第56話 遠足のしおり(2)
「スタートはJR三ノ宮駅だから、まずはオシャレなサンキタ通りをブラブラしつつ生田神社に行って、そのまま少し北に行ったらすぐに異人館と。うん、このルートはかなり良さそうだね」
駅近の有名観光地を、初手からたて続けに巡ることができる。
「しかも生田神社と異人館の間には、震災遺構もあるんだ。地震のあった5:46で止まった時計が、当時のままでそのまま残されているのか――」
ここに限らず神戸には、この「特別な時間」で止まった時計が、いろんな場所に残っているらしい。
それは神戸の人にとって、何年たっても忘れられない・忘れてはいけない時間なのだそうだ。
事前に神戸のことを調べてよかったと思う。
調べていなかったら、僕はこの時計を見ても何も思わなかっただろうし、そもそもその意味に気付くことすらなかっただろう。
なんか止まった時計があるな、くらいでスルーして、普通に神戸の街を観光して、校外学習という名の自由行動を終えてしまったはずだ。
そしてそれはきっとみんなも同じはず。
できればクラスのみんなにも神戸という街のことを知って欲しいな、と神戸を調べた今の僕は思っていた。
「まあでも、面白いものじゃないからね。あまり説教臭くならないように、軽く触れる程度で書くだけ書いておこう。順路の途中にあるから、書いておけばきっと何人かは見てくれるはずだから」
強制はしちゃいけない。
あくまで候補の一つとして提案するだけ。
それでもきっと、クラスの何人かは目を止めてくれるはずだから。
「そうそう。山がある方が北、海がある方が南と。これは一番最初に書いておいた方がいいよね。方角が分からなくなっても、海と山さえ見れば方角がすぐに分かるのが、神戸の街の特徴みたいだから」
なんてことを、僕は試験勉強の合間にやっていた。
全部は無理だけど有名な観光地をピックアップし、そこで見るべきものや、人気のお店・場所を少しだけ深掘りしてまとめる。
栞のページレイアウトを考案し、端的でわかりやすい紹介文と、見やすい地図を作成する。
正直、テスト勉強と並行してやるのは疲れたんだけど、栞作りは精神的にとても充実感があった。
気持ちが充実したおかげで、テスト勉強もさらにはかどる好循環。
まさにプラスがプラスを生むプラス・スパイラルだ。
ここ最近の僕は、まるで昔に戻ったみたいだった。
昔の僕は――ひまりちゃんを助けたころの僕だ――気力に溢れていて、万能感に満ちていて、何でもできる気がしていた。
もちろん今はそんな大それたことを思ったりはしないし、ひまりちゃんに追いつけたなんてことも、思ったりはしなかったけれど。
それでもバスケ大会にテスト勉強と、頑張ったことがそれなりに報われることが続いたこともあって、僕はすごく前向きで、やる気に満ち溢れていた。
だから。
ううん、そのせいで。
僕は気付くことができなかった。
試験勉強に校外学習の栞作りと、頑張りすぎた身体が疲れを溜め込んで、悲鳴を上げ始めていたことに。
気力が充実し過ぎていたがゆえに、気持ちが
僕は自分の身体が限界を越えつつあることを、自覚できないでいた――
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