステータス的に敵の攻撃を喰らえばこっちも即死!
「ばぶぅばぶっ!(やるかやられるかだね!)」
魔法を外したら逃げられなくて死! 仮にうまく倒しても隠れるまでに別のモンスターに見つかったら死!
「あばばばばばばばばばば」
とってもくそゲー。
でもっ、でもだよ。やっと希望が見えてきたよっ。
私はローブも纏った。魔法のローブだからか私ぴったりに縮んでいく。杖のほうは、もともと指揮者のタクトみたいな短いタイプなので、乳児でも使えるサイズ。
おお、なんか、強くなった気がする!
「キシャアアアアアアアアアアアアアア」
なんか、魔物の声が聞こえたなぁ。
おかしいな、茂みでじっとしてたら見つからないはずなんだけど。
って、茂みから出てるじゃん、私。
なんか、すっごい勢いで、緑色の小さな鬼……ゴブリンが走ってきてる。
正しくはゴブリンの亜種、ホブゴブリン。下から二番目に強いゴブリン、適正レベルは八。
当然のごとく、私を一撃で殺せる。
悲鳴を押し殺す。
人の声に反応する性質をもつ魔物を呼ぶわけにはいかない。
距離は八メートルほど、二秒もあればゴブリンの石斧が私の頭を砕く。
小さな手で杖を構える。
使い方はなぜだか理解できた。
ヒップドロップのときと同じ。あの空中ぐるんなんて、私は現実じゃできない。ゲームでZキー+方向キー(下)を押すような感覚だった。
「ばぶっ」
杖を構えると周囲からマナを吸い上げてフレイムランス発射シーケンスに入る。
するとゴブリンがサイドステップを踏んで右に跳ぶ。
発射までコンマ五秒かかる。もし杖を真正面に向けていれば魔法は躱されていた。
私はゴブリンの行動パターンを知っていた。やつは詠唱を察知すると必ず右に跳んで魔法を躱そうとすることを。
「ばぁぶ(読んでた)」
私の杖が向いている方向は真正面じゃない。サイドステップ後にゴブリンが着地した位置。
私は一秒後の未来を見て、狙いを定めていた!
「ばあぶぅ!(フレイムランス!)」
エルフの杖の固定魔法。【フレイムランス】が放たれる。
炎の槍がゴブリンを貫いた。
「キッ、キシャアアアアアアアアアアア」
ゴブリンが青い粒子になっていく。
その粒子が私の体に吸い込まれて、経験値が満ちていく。
ゲームではただの数字だったのに、力があふれていくのがわかる。気持ちいいっ。
レベルが上がる。ファンファーレが響いた。
私はその音に喜ぶ間もなく必死にハイハイで茂みに隠れる。その十秒後、別のゴブリンがやってきて周囲を探し、しばらくすると去っていった。
「ばあぶっ(危なかったぁ)」
ゴブリンの特殊能力、【救援】の効果だ。あいつらは死に際の叫びで仲間を呼ぶ。もし、私がレベルアップに浮かれていたら新たなゴブリンに見つかって死んでたよ。
一分に一度しか杖が使えないのが辛い。
……でも、でもレベルが上がったよ!
赤ちゃんからの脱出に近づいたねっ。
てか、この世界ほんと命安いよね!
そもそもエルフの杖がなかったら、どうにもならずに死んでたし、杖を手に入れたあともゴブリンの動作パターン知らないと魔法を外して死んでて、ゴブリンの【救援】を知らなくても死んでいた。
ここで生きるにはゲームの知識をフル動員しないといけない。
「ばぶううううう」
この調子で、魔物を狩りまくってレベルを上げて、少女になれたら街を目指そう。歩けるようになったら、魔物を避けながら街にたどり着けるはず。
……まあ、すっごい気の遠い話だけど。
「ばぶふふふふ(あははははは)」
乾いた笑いが出る。
ちょっとした絶望感があった。
たしかに今一発でレベル二になったよ?
でもね。レベルを上げるのに必要な経験値ってどんどん増えていくんだ。
ここにいるモンスターだとレベル十になるまでに概算で八十四匹は必要なんだ。
一分に一度しか使えない杖で八十四匹。たいしたことないって思うじゃん?
でもね、敵が複数だと仕掛けられない。魔法を撃ったあと生き残りに殺されるから。
魔物を倒してから、次の魔物がくるまでに茂みに隠れられることも必須。
そんな都合のいいシチュエーション、めったにない。
しかもハイハイしかできないから、魔物を探すんじゃなくて待ち伏せが基本。
私は茂みに隠れつつ、外の様子を見る。獲物を探して。
……なにこの苦行。
さてと、いったい“何日”かかるかな?
◇
初めてゴブリンを倒してから五日がたった。
その間、茂みに隠れて十二時間に一度花の蜜を吸って、単独の魔物を見つけたときだけ、顔を出してエルフの杖でフレイムランスをぶちかまして、すぐにまた茂みに隠れるっていう生活。
もうどこのスナイパーだよっ、中東ゲリラだってもっと快適な暮らししてるよ⁉
ああ、心が死んでいくのを感じる。
すでに八十八匹の魔物を倒している……下ブレしたなー。
でも、でもっ、もう次はどんな魔物が出てもレベルが上がるはずなんだよっ。
念願のレベル十。少女になれるっ。
もうね、自殺してさっさと現実戻ろうぜっ! って何度思ったかわからないよっ。
……でも私は願いを叶えてくれるって女神の言葉を信じ始めた。
あの炎上をなかったことにして声優に戻れるなら耐えてみせる。
こんな生活に耐えられる女の子、世界で私だけじゃない?
私、すごい、すごいよっ。
だけど、最後の一匹を倒すのが怖くもある。
もし、ゲームの仕様が反映されてなかったら?
レベル十になっても赤ちゃんのままだったら、心が折れちゃうよ。
茂みの前に、魔物が現れる。
初めて倒したのと同じ、ホブゴブリン。
杖の射程から若干遠いところで立ち止まったので茂みを抜け出す。やつの視界から逆算した死角からハイハイで接敵。
他の魔物がいないか、警戒も怠らない。
射程内。まだ気づかれてないっ。
私はエルフの杖を使う。
【フレイムランス】が放たれ、ホブゴブリンを倒した。青い粒子が体に吸い込まれていき、念願の宿願の悲願のレベルアップ。
どうか、ちゃんと少女になれますように!
あれっ、体がおかしい、変な音が鳴って、視界が高くなって、ああ、これ、これ。
「やったあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、しゃべれるよ、成長したよおおおおおおおおおお、これで歩けるよぅ」
私は赤ちゃんから、少女になった。十五、六歳ぐらいかな。
……あれ、すっごいスタイル良くなった。身長は百五十ちょっとで胸もある。
この歳でこのスタイルとは末恐ろしい。さすがハイエルフ。貧乳デフォのエルフとは違うのだよっ!
「さよならっ、ゲリラ生活。こんにちはっ、文明生活っ」
たぶん、この喜びは五日間ゲリラっている子にしかわからないだろう。
私は今無性に文明が恋しい。
街を目指そう。
まだまだ、危険だけど。私の知識があれば魔物を躱しながら街にたどり着けるはず。
ふふふっ、今日はベッドで寝るんだ。
人とベッドのぬくもりがとっても恋しいよっ。
システムメッセージ:現状報告
ヴァルハラオンライン 稼働中
第一フェイズ開始
残存プレイヤー 188人
※白兎8人を含む
死亡者 16人
暫定主人公 0人
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます