第3話 人生これから

 またまた、生活が一変した。

 大学をやめる手続きをして、バイト先で仕事を紹介してもらい働く事になった。


「こんにちは〜。ここに商品おいておきますね」

「いつも悪いね」

「いえいえ。またお願いします!」


 紹介してもらった会社は、国内飲料メーカーの下請け。主に配達がメインで、都内のスーパーや商店に会社の飲料水を置いてもらっている。

 だいぶ、仕事にも慣れてきて、こうして店長さんにも話しかけられるようになった。


「お兄ちゃん、最近疲れてるね」

 珍しくハルカと夕食を一緒に取ったある日の夜。心配そうに俺を見て話しかけてきた。


「ん?ああ、実は会社が業績拡大に伴って担当エリアが広かったんだ。慣れない営業も始めたかからかもしれないな」

「あんまり無理しないでね」

「俺の心配なんかよりハルカの方が頑張れ」


 高校を卒業して看護師になるために奨学金を使い、三年生の短大に入ったハルカも卒業間近。

 あと一踏ん張りというところだ。無事に看護師になって欲しい。


 一方俺の方は、今いる飲料メーカーの親会社が海外の飲料メーカーに吸収合併。その時から会社の経営方針が大きく変わった。


「ワタルさん。また、課長が愚痴ってましたよ。流行りのあれが届いたって」

 休憩中同期の佐々木が話しかけてきた。

 同じ時期に中途入社して、たまに飲みに行く仲だ。


「よう佐々木。流行りのアレって退職代行のやつか?」

「そうです。そうです。本木が辞めるみたいです」

「そうか〜また仕事きつくなるな」

「誰があいつのエリア担当するんだろう」


 最近の会社の雰囲気は良いとは言えない。

 効率、売り上げ、コスト削減、ブランド力アップ。そんな経営目標とともに、業務量、ノルマが増加した。

 さらに働き方改革で残業の規制、有給、育休の取得奨励。


 大手では、オンライン出勤、時短勤務などを活用してうまく、社員のワークアンドライフを実現しているところもあるが、下請け会社の俺の会社では、削減したコストの分、マンパワーで補っている。


「店長、今月はうちの商品のキャンペーンやっちゃいましょう」

「いやいや、あなたの会社は先月もやったでしょ。それに担当変わるの何人目よ?」

「あの〜それはですね・・・」

「だいたい、そんなに担当変わってる会社ないよ。これじゃ信用できないよ。悪いけど忙しいから」

「・・・また、来ます」

 最近、営業回りをしていてるとこんな事が増えきた。そりゃ何人も担当が変わればその会社は信用されない。

 このスーパーも突然俺が担当になった所だ。


 どんどんブラック化していく会社に辞めていく人が増えた。人員削減はうまく行っているが、その分、今いる社員に業務が上乗せされていく。


 もともと人情や人のつながりを大切にしていた俺の会社も本社に習い、ただの物を売る企業になった。

 俺はそのたびに本心を隠す仮面をかぶり、仕事をしていく。


 そんな生活も三年が過ぎ、俺は27歳になっていた。

 親父は相変わらず帰ってこない。


「ねぇ。お兄ちゃん。私の結婚式延期しようか?」

「え?なんで?」

「だって顔色ひどいよ。」

「そ、そうか?俺は元気だぞ」

「全然、元気じゃないよ。お願いだから少し休んでよ」

「い、いや。今はどこも大変でな。それよりもハルカの結婚式にはちゃんと出席するから心配すんな」


 嘘だ。全然元気じゃない。

 この三年、なんとか頑張ってきたが、体は悲鳴をあげていた。

 本心を隠す仮面をかぶり過ぎて、重くなったせいか首が痛い。それに常に胃痛がする。


「もぅ頑固なんだから。でも結婚式が終わったらちゃんと休んでね」

「分かった。分かった。ハルカは結婚式のことだけ考えてろ」

 きっとハルカの幸せそうな顔を見れば元気になるさ。そのときはそう思っていた。


 その年の初夏。

 都内にある小さなホテルで純白のウェディングドレスに身を包んだハルカは幸せそうに新郎を見つめていた。


 家族と友人だけという、少人数での結婚式。

 会場が狭い分ハルカの顔がよく見える。

 あー良かった。幸せそうだ。


 式が終わると参加者を集めての食事会となる。

「ハルカおめでとう!!」

「おめでとう!!」

 友人一同から祝福の言葉をかけられるハルカ。

「ありがとう!」

 友人にも恵まれてようで何よりだ。

 新郎は酒を注がれまくっているな。俺も注いでこよう。

 ハルカを悲しませたらドロップキックだからな。この野郎!


 その後、俺は一人、親族のための控室に佇んでいた。

「ここまで良くやったよな俺。母さんもハルカの笑顔見ていてくれたかな?」


「・・・お兄ちゃん。こんなところにいたんだ」

「・・・ハルカか」

 ゆっくり振り向くと、俺の方を見つめるハルカの顔。


「お兄ちゃんたら感謝の手紙を読もうしたら、全力で拒否すんだから、あれが一番盛り上がるんだからね」

「む、無理だ。そんなことされたら泣き崩れてしまう」

 ハルカが言う感謝の手紙とは、結婚式の定番で、新婦が家族に向けて思いを伝えるヤツである。


「うん。知ってる。・・・でもねやっぱり言っておかなきゃいけないと思うんだ」


 あーだめだ。

 ハルカの言おうとしていることを察した。

 俺はすでに泣いている。


「今までありがとうございます。お母さんとお父さんの代わりに私を守ってくれて感謝してます」

 ハルカは頭を下げた。こぼれた涙が床に染みを作る。


「バ、バカ・・・。あ、当たり前だろう。俺はお前のお兄ちゃんだからな!守るのは当然だ!」

「私はアキラさんと幸せになるからもう大丈夫だよ」

「・・・」

「だからね。これからはお兄ちゃんの人生を生きて」

「・・・」

 泣くなハルカ。せっかくの美人が台無しだ。

 俯きながら泣きじゃくるハルカの背中をそっと撫でる。


 小さい頃はいつも俺の後を黙ってついてきた妹。


 犬を飼いたいと我儘を言う妹のために、俺がお小遣いを貯めて白い犬のぬいぐるみを買ってあげた時に見せたよろんだ顔。

 あれはまだ持っているのかな?


 次々と昔の思い出が蘇ってくる。


 母さんと親父が居なくなって塞ぎ込んでいた事もあったけど、今は幸せを手に入れた。

 俺の母親役と父親役は一段落ついただろう。


 やっと肩の荷が降りた気がした。


「ふぅ〜。なぁハルカ。実は俺会社を辞めて来たんだ。これからは自分の好きな仕事を探してみるよ」

 俺は決心した事をハルカに告げる。


「そうなんだ。正直最近のお兄ちゃん見てられなかったから安心した」

「心配かけたな。また、就職活動頑張ってみるよ」

「うん!応援する」

「あと、幸せになるんだぞ!」

「うん!」

 よし!ハルカは大丈夫だ。

 これからは自分のために生きよう。


 結婚式の帰り道。

 足取りが軽い。人生これからだ。


 俺は将来のことに思いをはせながら、意識を失った。















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