捨てられエルフさんは世界で一番強くて可愛い!【増量試し読み】

月夜 涙/角川スニーカー文庫

〇プロローグ 知ってる? エルフって千尋の谷に子供を捨てるんだ

私は引きこもりだ。昔は声優なんてやっていたけど炎上して干された。それ以来、部屋に引きこもってゲームばかりしている。

 ゲームの世界に浸っていると嫌なことを全部忘れられた。もっとも現実逃避だけが理由じゃないけど。


 ピコンッ


「SNSにヴァルハラ公式から? なに、これ」

「ヴァルハラオンライン運営です。ランキング三百位までのプレイヤー限定配信」

 ビデオメールでは白い髪、白い肌、白い服の神秘的な美女が微笑んでいた。よく見知った顔だ。女神様と呼ばれている。

 ヴァルハラオンライン。

 今、私がやり込んでいるゲーム。いわゆるファンタジーなオンラインアクションRPG。

 三年前に発売されたばかりでPC専用、VRゴーグル必須の月額課金制。この時代にそんなの絶対売れるわけがないだろう……って感じでバカにされていた。

 しかし、「かつてMMORPGを愛した人に」というキャッチコピー、それを裏切らないクオリティ、圧倒的なまでに優れたVR技術のおかげで爆発的にヒットしていた。

「ヴァルハラは実在し、滅び行く異世界です。ヴァルハラオンラインを知り尽くした皆様……どうか転生し本物のヴァルハラを救ってください」

「へえ、手が込んだイベント」

 女神が微笑み、両手を広げる。

「ヴァルハラに転生して、世界を救いますか? YES/NO」

 左右の手には、YESとNO、それぞれが書かれた宝玉があった。

「転生か、真面目に考えると割に合わないよね」

 ファンタジーな世界への憧れはあるけど、不便だろうし、後悔するのが目に見えてる。

「注意点が二つあります。一つ、死ねば終わりです。死ねば元の世界に戻り、二度と本物のヴァルハラに行けなくなります」

「くそゲーかな?」

 一度も死ねないMMOって何? 基本、MMOって死に覚えゲーなのに。

「二つ、世界を救えばご褒美があります。ヴァルハラの世界に永住するか、元の世界に戻り願いを一つ叶えるかを選べます」

「はいはい、そういう設定ね。でも、それが本当なら……」

 もし願いが叶うのなら、叶えられるのなら……やり直したい。

 炎上事件をなかったことにしたい。

 あの輝いていた頃に、幼い頃から夢見て、ようやくつかんだきらきらした舞台に戻りたい。

 だから私は……。


 >>YES


 信じてないけど、期待はしてしまった。願いが叶うなら世界ぐらい救ってみせる。


「あなたは世界の救済を選びました。三百人の勇者たちよ。どうかヴァルハラを救ってください」


 YESを選んだとたん意識が遠のく。

 あれ、目の前がまっくらに。

 体の感覚まで消えていって……。暗い世界、現実とは思えない浮遊感。

 えっ、なにこれ。

 脳に直接声が。

 やばい、怖い。


【システムメッセージ:転生する種族を選んでください】


 えっ、種族を選べって?

 ヴァルハラオンラインだと最初に四種族の中から選ぶ。

 人間、妖精、獣人、鬼人。

 それぞれ万能型、魔法特化型、筋力・速度特化型、筋力・耐久特化型という特徴があり、普通はなりたい職業との兼ね合いで選ぶ。

 しかし、ちょっとしたいたずら心が出てくる。ゲームの初期設定では四つの選択肢を出されてそこから選ぶしかなかった。でも、今は種族を聞かれただけで選択肢はない。

 なら、なんでも選べるはずだ。

「ハイエルフで!」

 私は選べないはずの種族を言ってみた。ダメ元ってやつだ。

【システムメッセージ:ハイエルフが選択されました】

 え、本当にいいの⁉

 だってハイエルフはプレイヤーが選べる種族じゃなくて、イベントキャラ専用種族で超高スペックだよ⁉ ステータス補正がプレイヤーの選べる妖精族より全部上で、壊れ性能の固有スキルを持っている。

『うわぁ、他のプレイヤーに嫉妬されそう』

 そんな戸惑う私を無視して、さらにイベントは進んでいく。

【システムメッセージ:本物のヴァルハラでどんな生活をおくっていますか?】

「えっと、普通にエルフの里に住んでるとかかな?」

【システムメッセージ:えにしを刻みます。理想のヒロイン・ヒーロー像は?】

「無口系だけど甘えん坊な女の子。あっ、お荷物系は嫌い。すごく有能。あと、セカイ系とかケモ耳とか巫女とかめっちゃ好き。ケモ耳はとくにキツネがいいね」

 私は男があまり好きじゃない。

 それとケモ耳で可愛い女の子を一生もふもふしていたい。

 ただ、そういうキャラは私の声と相性が悪くて、一度も演じたことがないんだよね。

【システムメッセージ:演算開始……完了。あなたという存在を世界に介入させます。歴史改竄開始……完了。整合性チェックOK。介入処理開始。並行してENISHIシステムを起動。『無口で甘えん坊なヒロイン、世界の滅びに関わるキツネ耳巫女。めっちゃ可愛い。かつ有能』に該当するキャラを検索。該当者あり、新規生成ではなく運命介入による処理を選択……該当キャラとのENISHIを結びます】

「セカイ系とは言ったけど⁉ ガチで世界の滅びとか重すぎない⁉ あとね、ケモ耳とか巫女とかが好きって言ったの。なんで全部混ぜてるの⁉」

 他にもやばいことたくさん言っててツッコミと思考が追いつかない。これ絶対、後の伏線になってるよね⁉

 っていうか、本当に凝ってるな。今回のイベント。

【システムメッセージ:あなたの人生はエルフの里、浮遊島から始まります。あなたの力によってヴァルハラが救われんことを】

 そこでまた頭がくらくらとしてきて意識が落ちていく。

 目が覚めたら、本当に転生したなんてことになるのかな。まさかね……。

 おっ、なんか明るくなってきたよ。

 目が開けられた、体の感覚が戻った! 動く、動くよ。

「ばあぶううう、あーあー、あうあー」

 えっ、なんか変な声が出た。

 うん? ここはどこ? 私は誰?

 もう周囲の風景が思いっきりファンタジー。

 だってさ、おばあちゃんのいる島根なみに田舎だよ? 私の住む大都会埼玉じゃありえない。

 エルフがたくさん周りにいる。みんな綺麗だな。

 自分の手を見た、小さい。赤ん坊のような手というか、赤ん坊じゃん、私っ。

 ……うん? これ、本当に異世界? うっそおおおお。

「おおおうっ、いっ、忌み子じゃあああ、忌み子じゃあああああ!」

「ああああああああ、汚らわしい、ダークエルフとは」

「銀色の髪、翡翠の瞳、間違いない」

「追放じゃ、追放じゃ!」

 老女エルフたち、えっと、たぶん長老たちが鬼の形相で私を見て叫んでる。

 えっと、これ、やばくない?

「待ってください! 私の子を、私の子を奪わないで」

 超美人のエルフが私に向かって手を伸ばして、屈強なエルフ男に取り押さえられてる。私と違って金髪のスタンダードエルフさん。まあ、周りにいるのみんなそうだけど。

 状況的に、あれって私のマミーだよね。

「掟じゃ、ダークエルフは追放じゃ」

「この浮遊島に汚れた血はいらぬ」

「いやあああああああああああ」

 泣き叫ぶマミーを尻目に、長老が私を抱きかかえた。

 転生して、十秒でいきなり捨てられるって私の人生ハードだなー。

 詰んでないかなー。

 エルフの里を抜けて、森を越えて、崖までやってきた。

 底がぜんぜん見えないよ。

 ああ、うん、エルフは浮遊島に隠れ住んでるって設定だったよね。

 追放って、森に捨てるとかじゃなくて島から? あははっ、まさか、そんな、ねぇ?

「我が一族から、ダークエルフが生まれるとは……汚らわしい。汚点は消さねば」

 うっわ、この人、一切躊躇ない。

 この目、見覚えがあるよね。

 あっ、そうそう、ゴキブリに殺虫剤向けるときのお母さんの目。

 落ちついている場合じゃない。

 弁明しないと。えっと、まず勘違いを解かないとね。

 私、そもそもダークエルフじゃないし。

 むしろ、エルフのみんなが崇めてるハイエルフだしっ!

「おっ、おぎゃあああああああああああ」

 ああああああああああああああ、私、ベイビーだったああああああああああ。

 おぎゃあああ、じゃ何も伝わらないよおおおおお。

 ほらっ、長老投げたし。

「おぎゃああああああああああああああああ」

 おーちーるー。

 待って、ちょっと待って。

 まずいまずいまずい。

 このゲームって高所から落ちたとき、高さに応じてHPから割合ダメージだよね。

 えっと、二メートルから落下ダメージ発生、十メートル以上から落ちたら即死。

 じゃあ、十メートル未満で慣性殺したら死にはしない……はず。

 ゲームのときは、基本アクションで落下慣性を殺せた。

 ヒップドロップアクション!

 エルフの浮遊島ってどれぐらい高いとこぷかぷかしてたっけ?

 ヒップドロップは空中で一回だけしか使えない。

 タイミングミスったら死んじゃうよね。

 思い出せ、思い出せ、思い出せ。

「ばあぶ♪」

 思い出した、地上一〇三二メートル。なんか、クイズイベントで出題されたから覚えてる。

 ……うん? たしか落下ってちゃんと自由落下速度計算したよね。空気抵抗まで物理エンジンに入ってなかったはず。重力加速度だけ考えればいい。

 一〇三二メートルだとしたら、地面まで十四・五秒ぐらい。

 おおう、よく暗算で計算できたぞ私、中学ぐらいまで神童って呼ばれていただけはある!

 最終的に秒速一四二メートルまで加速しちゃう。時速五一二キロメートル。新幹線よりはやーい。

 うん? つまり、時速五一二キロなんて速さで、地面から十メートル未満でヒップドロップしないと死亡?

「おぎゃああああああああああああああああああああ」

 無理ゲーってレベルじゃないよ。許容誤差、〇・七秒⁉

 むりむりむりむり、死んじゃう死んじゃう死んじゃう。

 開始数分でこのピンチってバカなの?

 しかも死んだら終わりだよ?

 ゲームバランスって言葉知らないの⁉ クレーム出すよ!

 落ち着け、落ち着け、逆に考えるんだ。

 〇・七秒、誤差が許されると。

 いうて私、ゲーマー。三十フレームのゲームなら、一フレーム単位で見切ってたよね。

 なんだ、〇・七秒なんて簡単じゃん。余裕だね!

 慌てて損したよ。

 クールになれ、クールになれ、アヤノ。

 いけるいける、マウマウ!

 あなたは本番に強い子。なんか大事なオーディションで毎回すべってたけど。というか本番強かったら、生放送で炎上してない。死にたい。

 地面が見えてきた。

 もう、風切り音で何も聞こえない。

 考えるな、感じろ!

 いくよっ、ヒップドロップ

 力を貸して髭面の配管工!

「ばあああぶううううう」

 決まった! 基本アクション、ヒップドロップ。ゲームの仕様で一度浮かび上がって慣性が死んだ。

 空中で静止して、また落ちてく。

 地面、だいぶ近い。って言っても、私の安アパート(三階)ぐらいには高いけど。

「ばっぶ」

 痛っ。

 でも、生きてる、がっつりHP減ってるけど、生きてる。

 良かった。ちゃんと割合ダメージだ。

 あの高さ、ゲーム仕様じゃないと死んでいるよね。

 私、生き延びた。

「うわあああああああああああああああああああああああああん」

 泣く、だって私赤ん坊だもん。

 怖かった。ほんと怖かった。

 許さない、エルフの連中許さない。

 いつかエルフの森燃やしてやる。

 エルフ、そういうところやぞ、そんなんやからいつも森燃やされるんだよっ!

 でも、とにかく今は生き延びること優先だね。

 私、赤ん坊。そして荒野に一人。ここはモンスターがあふれる世界。

 うん、ぜんぜん助かってない。普通に死ぬ。

 気分的にはサバイバーだよっ⁉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る