第5話 風の妖精 ウェンディ
頬を撫でる柔らかな風。心地よい鳥のさえずり。
ペチペチッ
額を叩く何か。
新鮮な空気。草木の匂い。
ドンドン
腹を踏んづけている何か。
「・・・ーし、もしもーし!生きてますかー!」
「うん?」
女の子の声が聞こえた気がする。ゆっくり覚醒する意識。
「おかしいわね〜。死体じゃないって聞いていたんだけど。少し解剖してみようかしら?」
「ッ!」
はっきり聞こえた声に、湧き上がる不安。
「お腹に狙いを定めてっと、ウィンドカッ」
「っだーーー!!!」
本能的に危機を感じた俺は大声を張り上げて跳ね起きた。
「キァーッ!」
「なにするんだー!」
ゴチンッ!
俺の頭にぶつかり、吹っ飛んでいく何かに向かって叫んだ。
「いった〜。いきなり何するのよ!驚いたじゃない!」
「お前こそ人のこと解剖しようと・・・っは?」
何だこれは?
そこには、全長30センチ位の青い服を着た小さい人間が怒った顔でこちらを睨んでいた。
いや、羽が生えているから人間ではないのか?と言うことは虫の仲間か?虫が喋ってるのか?新種?UMA?妖怪?
「えっと・・・・・・虫?」
「誰が虫だコラッ!」
虫じゃない何かは俺の周りをブンブン飛び回った。羽ばたいている羽の鱗粉だろうか、キラキラ光る粉が見える。
「良く聞きなさいよ!私はウェンディ ウィンド。風の精霊エアロ様の眷属たる妖精!凄いでしょ、ひれ伏しなさい人間!」
「・・・お、おう」
俺は偉そうに胸を張り、こちらに小さな指を突きつけている妖精を見ながら、今の状況を整理してみた。
確か、妹の結婚式の帰りに倒れ、魂が狭間の世界に行き、親父と会った。
それでアトランティスという異世界に飛ばされたんだっけ。
と言うことはここは異世界なのか?異世界は妖精がいるのが普通なのか?
「何固まってるのよ?ハハァーわかったわ!私の美貌と神々しさに圧倒されているのね!それなら仕方ないわ。」
「いや。初めて見る野生の妖精が珍しいだけで・・・」
「誰が野生の妖精だ!そこら辺の妖精と一緒にするな!」
ウェンディと名乗る妖精はレスポンスが早い。いいツッコミ芸人になるだろう。
「それより、あなたは誰よ?名前を言いなさい!」
「俺は、七星ワタルだ。こっちだと異世界人になるのかな?」
「七星・・・」
どうしたんだ?突然七星と呟いたウェンディは、次第に目をキラキラさせていく。
「やっぱり勇者様の息子なのね!やったわ!・・・う〜ん、それにしても伝説の勇者様とはずいぶん違うわね。全然冴えないし、彼女もいなさそうだし」
「おい!失礼だぞ!」
確かに彼女はいないが、そこまで冴えない男じゃないぞ。
「お前が言う伝説の勇者って七星ガンテツのことか?」
「お前じゃないわ!ウェンディよ。そうよ!すべての精霊に愛されし伝説の勇者ガンテツ様のことよ!」
エルザさんが言っていた親父が勇者というのは本当だった。
「すべての精霊に愛されし勇者?・・・ああ確かに七星ガンテツは俺の親父だ。ちなみにどんな勇者だったんだ親父は?」
「そうね〜こんな伝説が残っているわ」
世界が危機に瀕した時に颯爽と現れた勇者ガンテツ。
誰もが惚れる容姿を持ち、それは精霊さえも例外ではない。
世界最強の剣士と魔術を極めし魔法使い、聖女と呼ばれるエルフを仲間に従える。
白い聖竜に跨り悪の精霊の下へ乗り込む。
激闘の末に、悪の精霊に打ち勝ったガンテツ。
女神から世界を救った褒美に、愛する聖女のエルフと共に異世界へと暮らすことを願う。
いつしか勇者ガンテツは「愛の勇者」と呼ばれるのであった。
完。
「どこのスパーイケメンラブコメ野郎だーー!!!」
「何言ってるの?この世界じゃまず子供に聞かせる有名なおとぎ話よ」
ウェンディは当たり前のように話す。
何を寝ぼけたことを言ってるんだ!途中で聞いていて鳥肌が立ったわ!
親父がデコトラ乗り回して、世界をメチャクチャにしていたほうがまだ信憑性があるぞ。
「・・・まぁいいだろう。そんなどこぞの勇者の話より、ウェンディはなんで俺のところに来たんだ?」
伝説なんて物は、誰かが盛りに盛って伝わるものだ。それよりも目の前の事を解決する方が先だ。
「エアロ様からあなたのことをサポートするように頼まれたからよ。眷属の妖精の中で私がとびきり優秀で、美人だから選ばれたのね!」
「自分で優秀で美人って・・・まぁサポートしてくれるだったらありがたい。まずはこのアトランティスの事を教えてくれ」
俺はこの世界の事を何も知らない。まずは何をするにも情報が必要だ。
〈狭間の世界〉
「無事転生できましたねガンテツ様」
「ああ」
狭間の世界からアトランティスの様子を観察するガンテツとエルザ。
「ウェンディをサポートに付けて大丈夫なんですか?それに奥様のことも」
「エアロが選んだ妖精だから大丈夫さ。サツキのことはおいおい話す」
「あいつにはアトランティスで人生を楽しんで欲しいからな」
そう語ったガンテツはウェンディと戯れるワタルを楽しそうに見ていた。
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