第十一話 「輪廻」

 横浜中心街でヤマタノオロチが暴れている一方、横浜中心街へ向かおうとしていた森と松田一行は、少し離れた横浜市街で厄介な者と遭遇していた。


「まさか、こんなすぐに出くわすとはなぁ。」


 ここは警察車両の中。モニターや指示用のレシーバーなどが付いた特別な専用車両だ。指示室と言ってもいい。そんな指示室の椅子に、タバコを吸いながら貧乏ゆすりをする、いかにもガラの悪そうな男が座っていた。


 その男は目の前のモニターを見ながらも、キノコヘアの部下の報告を聞く。


「…なるほどな。木下、あいつはあの孤児院を抜け出した奴らで間違いないんだな?」


「はい、間違いないかと。一旦、情報を整理致します!」


 木下という部下は車両に備え付けのホワイトボードに写真や文字を入れていく。


 モニターの先に写るのは手を繋ぎながらこちらへ歩く二名の姿だ。


 一名は15歳の少年である。見た目は白銀の髪の毛に細身、オッドアイの瞳を持っているのが特徴だ。五年前、両親を交通事故で亡くし、そこから半年ほど行方不明となっていたが、偶然街中で発見されて孤児院の方へ引き取られた経緯がある。以降は五年間、孤児院で生活をしていたそうだ。


 もう一名は5歳の少女である。見た目はおかっぱで黒髪の女の子。生まれた時に両親へ捨てられ、そのまま両親は海外へ逃亡。生まれた時から孤児院に預けられた経緯を持つ。


「そしてその二名の内、男性の方は悪魔だと確定しています。」


「なるほど…悪魔か。なにか証拠はあんのか?」


「…はい。こちらをご覧ください。」


 そう言うと部下は、端末でとある映像を流し始める。その映像を部下と森、そして後ろからひっそりと松田も覗き込む。


 その映像の時間帯は夜中。街中の路地裏を撮ったもののようだ。しばらくは何もない状態が続いたが、画面の端からこの世のものとは思えないものが写る。


「これは…悪魔か?こいつがあの少年なのか?」


 長い鉤爪が特徴的なおどろおどろしい見た目をした悪魔が路地裏へと進む。その悪魔を少年だと思った森だが、部下は首を振った。


「このまま見続けてください。」


 しばらくすると、反対側から例の少年が悪魔と共に姿を現した。少年は漆黒の翼を生やし、悪魔を弄ぶかのように切り刻んでいく様子が見られた。


「これが悪魔である最たる証拠です。」


「ほう、間違いないようだな。」


「…。」


 その間、松田は車両の端で沈黙していた。

 扇浦さんに「お前はここに残れ」と言われたから残ったものの、かといって悪魔に関する知識も未だ十分ではなく、自分がやることもないため、ただその辺の石ころと同等レベルの存在と成り果てていた。


「んで、今モニターを確認した感じ、なんか相手は喚いてるように見えるが?」


 悪魔である少年に対し、警察は道を塞ぎ前線を作って厳重体制を敷く。その厳戒態勢の中、外の様子を映し出すモニターには、何やら訴えかけるような少年の姿が映っていた。


「おい、そっちはどうなってる!」


 レシーバーで前線を敷く者に声を掛ける。しばらくすると、返答が帰ってきた。


「ど、どうやら病院に行かせてくれと行ってます!」


「あぁ?病院に行かせてくれ…だぁ?」


 そう、この少年の望みはただ一つであった。


「邪魔だァ!この子は病気なんだよ!だから、早く病院に行かせろォ!」


 手を繋ぐ少女の顔は火照り、足取りも覚束なくなっていた。原因ははっきりしている、残飯生活はこの子にとって酷であったということだ。


「ちっ、早く行きてェのになんでどかねェんだ…。」


 動く気配のない警官たちにイライラし始める少年。


 その様子を伺った司令室では、キノコヘアの部下は森に最終判断を仰いでいた。


「森さん、少女は分かりませんが、少年は確実に悪魔です。早く決断を下さなければ相手が襲ってくる可能性も…森さん!どうなさいますか!?」


 部下である木下は、画面と睨み合う森に向かって指示を仰ぐ。そして、少しの間を置いてから森は決断した。


「…撃て。」


「…は?」


 松田は一言、そう口に出す。

 今、森がなんと言ったのか一瞬耳を疑った。だが、聞き間違えるはずはない。今、森は打てとそう命令したのだ。


「な、何を言ってるんです…?少なくとも、隣の女の子はまだ何者だと確定した訳じゃない。なのに撃つのは早計だと思います!」


「…そうか。」


 森はそう一言だけ言うと椅子から立ち上がり、松田の前に立つと、松田の頬を強く平手打ちした。


「俺に口出しすんじゃねぇ。ここは俺の部隊の管轄だ。新米がえっっらそうに口出ししやがって、調子乗ってんじゃねぇよ。」


 森の平手打ちを強く受けて真横に顔が弾かれた松田はしばらく沈黙の中にいた。この時、松田の中にはヒリヒリとした痛み、恐怖、あらゆる感情が渦巻いていた。過去の自分であれば、その感情に押しつぶされて流されていただろう。だが、今は違う。


「…お、お言葉ですが、」


 強く平手打ちをされた松田であったが、それでもなお強い意志で再び森の正面を向いて対峙し、言葉を放つ。


「命はそう簡単に刈り取っていいものじゃない。そのひとつの命で悲しむ者がいます、救われる者もいます。それに相手は無抵抗です。悪魔と確定してない以上、そして無抵抗である以上は二人を保護することが第一優先事項だと強く…強く希望します!」


「…なるほどな、うぜぇ奴だ。んじゃあ聞くけど、お前はあいつらを保護した先で何かがあったら責任取れんのか?命の大切だってほざいてるが、保護した先で亡くなった警官や市民の命はどう思うんだよ?それに悪魔なんかを信用出来んのか?人間の命より悪魔の戯言か?なぁ、答えろよ。」


「…そ、それは…。」


 人の命は何があってもそう簡単に奪ってはならない。それは、松田の中では確かな信念であった。だが、何故か森の意見に対してすぐに反論することが出来なかった。


「ここで生かせば、将来は何十人あるいは何百何千と被害が及ぶかもしれない。死んだやつの命は戻らねぇ。そうなる前に、今殺すしか方法はねぇんだよ。そのためなら、多少の犠牲なんて厭わねぇ!」


「で、ですが…!」


「ごちゃごちゃとうるせぇ!」


「ごフッ…!」


 森の握りこぶしが顔面に目掛けて飛ばされ、その衝撃で頭から後方に倒れ、そのままバランスが取れずに壁へ激突し、横たわってしまう。


「今すぐ撃て。神社に奉られ、対悪魔用に開発されたライフルがまだあったはずだ。それを全て、惜しみなく使え。」


「は…はっ!今すぐ準備します!」


「だ…だめだ…。」


 松田は何度殴られてもなお、小さな声でそう呟く。だが、命令された警官はその場から消え去ってしまう。


 確かに、森の言うことも全て間違っているという訳では無い。大勢の命が奪われる危険性があるなら、その芽を摘むのが得策だ。きっと森という男は、正義感が強い故にその行動に出てしまうのだろう。だが、だからと言ってそう簡単に命は奪って良いものじゃない。命はそんな軽いものではないのだ。なのに…自分の声は、思いは、この場に届くことはなかった。扇浦さんであれば、届いたのだろうか。


「くッ…!」


 自分は無力だ。自分の力で、この状況を変えることすら出来なかった。目の前にある命すら救えない。そんな自分の無力さに打ちひしがれ、松田は強く唇を噛んだ。


「…ライフルの準備、完了致しました。」


 無線にて、対悪魔用ライフルの準備が整ったことを告げられる。それを聞いた森は外の映像を凝視しながら、間を置いて静かに命令を下した。


「…撃て。」


 その命令で、一列に並んだ警官たちのライフルは火花を散らし、引き裂くような銃声と共に、一斉に弾丸が発射された。


 発射された弾丸は手を繋ぐ二人の元へと、空気を切り裂きながら進み、そして小さな女の子の身体を一斉に貫いた。


「きゃあああああッ!!」


 少女は虫に喰われたかのように、身体に無数の穴が空き、そこから激しく血を吹き出しながら力尽きた。まさに、一瞬の出来事であった。


「は…はぁ?」


 その一瞬の出来事に少年は頭が追いつかなかった。突然の銃撃、少女の断末魔、手から抜け落ちる力。だが、その現実はすぐさまに少年の脳内で処理された。


「ぁ、あぁ…ぁぁぁぁあああっっっ!!」


 言葉にならない叫び声を上げながら、倒れる少女を腕の中で抱える。


「今だ、うてぇ!」


 それを好機と見た森は射撃命令を下し、再び二人に向かって激しい銃声と共に無数の弾丸が発射される。だが…


「う、嘘だろ…?」


 どれだけ少年の無防備な背中に撃っても、そのライフルの弾丸は体を通ることは無かった。正確には弾丸が少年の体に至る直前に、弾丸は何かにぶつかったかのように静止し、液状化してコンクリートの上に垂れ落ちていた。


「お、おい!これ本当に悪魔に通用するやつなのか!?全然効かねぇぞ!」


 ライフルを撃ち続ける警官が思わず、隣の警官に向かって話し掛ける。


 警官たちが異変に気づき、動揺し始めたその時――どこからともなく笑い声が聞こえ始めた。


「くくくッ…ぐふふふふッ…ぎゃははははっ!!」


 その笑い声の正体は、あの少年から発せられたものであった。ライフルの異変、少年の狂気、その状況に警官たちにさらなる動揺が生まれる。


「あぁ、ほんっとうに最高だ…面白いぜぇ。」


 少年は狂気的な笑いをした後に、腕に抱えていた少女を優しく地面に下ろすと、ライフルを撃つ警官たちの方向に合わせて身体を向けた。


「お前らはなんっでも俺の大切なものを奪っていくんだなァ。せっかく手に入れた孤児院での平和な生活もォ!俺の愛した妹もォ!オレの人生…めちゃくちゃだぜぇ。だからァ…。」


「お、おい!もっと撃て!撃てぇ!」


 不穏な少年の雰囲気に警戒心を強めた警官は、さらにライフルを撃つように指示を加える。だが、その弾丸は無惨にも少年の足元に液状化して流れ落ちる。


「だからよォ…お前らの人生も滅茶苦茶にぶっ壊してやるよォ!」


 そう叫んだ刹那、瞬きをした一瞬のうちに少年はその場から姿を消す。


「ど、どこだ…。あいつは…。」


 ライフルを撃っていた一人の警官が周囲を見渡したその時であった――


「――がはッ!」


 何者かに後ろから首を捕まれ、喉元を強く締め付けられる。その声に気づいた警官たちが咄嗟にその場へと振り向くと、そこにはあの銀髪の少年が首を絞めながら立っていた。


「あ…あぁあっ!うてぇえっ!」


 一瞬のうちに自分たちの裏へと回られていたという事実に恐怖を覚えた一人の警官が撃ち始めると、それに合わせて次々と周囲の警官も撃ち始める。だが、その弾丸も少年には届くことなく、首を絞めていた警官にのみを無数の弾丸は貫いた。


「あーあ、死んじゃったじゃねぇか。お前たちのせいでよォ!」


 死体に置き換わった警官を投げ飛ばすと、その死体は止まっていた一台のパトカーにぶつかり、その衝撃で爆発が起こる。


「次はどいつで遊ぼうかなァ!?」


 風が通り抜けたと思えば、少年は離れた位置にいた別の警官の後方に移動していた。


「ひッ!ゆ、ゆるしでっ…」


「おらよォ!!」


 少年が警官の腹に向けて蹴りを入れると、衝撃波と共に警官の体は水平に吹き飛び、道中にいた警官諸共巻き込んでビルの壁に激突。衝撃で窓は下から上へと割れ、壁にはクレーターが生まれる。


「ただ殴るだけじゃつまんねぇなァ…。そうだァ、いいこと思いついたぜぇえ?」


 少年が落ちていた拳銃を拾うと、次に捕まえた警官の首元を締めて動きを封じながら、口元に銃口を詰めた。


「んー!んッーんッ!んッー!」


「ごちゃごちゃとうるせぇなァ。大丈夫だ、このまま撃つなんてつまんねぇことはしねぇよ。もっと、おもしれぇことだァ!」


 ニヤける少年の手に持っていた拳銃は、グツグツと音を立てながら溶け始め、それは液体となって警官の喉元へ流れ込む。


「がァァッ!!あづいッ…腹がァァッ!ぁ、息がッ…息ができない…だれが、た、だずげでぇッ!!」


 溶けた拳銃を飲み込んだ警官は、地面をしばらくのたうち回り、断末魔と共に息絶えた。その悲惨な光景がトリガーとなり、周囲の警官達はこぞって逃げ出し始める。


「に、逃げろぉぉお!」


「ば、化け物だぁぁ!」


 それぞれの方向へ散り散りになって逃げる警官たち。だが――


「――逃がすわけねぇだろぉがよォ!?」


 少年が地面へ強く足を踏み込むと、そこから円形上に周囲の地面が液状化し、警官たちはまるで底なし沼に足を踏み入れたかのように、歩く足を失う。


「ぎゃぁぁぁあ!!や、やめろぉぉおっ!」


「た、たのむ!俺が悪かった…だから命だけはぁあっ!」


 喚き、泣き叫び、媚び、あちらこちらから聞こえる断末魔はまるで地獄。まさに少年にとっては…


「最っ高な景色だぜぇ!!ぎゃははははっ!」


 鋭い歯を覗かせながら、狂気的な高笑いが断末魔の中で強く響く。


 一方で、その異変は少し離れた森と松田が滞在する指示ルームにも伝わっていた。


「な、なんだ!?何が一体どうなっている!?ここからじゃ何も状況がわかんねぇぞ!」


 指示ルームにある中継モニターは次々とシャットダウンをしていき、聞こえるのは断末魔と高笑いのみ。状況が全く飲み込めないが、なにかとてつもない異変が起こっていることは二人の目にも明らかであった。


「も、森さん大変です!」


 大きく音を立てながらドアをこじ開けたのは、きのこヘアの木下警官であった。その警官は、落ち着きのない慌てた様子で指示室へと飛び込んできた。


「例の少年は我々へ完全に敵対しました!結果、前線を張っていた30人の部隊は全滅!前線は崩壊しましたぁっ!こちらに来るのも時間の問題です!は、早くお逃げ下さい!」


「くそッ!失敗したというのか…!ええい分かった、全員撤退だ!繰り返す、全員撤退だ!」

 

 レシーバーに向かって撤退命令を下す森。すると、森は部下の案内の元で指示室から走り去って言った。


「お、俺も逃げないと!」


 我に返った松田は、森を追うように急ぎ指示室から抜け出して外へと出る。何が起こったのか気になって現場の方へ振り向くと、そこには…。


「な、なんだこれは…!」


 眼前に広がっていたのは破壊された無数のビル、鳴り響くサイレンと爆発音、燃え盛る炎、そしてここからでも目視ができる程の血痕、そしてその中心にいたのは――


「――ぎゃははははっ!ぎゃーはははっ!」


 例の銀髪の少年であった。

 燃え盛る業火の中で高笑う姿は、まさに王。そして、彼をそう変えさせてしまったのは他でもない、我々だ。


「…あァ?」


 彼を眺めている時、ふと目が合ったような気がした。ニヤリと狂気的な笑みを浮かべ、心の底から沸きあがるような得体の知れない危機感を持ち始めたその瞬間であった。


「…ど、どこだ!?」


 一つ瞬きを挟むと、視界の中にいたはずの少年の姿が消えていたのである。


 もしかしたら、こちらの存在に気付いたのかもしれない。焦りと恐怖で、胸の鼓動がその場から逃げろと全身に伝えてくる。


 逃げろ、逃げろ、逃げろ。


 身体を先程見ていた景色と真逆の方向へと振り向かせる。体の重心を前に倒し、足を一歩踏み入れた瞬間、松田はその場で動きを止めた。いや、止めざるを得なかった。なぜなら――


「どこに逃げようとしてんだァ?」


 一歩進んだ先の視界には一人の下腿が映っていたからである。


「…いつからそこにいた。」


「あァ?ついさっきだよ。悪ぃな、俺は悪魔だからこんな瞬間移動は朝飯前なんだよなァ。」


「…そうか。君のような悪魔は初めてだ。見た目は人、意思疎通も取れる。」


「お前、他の悪魔も見た事あるのか。まぁ、俺はあいつらみてぇな低族とは違ぇからなァ。」


 松田は下を向いたまま目を合わせることなく、淡々と目の前に立つ少年と言葉を交わす。


 言葉選びを一歩間違えただけで死ぬ。その緊張感で、汗が額から溢れ落ちる。


「お前、やけに汗が多いなァ?こうやって時間稼ぎして、なにかを待ってやがるな?」


「ははっ、時間稼ぎなんて君の前では無駄でしょう?俺はただ…生きる希望を、捨ててないだけですよ。」


「言ってることが分からねぇな。無駄だって分かってんのに生きる希望を捨てないとか、矛盾にも程があるぜ?」


「矛盾…まぁそうだね。」


 孤立無援で対抗手段もない、悪魔である彼に対して時間稼ぎをしたところで無駄な足掻きだ。だがそれでも、この命がある限りは生きることを諦めない理由があった。


 人のために死ぬな、人のために生きろ。


 松田の尊敬する上司――扇浦はこの言葉が口癖だった。この課に配属された当初は、扇浦の言葉の真意が理解できなかった。だが、経験を重ねてきた今なら少し分かる。


「――生きたその先には、さらに救えるものがある。得られるものがある。だから、少ない奇跡を信じてでも、生きている限りは生きる希望を捨てない。」


「…なるほどな。だが、お前はここで終わり。残念だったなァ。」


 少年が松田の首元に向かって手を伸ばす。

 ここで終わりかと、松田は死を覚悟したその時であった。


「まつださぁぁぁあん!!」


 その刹那、割って間に入ってきたのは、先程逃げたはずの木下警官であった。警官は少年の伸ばす手を片手剣で払い除け、松田は急死に一生を得る。


「き、君は…逃げたんじゃないのか!?」


「へへ、森さんを送ったあと心配で、結局戻ってきちゃいました。」


「なぜ戻ってきたんだ!二人とも死ぬ必要なんてないのに!」


 松田は大声を上げて、木下に戻ってきたことを咎める。だが、木下は笑顔でこう返した。


「彼を変えさせてしまったのは僕の責任でもありますから!それに命がある限り、生きる希望を捨てないんでしょ?僕も、それに乗っかろうとしただけですよ!」


「くッ…。」


 何も言い返す言葉が見当たらない。だが、不思議と心の中に暖かなものが広がっていくのを感じた。


「感動的なシーンはこれで終わりかァ!?てめぇら、全員粉々にぶっ壊してやるよォ!!」


「…松田さん、聞いてください。」


 思わぬ横槍が入り、怒りを爆発させている少年を前に、対峙している木下は背中を向けたまま言葉を掛ける。


「今からあなたは全力で逃げてください。その間、僕が時間を稼ぎます。」


「だ…ダメだ!そしたら君は…。」


「大丈夫です。僕、隠していましたがこう見えても契約者なんです。僕が戦った方が二人逃げられる可能性は高まります!それに、松田さんはこれから無くてはならない存在です。ですからどうか…どうか!」


「しかし…!」


「早く!早く行ってください!」


「…くっ!」


 松田は木下に促されて、急ぎその場を後にする。


「さぁ、僕が相手です!」


 警官が剣を構えると、その周囲に無数の剣が展開される。


「その能力は…毘沙門天かァ。おもしれぇえッ!」


「…来い!」


 走る松田の背中からは、無数の金属音と共に爆音が響き渡る。


「くそ…くそっ!」


 あの少年が変わり果ててしまったのは、完全にあの少女を射殺してしまったからだ。無抵抗な二人を撃つべきではなかった。無理にでも森を止めるべきだった。そして…


 ぁ、あぁ…ぁぁぁぁあああっっっ!!


 逃げる松田の脳内には、彼が悲鳴を上げながら少女を抱きかかえる光景が、くっきりと焼き付いていた。

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