物語圏
尾甲
墓穴
大通りを数百人の行進が通る。皆で何かを主張する文章を書いた横断幕を先頭に掲げている。そして、ときおり声を揃えて叫ぶ。「執政府は、新しい墓地をー」そこで一旦区切られ「つくれー」と続く。「新しい墓地をー」行進はちいさな径も通る。汗を流しながら墓地を要求する。「つくれー」
とある径へ差し掛かったとき、行進からひとりとびだす。そしてある敷地へ入る。そこには円匙で大きな穴を掘っている老人がいて、彼は声をかける。
「ホル氏、お元気ですか」
老ホル氏は手を止めて応える。
「元気だったら、自分の墓穴なんて掘っていないよ」
「そうですか。ところで、ホル氏も私たちの活動にぜひ参加しませんか」
「いやだね」
ホル氏は断る。
「そうでしょうが、國人たちのあいだで、人望のあるホル氏が行進に加わっていると知られれば執政府も動くと思うのです」
ホル氏は円匙に凭れて立つ。
「執政の返事を待っていたら私は死んでしまう。誰か他人の決断に頼るより自分で墓穴を掘ったほうがいい」
「どうか晩年を貝の糞まみれにしないでください。自分のためだけではなく、困っている皆のためにホル氏は働くべきです」
ホル氏はしばらく考えてから、分かったというよりもあきらめたという顔をする。
「それも、そうだな」
円匙を掘りかけの穴に刺して、ホル氏は穴を這い出てくる。そして呼びかけた人と行進に加わる。ふたりがホル氏と肩を組む。行進をする人々は叫ぶ。「新しい墓地をー」ホル氏も和して叫ぶ「つくれー」。行進は角を曲がり、ふたたび大通りに出る。
そこへ執政府の衛兵中隊が来る。ホル氏の孫のような齢の彼らは、行進の行く手を阻むように隊列をつくる。そして中隊長の命令に従い銃弾を込め、火薬を注ぎ、銃火器を水平に構える。行進をしていた人々はその一連の動作を見て、立ち止まり、一斉に逃げ去る。老人たちは咄嗟のことで立ちすくんでしまう。ホル氏も立ちすくむ。今まではこんなことなかったのに。衛兵の数人は老人たちの様子に驚いた顔をする。衛兵は雲撃ちとも呼ばれる威嚇射撃をせず、銃火器を水平に構えたまま、撃鉄を下ろす。
「撃て」
意思のない、ただ行き先だけを示すような、中隊長の号令が響く。銃弾の幾つかは老人たちの胸を貫く。ホル氏は首を撃たれる。ホル氏の防光衣のなかを血が満たす。
衛兵たちは銃火器を肩に置き、その場を立ち去る。
「これで新しい墓地をつくる理由ができた」
と中隊長は誰に言うでもなく言い、兵服のほころびた袖で額の汗を拭う。
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