第十三話「未来へ歩く」

 葬儀二日目。

 二日目の葬式は出棺から火葬含めた一連を親族のみで執り行うのが通常ではあるが、喪主である神楽の母がの存在を知っていたこともあり、そのメンバーも参加させて貰えることとなった。


「それでは、出棺のご準備を致します。」


 司会者からのアナウンスにより、親族とメンバーはそれぞれ花を手向ける。そして…


「ごめんな、みんなは写ってないけどこれで思い出してね。」


 神楽が四人で撮った家族写真と入院中の父の写真、そして鈴音と麗奈が参入する前に撮った神楽の守り人のメンバー集合写真を共に入れる。


「あら、いい写真ね〜。愛桜ちゃん、とっっても楽しそう。」


 その横からアンコが愛桜に添えられた集合写真を見てそう呟く。


 その写真の愛桜は、満面の笑みを浮かべながら両手でピースサインを上空高くに掲げて、最も愛桜の元気で可愛い性格を表しているような、そんな一枚であった。


「いいなぁ、私も一緒に撮りたかった。」


 と、羨ましそうにぽつりと本音を零したのは写真に写る事の出来なかった麗奈であった。


「あら、東京でもみんなで写真撮ったじゃない?」


「まぁそうですけど、みんな乗り気じゃなかったし…。」


 笑顔の愛桜に、神楽にキスをしようと企むアンコ。それを苦笑いで避ける神楽に、それを見て大笑いする猿之助。そして、それを見届ける保護者のように小さく笑みを浮かべる扇浦。東京団で撮った卒業式の集合写真のような重苦しい雰囲気の写真とは比べ物にならないぐらい素敵なものに映った。


「それなら、今度落ち着いた時にみんなで写真撮りましょう!せっかくなら横浜東京全員がいいわね!ね、鈴音ちゃん?」


「ぇ、あ、はい。そうですね。」


 突然アンコに話を振られて動揺したのか、単調な言葉で鈴音はそう返す。


 そんなこんなで出棺の準備は着々と進み、愛桜はお団子が好きだったため、お団子の写真を入れたり、お通夜で貰ったみんなからのメッセージを添えたり、顔しか見えるところがないというぐらいに詰め込んだ。そして――


「――それでは出棺致します。男性の方々は出棺のお手伝いをお願い致します。」


 霊柩車に棺を入れる時は、長時間死体の近くにいると穢れを多く被ると考えられているため、男性のみで行うのがしきたりらしく、その場にいた男性陣は棺を持って霊柩車まで運んでいく。


 棺を運び終わり、いよいよ出棺の時。神楽や未歩たち親族は葬儀場まで向かうため車に乗る。メンバーは葬儀場まで着いていけないため、その場で見送ることとなった。


「お別れやな。」


「あぁ、そうだな。」


 隣合う猿之助と扇浦が互いに言葉を交わす。そしてすぐに車はエンジンをふかして動き出し、その形はどんどんと小さくなって、最後には見えなくなった。


「神楽、心配だな。大丈夫かな…。」


 見送りながらもそう呟いたのは麗奈であった。あの事件以来、未だに麗奈は神楽と話すことが出来ていない。顔も俯き気味で暗く、言葉を発することも少なくなった。なにかしてあげたい気持ちはあるが、自分が何かをしても裏目に出そうな気がする。


「…ん?なぁにそんな考え込んでんのよぉ!」


「あだっ!」


 突如、背中を強く押されて麗奈は呻き声を出す。その相手は誰かと咄嗟に振り向くと、そこにはオカマのアンコが突っ立っていた。


「突然押さないでください!びっくりするじゃないですか…」


「あはは、ごめんなさいねぇ。なにか考えてそうだったから…神楽ちゃんのこと?」


「…はい、そうです。あれから全然元気なさそうで、何かしてあげたいけど…。」


「ふ〜ん?まぁ、麗奈ちゃんは彼のこと好きだもんね?」


「…は、はぁ!?」


 顔から耳まで掛けて真っ赤に染った麗奈は、アンコの体に思い切りビンタをかました。


「と、突然何言い出すんですか!やめてください、こんなところで…。」


「あら?でも否定はしないのね。」


「う…うう…。」


 麗奈は顔を赤らめながらも顔を埋める。


 麗奈と神楽が初めて会ったのは一年前の事だった。宗教団体が絡んだ東京での大きな事件が一段落した時、その報告のためにアンコと横浜を訪れた。


 そこで出会ったのは、なんとも目鼻整った美しい顔立ちの青年であった。横浜滞在中にも悪魔が出没し、共に戦うこともあったのだが、目には輝きが灯り、勇敢で頼もしく、まさに麗奈にとって理想の人そのものであった。


「…あなた、初めて横浜行った時は目がずっとハートだったわよ?」


「え、うそ。」


「嘘じゃないわよ。だからアタクシが彼のことを好きだって当てられたんでしょ?か・お、バレやすいから気をつけなさーい。」


「うぐ…。」


 もしかしたら、神楽本人にもバレているかもしれない。そう思うとまた顔が熱く…。


「ああ〜!もう!調子狂うなー!」


 未だに仕事仲間的な関係で仲良くなれてる気がしないし、それどころかなんて呼ばれて名前すら認知して貰えていないし…。そんな私でも、励ますことは出来るのかな…。


「――まぁとにかく、深く考えないで自分のしたいと思う事をやってあげなさい。あなたの思いはいつかきっと届くはずよ。」


「そう…ですかね。よし、何か考えてみます!」


「うんうん!じゃあ、アタクシは先に家に戻ってるからあとよろしくねぇ!あ、家事はしておくわぁ!」


 手を上げながら背中を向けて去っていくアンコ。


 自分に出来ることは何か、それを麗奈は探していくこととなるのであった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 縋り付きたい過去、忘れたい過去。されど、時は無情にも過ぎ去っていく。


 愛桜の葬式が完全に終了してから五日目が経った。まだまだその余韻が残っている最中、猿之助はとある理由で神楽宅へと足を運んでいた。


「猿之助くん、わざわざごめんなさいねー。忙しいのにー。」


「ええってええって!わいは年がら年中暇してますから!」


 テーブルを挟んで椅子に座りながら、神楽の母と言葉を交わす猿之助。猿之助を神楽宅に呼び付けたのは誰でもない、神楽の母であった。


「んで、神楽の様子はどうや?」


「そうね…。あれから部屋に籠りっきりで声も姿さえも出さなくなったわ。お風呂とかは入ってるから、部屋からは出てるタイミングはあったのだろうけれど…。」


「そうか…。」


 猿之助を呼び出した理由というのはまさに神楽のことであった。神楽は葬式を終えてから何かに取り憑かれたかのように引き籠り、母が呼びかけても声や姿も出すことなく、五日目を経過していた。葬式後とはいえども、さすがにこのままでは良くないと感じ取った母は、神楽に最も親密な存在であった猿之助に来てもらうよう頼んだのである。


「猿之助くん、うちの神楽と一度会って欲しいの。お願いできる…?」


「そんなんもちろんや!」


 母のお願いを二つ返事で了承する。

 猿之助自身、神楽が一人で抱え込んでしまう性格であること、そしてそれがどれほど危険なものであるのかも知っていた。だからこそ、猿之助が拒否する理由などない話であった。


「良かった、ありがとう!あと、これ…。」


 そう言いながら、神楽の母は机の上にすっとある物を差し出す。


「もし機会があったらこれを渡して欲しいの。もしかしたら今はまだ傷付いているかもしれないけど、これは彼の助けになるはずだから…。」


「…分かった。じゃあ、ちと行ってくるわ!」


 猿之助はそれをポケットの中にしまい込み立ち上がった。そして向かった、親友――安倍神楽の元へ。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「神楽、今ちょっとええか?」


 ドアにノックをし声を掛けるも、相手からの反応は無い。


「すまん、入るで。」


 猿之助は一つ断りを入れてからドアノブに手をかけ、そしてゆっくりとその扉を開いた。


 扉を開けると、そこは日の当たらない真っ暗な空間であった。電気ひとつも付けず、ただベットの上に神楽は腰を掛けていた。


「…食欲は…あるか?」


「……。」


 神楽の反応は未だないが、猿之助は神楽の母から持っていくようにと頼まれた夕飯をそっとベットの手前にあるテーブルの上に置いた。


「…。」


 無表情で暗い顔をする神楽をそっと眺めると、猿之助は何も言わずに神楽の横へと腰掛けた。


 長く、そして深く関わってきたから分かる。神楽は一人でなんでも背負い込もうとしてしまう。そして、その悩みを誰にも打ち明けようとはしない。それは…とても苦しい。だから、ただ猿之助は神楽が自然に口を開くのを待った。


「…猿之助、俺はあの時…一体どうすれば良かったんだろうな。」


 神楽は隣に掛ける猿之助へ静かに口を開いた。


「俺は…救えたはずだ。いや違う…あの時にのは自分だった。だけど俺は…怖かったんだ。彼女は命を賭けてでも自分を救ってくれた。対して自分はことを恐れて…結果的に愛桜は死んでしまった。俺はまた、あの時と同じように…。」


 膝にある両手の拳を強く握りしめる。それを聞いた猿之助は、諭すように神楽へ伝えた。


「…神楽は愛桜が死んでしもたのは自分のせいやゆうけど、神楽一人のせいやない。みんな全力で戦った結果や。誰一人が悪いとかやない。」


「違う…違うんだ!俺は完全に油断してたんだ…その油断で愛桜は死んだ。俺が彼女を…彼女を殺したんだよ!俺は未熟者だ!そして――臆病者だ。」


 未熟者、臆病者、神楽は自分のことをそう蔑んだ。だが、猿之助には神楽がそんな人には見えなかった。だって――


「あの時、どうすれば良かったのかわいにも分からない。ただ…神楽の代償は決して軽いものやない。代償を恐れずに行動をすることはとても勇気のいることや。代償とは元よりそういうものや。」


「…そんなの分かってる。わかってたのに…くそっ!」


 神楽は握りこぶしでベットに叩き付け、溢れる感情を表に出す。


 その様子を見た猿之助はポケットに手を伸ばし、すかさずある物を手渡した。


「これ…。」


 猿之助が静かに手渡したのは、とある一通の手紙であった。


「これは…?」


「今渡そうか迷ったが、渡しとく。さっき見つかった愛桜の遺書だそうや。いつ自分がいなくなってもええように、前から用意してたんやろうな。もしかしたらこれが、神楽の助けになるかもしれへん。せやから、今渡しとく。」


「遺書…。」


 手紙の前面には、丸っこい可愛らしい字で「神楽へ」と書かれている。この字体は間違いなく愛桜の手書き。


「じゃあ…わいは家に帰るな。何かあったら言うんやで。」


 手紙と言えども、読む時だけは二人だけの空間。その邪魔にならないようにと、猿之助はその場から席を外した。


「…愛桜。」


 彼女が残したであろう遺書を手に取り、丁寧に封を外す。そして4、5枚にも渡って綴られた手紙の内容を読み進めた。



 親愛なるお兄ちゃん――安倍神楽へ


 これを見ているということは、私はもういないということでしょう。契約者はいつ亡くなってもおかしくないから、遺書を書いてみたいと思ったのですが、いざ書いてみると何を書けば良いのかさっぱりです。なので、今回は私の過去について話したいと思います。


 私は未歩と一緒に双子姉妹として産まれました。三階建ての家に住み、不自由ない生活を送れ、いい両親の元で私たちは育ちました。しかし、事件が起きました。私たちが中学1年生の頃、突如悪魔が窓を叩き割りながら真夜中に侵入し、両親を殺害していきました。両親の悲鳴を聞いて目覚めた私たちが部屋から出ると、そこは血と炎が広がる真っ赤な世界でした。そこで初めて見たのです、業火の中で両親の体を痛めつける悪魔の姿を。


 そして、悪魔は私たちの居室である三階まで登り、三階の角まで追いやられた私たちはついに、悪魔と対峙しました。その時でも、お姉ちゃんは強かった。私を守ろうと手持ちにあったカッターナイフやハサミ、あらゆるものを道具にして手に携えました。しかし、当然悪魔には勝てなかった。悪魔に軽々武器を振り払われ、悪魔の殴りで姉は気を失いました。もうダメかと思ったその時…私の前で悪魔は悲鳴をあげて倒れたのです。そして、大きな筆を手に携えた一人の少年が、そこにはいたのです。


 名も知らない彼に救われた私たちは無事救出され、その後は孤児院にしばらく預けられました。そんな中、私たちを家族として引き取ってくれたのはあなたたちでした。何も知らない姉は反抗的でしたが、私は一目で分かりました。お兄ちゃんが私たちの命を救ってくれたことを。だから、私は命をかけてもお兄ちゃんの助けになりたいと思って契約者になりました。


 私にとってお兄ちゃんは間違いなくヒーローです。お兄ちゃんがいなければ、今の幸せな自分はいなかったと思います。そして、みんなを救い続けるお兄ちゃんのことが大好きです。


 私がなんで亡くなったのかは分かりません。だけど一つだけ伝えたいのは、私の死を悲しまないで欲しい。私が死んでみんなが悲しむのは嫌です。だから笑って、私を見送ってください。前に進んでください。自分勝手でごめんなさい、だけど、この気持ちだけは変わらないから伝えておきます。私は今まで本当に幸せでした。そして、お兄ちゃんを支えられる妹でいて良かった。お兄ちゃん、大好きです。



 …。


 ……。


 ………っ。


「――出来るわけ…ないだろ…っ!」


 震える手紙に一粒の滴が落ちる。

 妹が亡くなって笑顔でいられるわけが無い。本当に自分勝手で無茶ぶりすぎる話だ。でもそれは、いつも元気で突拍子もないことばかりする愛桜らしい言葉だった。


 当時の自分はまだ高校一年生で、猿之助とを立ち上げたばかりだった。ただ父の言葉に従い、安倍家の嫡男であるから人々を助けて悪魔を封ずることが使命だと、その心で活動していた。


 今まで救ってきた人は数え切れないほどいるが、その人たちがその後どうなったかなんて知ろうとすらしなかった。けれど、愛桜は語ってくれた――今の幸せな自分はいなかったと。鈴音は語ってくれた――みんなに希望を与えてくれた素敵な人だと。


「…そうか…俺は…。」


 自分は無意識に人々を救ってきたのかもしれない。だけど、それによって救われた人の笑顔を守ることが出来ていた。


 今だって、悪魔によって生まれた悲しみや苦しみに呑まれている人は沢山いる。その人たちには誰かからの救いの手が必要なんだ。


 愛桜の死は決して前向きに捉えていいものじゃない。けれど彼女は、自分の死で悲しむことは望んではいなかった。彼女の死は受け止める。そして俺は――


「…行かなきゃ。」


 ――そして俺は、進むんだ。みんなが笑顔で暮らせるような、そんな世界を作るために。


 神楽はベットの上から立ち上がると、ドアノブに手をかけ、固く閉ざされた扉を開いた。

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