かたはれ
菜月 夕
第1話
『傍(かたは)ら』
ようやくの連休をもぎ取って私は田舎の道を歩いていた。
ゴールデンウィークも働き、休日も出勤したりしていたのだ。仕事の空きのありそうな時くらいはゆったり休ませてくれてもいいじゃないか。
久しぶりのまとまった有休を申請した課長の不満そうな顔を忘れてこういうのどかな景色で癒やされたい。
根っからの都会っ子だけど、これが日本人原風景なのか心に染みてくめるのだ。
同期の奴らとは中々合わない趣味のせいかちょいと会社でも浮いているが結果は残しているんだ。文句は言わせない。
乗り次いだ鈍行で気に入った風景を見たら、その近くの駅で降りて散策する。
これが私のリフレッシュにもなっているんだ。明日からまた頑張る、と。
廃屋がたまに残っている道の脇を流れる小川に寄ってよさげな河原の石に腰掛けてぼおっと流れる水を見つめる。この悠久を感じさせる時間が良いのだ。
もう少しで日も暮れて最終の電車が来るだろう。
仕事にも今の自分にも満足はしているが夕暮れ近くになると物寂しくて人恋しくなる。片割れ時、とはよく言ったものだ。自分に欠けた何かを求めてしまう。
「あの、大丈夫ですか」
振り返ると楚々とした優しげな女性が声をかけてきた。
「あ、いえ。ちょうど良い風景いいのでぼうっとしていただけなんですが」
「そうですか。でもこんな時間まで車も無いようですが」
「ああ、確かにそろそろ終電ですかね。あちらにあった無人駅で降りて最終で帰ろうと思ってたのですが」
「最終はもうとっくに過ぎましたよ。あそこは無人駅なので後の列車は止まらないんですが。そう言えば今年の春で時刻改正したんですよ」
やっちまったか。これは野宿して明日の列車を待つしかないかな。
「よければ、軽トラですが近くの大きな駅まで送りましょうか。この辺りには迷い込んだ人を誘うあやかしの伝説も有るんですよ。こんな“かたはれ”の時まで居るものではないですよ」
「かたはれ、ですか。かたわれ、でなくて」
「かたはれ、は古い言葉で片ほうの端、で片端れと言い習わしているんです。
紫式部も『かたはらのため見えにくきさませずになりぬれば憎う侍( はべ) るまじ』と記してるんですよ」
「片端ですか。『傍らに誰も居ないこんな時が憎い』という意味でしょうか。私もちょっと物寂しくて人恋しい気分で居た時だったので歌が身に染みますね。でも貴女が声をかけて来た時に妖しげな気分もしたんですよ。
さしづめ、貴女がそのあやかし係なんですかね。古い言葉と歌でこんな私に声をかけてくれましたし。尤もそれにしてはいざなうのが軽トラってのがナニですけどね」
二人は大笑いした。
いい気分でしっかり癒やしができた休み明けの会社は最悪だった。
上司が自分のミスを休んでた私になすりつけていたのだ。
私はこんな趣味で無派閥を通していたから押しつけ易かったらしい。
休みの間の証明でSNSの写真やらを提出した事でなんとか収まったが居心地はすっかり悪くなり、もう一つの派閥からも煙たがれる始末だ。
私は会社の昼休みに抜け出して近くの公園ですっかりうらびれていた。
楽しかったなあ。久しぶりに笑ったわ。
あの人の座っていた座席が妙に暖かそうでそっと触ってみた。
私の先祖がこの地に羽を落として人として暮らし、人を誘って人と交わり人として暮らしたがその代償として片羽を落としたこの地から離れることができなくなった。
少しの間なら旅もできた。でも離れて暫く経つと心を焦がれてしまい、この地に戻ってきたくなる。
あの人は街の人。単なる行きずりのひとときだったのだ。
紫式部の『かたはら』は今の私を言っているようだった。
そんな浮ついた心を心配した数少ない友人が私を街に誘ってくれた。
そして絶賛………、迷子です。友人とちょっと手を離しただけなのに。いやー、やはり田舎が一番だわ。
ふと眼に入った公園に足を向けるとそこにあの人が居た。
会社を辞めようかと考えてたらあの時の彼女が眼の前にいた。
うらびれた雰囲気の俺を心配して話しを聞いてくれた。彼女も絶賛迷子なんだけど。
ふたりはこの状況を笑い合い、私は会社を辞めて彼女の田舎に住む事にした。
そしてそのかたはらには彼女が居てくれる。
彼女が私の片羽なのだ。
かたはれ 菜月 夕 @kaicho_oba
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