第53話 ご休憩

「あれ? もうそんなに経ってたんだ。全然気付かなかった」


 時計に目を向けると、既にお昼の12時を回っている。


「アキトくんは集中しだしたら、それこそ何時間でも集中しちゃうもんね。さっきわたしが出ていったのも気付かなかったでしょ?」


「うわっ、ほんと? 全然気付かなかったよ。ドアが開く音とかしていたはずだよね?」


「昔からアキトくんの集中力はスゴいもんねー。声かけても全然気づかないし。もしかしたら泥棒に入られても、気付かずに勉強してたりして」


「まぁ、下手に気付くよりは安全じゃないか? 知らぬが仏って言うしね」


「あはは、かもねー。というわけで、根を詰めすぎちゃうアキトくんのために、今から休憩、しよっ?」


 ひまりちゃんが上目遣いで言った。

 伊達メガネ越し、かつ社会人風のスーツスカートスタイルなので、これまたとても新鮮だった。


 就活する時のひまりちゃんってこんな感じなのかな、なんてアホなことをつい思ってしまう。

 こんなことを考えてしまうくらいに、根を詰めすぎて頭が疲れてしまってるんだな。


「そうさせてもらうよ。うーん……!」


 僕はシャーペンを置くと、両手を上げて伸びをしたり、上半身を左右に捻ったりを始める。

 背中や腰、肩がパキパキ、ポキポキ、時にはボキボキッと小気味のいい音を立てて鳴った。


「わーお、バキバキだねー」

「自分で思っていたよりもかなり集中してたみたいだ。身体中が石みたいになってるよ」


「音がやばいもんねー。あ、喉とか乾いてない?」

「かなり乾いてる。喉だけじゃなくて身体中がもうカラカラ」


「ローマ皇帝?」

「大浴場を作った人だよね。この前の世界史で習ったばかりだ」


「そうそう、その人。それ以外は知らないけど」

「正直、僕も大浴場を作ったローマ皇帝だってこと以外は知らないかな……」


 高校で習う世界史なんてまぁそんなもんだろう?


「よっぽどお風呂が好きだったんだろうねー。まぁお風呂好きのカラカラさんは置いといて、はいアクエリ。さっき冷蔵庫まで取りに行ったんだー」


 ひまりちゃんが脇に置いていたお盆から、青いパッケージのペットボトルを差し出してきた。


「ありがとう、ひまり先生」

「今は休憩中だから先生じゃなくてもいいよー」


「ははっ、了解。ありがとう、ひまりちゃん」

「どういたしましてー」


 受け取ったペットボトルを開けると、ごくごくと飲む。

 すぐさま冷たい甘味が喉を潤していった。


「ああ、美味しい。生き返る……」


 身体と脳が、水分だけでなく糖分も欲しがっていたからか、500mlのペットボトルはすぐに空になってしまった。


 スポーツ用に調整されたスポドリは、一般的に勉強時の飲み物としては不向きと言われているけど、僕は昔からこれで集中力が高まるんだよね。


 ひまりちゃんは「スポーツで身体が疲れるのと同じくらい、アキトくんは頭を使ってるんだよ、きっと」なんて言ってくれるけど、僕もその意見には賛成かな。


 もちろん僕らは専門家じゃないので、本当かどうかは分からないけれど、集中した時の疲労度はかなりものだった。

 それはさておき。


「ひまりちゃんのおかげで、すごくはかどったよ。だけど見ててくれるひまりちゃんは、ちょっと暇だよね?」


「ううん、わたしも普通に復習になるし、誰かに教えるのって自分で勉強するのとはまたちょっと違う理解があるんだよね。なんかこう、意識がズレるって言うのかな?」


「立場が変われば視点も変わるってことかな?」


「そうそうそれそれ! ねぇねぇそれよりも、疲れてるよね? お昼ご飯はどうするの?」


「うーん、そうだなぁ。今食べると、この後で眠くなっちゃいそうなんだよね。だからお菓子かなんかを軽く摘まむ程度にしようかなって」


「じゃあわたしもそうしよーっと。朝ご飯が遅かったからあんまりお腹も減ってないし。あとはそうだ、マッサージをしてあげる」


「いいよそんな。勉強を見てもらってるのに、そこまでしてもらったら悪いし」


「あれだけ身体がバキバキなんだから、リフレッシュのためにも絶対した方がいいってばー。ほらほら早く、ベッドに横になって」


 急かすように、ひまりちゃんは僕の腕を取って椅子から立たせてくる。


「そこまで言ってくれるなら、少しだけお世話になろうかな?」

「任せて~!」


 というわけで勉強の合間に、ひまりちゃんにマッサージをしてもらうことになった。

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