その婆、要注意人物!

崔 梨遙(再)

1話完結:3400字

 喫茶店の常連客、晴美さん婚活中72歳。団地に住んでいる。以前、上の階の人と揉めていた。夜中になると、床を引っ掻くような音がして眠れないのだという。


「引っ掻く音?」


 その時点で、みんな晴美さんの言葉に半信半疑だった。“幻聴では?”と思う人も多かったのだ。だが、幻聴であろうがなかろうが、それはいい。


 晴美さんは、音がする度にほうきの柄で天井をドンドン鳴らして対抗していたのだという。そして、なんと上の階の住人は引っ越したのだ。晴美さん、満面の笑みで勝利宣言。そう、晴美さんは戦う女性なのだ。



 晴美さんは再婚を望んでいる。だが、希望の相手は医者、弁護士、実業家……要するにお金持ちだ。そうなったのには理由がある。喫茶店のママさんの占いだ。生年月日時間が必要な占いなのだが、晴美さんは生まれた時間がわからないから晩年がわからなかったのだ。しかし、壮年時代に大金を手にする暗示があった。だが、壮年期にそんな大金を手にしていない。だから、“私はこれから大金を手にする、そうや、お金持ちと再婚するに違いない!”と思うようになったのだ。それがきっかけだったのかはわからないが、それから、ママさんは占いをやめた。


 とはいえ、晴美さんは婚活に結婚相談所などは使わない。マッチングアプリなども使わない。街でバッタリ出会うというドラマを求めている。だから、自転車を乗り回し、あちらこちらに出没する。



「公務員を狙ったら?」


 と言われて市役所の食堂をウロウロした晴美さん。晴美さんは年金生活者を嫌がる。現役で働いている人がターゲット。要するに、50代がターゲットなのだ。72歳なのに、50代をターゲットにしている。何故なら、前作『72歳と51歳!』で書いたように、晴美さんは22歳年下までいけると思っているからだ。それは、40代の時に、22歳下の男の子に誘われたかららしい。しかし、よく聞くと、デート中に男の子はずっと漫画を読んでいたとのこと。本当にデートだったのか? 怪しい。


 だが、


「市役所の食堂で、誰も話しかけてくれへんかった!」


お怒りの様子で市役所から帰ってきた。


「ほな、パチンコ店へ行ってきたら? お金持ちもいるで」


 と言われパチンコ店の中をウロウロしたらしい。だが、


「誰も話しかけてくれへんかった!」


また、お怒りの様子で帰って来た。行動力はある。


 今度は、


「警察署に行ったら? 警察官も公務員やで」


と言われていた。だが、流石に警察署には行かなかったらしい。



 晴美さんは戦う女性なのだ。今日もどこかで戦っている!




 喫茶店の常連客、晴美さん婚活中72歳。漏らすらしい。それを自分で喫茶店(飲食店)で話すのだからスゴイ!


 いつも自転車を乗り回しているのだが、4時間もたないと言っていた。デニムパンツの裾から滴る。滴りを落としつつ、団地の階段を上り廊下を歩く。


 晴美さんは掃除をしない。


「なんで私が掃除せなアカンの?」


と言う。どこかの誰かが、掃除をしてくれているようだった。この時点で、僕は晴美さんが怖くなった。



 晴美さんはオムツは履いているらしいが、オムツでは防ぎきれないらしい。だから、電車に乗れないという。ところが、同窓会には電車に乗っていく。“電車に乗れるんかい!”と思った。


 晴美さんは同窓会での出会いを楽しみにしていたが、5年間、コロナで同窓会は中止になったらしい。しかし、晴美さんは過去の同窓会にはネルシャツ、デニムパンツ、サンダルで行ったらしい。


「あなた、そんな服装で行ったの?」


 常連さんを驚かせていた。しかも、晴美さんは自分で髪を切る。だから、後ろはいつも虎刈りだ。でも、1万円以上の化粧水は買う。1万5千円だったかもしれない。


「私は元がいいから、これだけで充分通用するねん」


 今年、久しぶりの同窓会。


「どうしようかなぁ、同窓会。行った方がええと思う? どう思う?」


 ママさん達に意見を求めていた。出会いを求めているのだから行きたいはずだが、どうしていろいろな人の意見を聞くのだろう? 背中を押してほしいのだろうか? っていうか、トイレはどうするのだろう? 不思議な人だ。



 僕は晴美さんが嫌いだ。或る日、その日も晴美さんのマシンガントークを延々喰らっていたら、晴美さんが、


「聞いてる?」


と聞くから、


「聞いてません」


と答えたらキレられたのだ。


「なんで、聞いてくれへんの?」

「僕、同じ話ばっかり何十回も聞いてますよ。晴美さんの話、つまんないし」


 その時、


「私は何回でも喋りたいねん!」


と言われた。聞く側のことを何も考えていない。そこで僕はキレた。それから、僕は晴美さんとまともに会話をしていない。本当に、同じ話題、寸分違わず同じ話、全部晴美さんの親の悪口。何十回聞かされたかわからない。ちなみに、晴美さんのトークには、1時間半コース、3時間コース、6時間がある。僕がキレた日は6時間トークの日だった。



 そして、その日も晴美さんは他の常連客と漏らした話で盛り上がっていた。後ろの席で、僕がカレーを食べているというのに。



 晴美さん、戦うなら他所で戦ってください。




 喫茶店の常連客、晴美さん婚活中72歳。とにかく“社長”を狙っている。



 そんな時、常連の中川さん男性75歳が言った。


「今度の日曜、俺の友達が来るで! 社長やで! 経営者やで!」


 勿論、臨戦態勢の晴美さん。


 そして、その日が来た。


 先に、堀さん75歳(社長じゃない)が来た。何故か晴美さんが仕切って、


「どうぞ、どうぞ、奥へどうぞ」


と、窓際の1番奥の席へと案内する。社長はバスで来るという情報が入っていた。バスが通れば、その席から見える。1時間に2~3本のバスが止まる度に、堀さんをキープしつつ喫茶店を出て社長を出迎える。が、社長はなかなか来ない。


 午後から、堀さんをキープしつつバスが来ると表へ。それを何回も何回も繰り返して……結局、社長は来なかった-! 晴美さん、惨敗。ただ堀さんをマシンガントークでヘロヘロにしただけだったぁ-!


 しかし、その社長には妻子がいる。その情報は晴美さんも知っている。晴美さんは、何を考えていたのだろうか? 略奪婚? 奥さんから社長を奪うつもりだったのか? 晴美さんの考えることは誰にもわからない。



 また或る日、某企業の役職者50代が2人やって来た。その時も、何故か晴美さんが仕切って、


「どうぞ、どうぞ、奥へどうぞ」


と2人を窓際の奥の席に案内した。最初は2人も“コーヒー1杯どうぞ”と、紳士的だった。晴美さん、コーヒーを飲む。


 だが、晴美さんのマシンガントークに次第に耐えられなくなったようで、3時間を超えたところで2人は言った。


「あんた、いつまで喋ってんねん?」

「ずっと喋ってるなぁ! いつになったら終わるの?」


 2人を不快にさせた晴美さん、ママさんに言った。


「今日、私はコーヒー代を払わなくてもええんやろ?」

「いえ、払わなくていいのは1杯分だけですよ」



 晴美さん、撃沈!



 また、或る日。たまにしか来ない40代から50代の男性3人組(妻子あり)を奥の席に案内した晴美さん。堂々と3人の座るテーブルに自分も座り、何故か話に入っていく。まあ、この場合、流石に男3人で盛り上がるので、晴美さんは全力を出せていなかったが。


 そして、解散となった時、晴美さんがママさんに言った。


「私、あの3人の中やったら、木下さんやから。おぼえといてや」


 その言葉は、何のための言葉だったのだろう? 仲をとりもってくれということだったのだろうか? それとも、“木下さんには手を出すな”というメッセージだったのだろうか? 言葉の意味は、誰にもわからない。



 ここまで来ると余談になるが、


 まだ摩耶さん51歳が来ていた時、摩耶さんと晴美さんと年配男性の3人でトークをしていた。年配男性はかなり気分が良かったらしく、


「今日は楽しかったから」


と言って、摩耶さんに1万円を渡した。お礼を言って、摩耶さんはお金を財布にしまった。晴美さんは、


「私も半分の5千円を貰う権利があるやろ?」


と、言っていた。



 喫茶店が無期限休業になっている今、晴美さんはどこで何と戦っているのだろうか? きっと、今日も見えない何かと戦っているのだろう。見える何かかもしれない。戦う晴美さんを、誰も応援していないけれど。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その婆、要注意人物! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画