第57話:助けて

「助けてくださいませ!」


 突如入ってきたルイーズの侍女があまりに必死だったことと、顔色の悪さにシェリアスルーツ家の面々はぎょっとする。

 確かついさっき……といっても、そこそこ前ではあるが、王宮に向かって出発したはずだ。

 それなのに、どうして『助けて』なんていう言葉が出てきてしまうのだろうか。


「何があったの!」


 慌ててルアネが駆け寄り、侍女に事情を聞いてみると『ルイーズがどこか異空間のようなものに幽閉された』と聞かされ、全員がぎょっとする。


「あら……お母様、そちらの方って」

「ルイーズ様の侍女よ。ちょっと王宮で騒ぎがあったみたいなの」


 真っ青な顔で震えている彼女を見て、フローリアもシオンも、そんなことが可能なのか、と顔を見合わせている。

 あのルイーズがちょっとやそっとで、とは思うが、ここまで怯えているような侍女の様子を見ていれば真実なのだろう。

 だが、どうやったら侍女曰くの異空間のようなものに幽閉されてしまうというのか。


「あの……、ルイーズ様に何がどうなって、王太后さまに幽閉を……?」

「えぇと……」

「姉上があのババアに簡単にやられたりしないでしょ?」


 シオン、フローリアが質問すれば、侍女はこくりと頷いた。

 そして何があったのかを語り始める。


「ルイーズ様は、それはもう絶好調でございました」

「なんて?」


 思わずツッコミを入れたシオンだが、きっと彼は悪くない。

 フローリアもルアネもぽかんとしている。

 まさか語り始めの第一声が『それはもう絶好調』だなんて、予想はしていないしするわけもないのだが、ぽかんとした面々を置いてけぼりにして、侍女は語り始めた。


「まずですね、こちらに立ち寄ったことを王太后さまから叱られました」

「でしょうね」

「ええ、王太后さまの性格ならきっとそうするでしょうし」

「フローリア、シオン様、ちょっとお黙りくださいまし」


 スパン!と二人の頭を叩いてからルアネがずい、と侍女の前に出た。


「「あいた……」」


 揃って頭を押さえている二人を侍女が『あら……』と呟きつつ眺めたが、ルアネに続きを促されてまた語り始めた。


「王太后さまに叱られたくらいで、ルイーズ様がめげるわけはございません。ここぞとばかりにミハエル様のことや、王太后さまの子育ての失敗についてまで、嵐のごとく責め立てつつ、シオン様とフローリア様をご祝福されようとしておりました」


 声には出さずに、シオンとフローリアは揃ってツッコミを入れる。


「(どうやってその流れで祝福しようとしたの)」

「(ルイーズ様、ちょっと無理がありませんか)」


 恐らくルイーズが囚われなければ、きっと煽り散らかすようにフローリアとシオンの婚約について王太后へのお礼祭りを開催しただろう。煽りながらなので、それを『お礼』と捉えられることは恐らくないだろうが。

 なお、祝福する前にうっかり囚われてしまったルイーズだが、きちんと生きている。


「……もしかして、王太后さまが隠し持っているという……」

「ルアネ、もしかしてそれってあのババアが持ってる魔道具?」

「あら、シオン様ご存じで?」

「知ってるも何も」


 シオンがコレクションしていた魔石を勝手に王太后が盗み、作成されたというある意味黒歴史丸出しの指輪にして、捕獲したものを外から出すことはどうやればいいのか実は分からない。

 珍しいモンスターを倒した時に排出された魔石の属性が珍しい属性で、ちょっと細工してシオン自身が使おうと思っていたら盗まれたらしい。

 そもそもこいつが魔石やらを集めていなければ……!と思った瞬間にルアネの怒りの方向がシオンに向いた。


「……シオン様が元凶ではありませんか!」

「ちょーっと待ってルアネ! 大丈夫だから! 姉上なら生きてるから!」

「何を根拠に!」

「これ見なさい! あと、アタシは確かに魔石を集めてたりするけど、そもそもババアが人のもの盗んだりしなかったらこんなことにもなってないでしょうが!」


 ほらこれ見て、と慌てて空間魔法を展開し、中からコンパスのようなものを取り出し、ここ!と示している。

 鬼のような形相のルアネがそれを見ると、以前教えてもらったルイーズの魔力反応のような点をみつけた。


「いた……! でもどうやってここから解放すれば……」

「やり方は単純よ。空間魔法って、いわば結界を構築する魔法と似ているから、そういう魔法を得意な人を連れて行けば問題なく解除もできるし!」

「フローリア」

「うちで言うと、レイラですわ。お母様」


 言わずもがな、ルアネの問いに迷うことなくレイラの名前を出すフローリア。


「あの子、そんな特技あるの?」

「はい。サポートをするにはまず結界魔法から、と意気込んでおりましたわ」


 よし、とルアネが意気込むが、最近レイラを見ていないような気がする、とはっと思ったが、レイラは婚約者の領地にしばらく行ってくる~、と言っていたような……と思い出し、どうしようかと考えを巡らせた。


「……レイラの戻りは……」

「お母様、今日です。もうそろそろ婚約者のフリッツ様と一緒に……」


「たーっだいまー!」


「……元気ね、あの子」

「レイラですもの」


 うふふ、と微笑んでいるフローリアは、いそいそと片割れを出迎えるために部屋から出て行った。

『おかえりなさい』のフローリアの声の直後に、『フローリアたっだいまー!!』ととても明るい声が聞こえてくる。

 今、この部屋の中がひりついているから、少しだけレイラの明るさがありがたかった。


「ただいま戻りましたわ! ……って、どうしたんです? 何だか異様な雰囲気ですけど」


 部屋の中にフリッツとレイラ、そしてフローリアの三人が戻ってくる。

 ルアネがレイラにずんずんと大股で近寄って、がしりと肩を掴んだ。


「お、お母様?」

「レイラ、ちょっと力を貸してほしいのだけれど」

「え? あの、お母様、ちょっと話が見えない……」

「簡潔に言います、ルイーズ様が王太后さまに拉致されました」


 ルアネの言葉に、さすがにレイラもぎょっとする。

 一緒にシェリアスルーツ家に来ているフリッツも、一体なにごとだ、とぎょっとした顔をしている。


「ルイーズ様が? え、ルイーズ様帰国されてるの?」

「そう、ちょっと王太后さまとやり合うために」

「お母様、その言い方は誤解を招きますわ」


 もう、と言いながらフローリアがフリッツとレイラにかいつまんで説明をしていく。

 今回の件に関して、そもそもの目的はフローリアとシオンの婚約のお祝いに来た、という名目ではあるが、王太后をどうにかすべくやってきた、というところが本命の目的だ、ということ。

 王宮に行く前にここ、シェリアスルーツ家に立ち寄っていたのだが、その後王宮で王太后を負かそうとあれこれしている最中に、王太后によって捕らえられてしまった、ということ。

 捕らえられたのが、特殊な空間内であるためレイラの協力が必要だということ。


「なるほどね……」

「レイラ、協力なさい」

「お母様、圧が。圧がすごいから、ちょっと離れて」


 事情を説明し終わったあと、ルアネがとんでもない勢いでまたレイラに迫っている。

 母親を手で押しやりつつ、王太后が持っているというその魔石付きの指輪が展開した空間には、興味を示したようだ。


「とりあえず王宮に行って、王太后さまに会わないと何とも……なんだけど、シオン様」

「何?」

「位置分かってますよね、ルイーズ様の」

「え? ええ」

「個体反応も分かっているわけだし、多分……あの、すごく身も蓋もないけど、その魔石の作り出した空間って、単なる空間魔法……っていうか、収納魔法の類の可能性が……」


 あ、とシオンが呟いた。


「もしかして、見た目が派手なだけの……収納魔法の可能性が……?」


 シオンがレイラに問いかけると、うん、と迷うことなく頷いた。

 そして、現場を見た侍女もはっとしたように何か考え込んで、恐る恐る手を挙げた。


「言われてみれば、王太后さまはルイーズ様をどこかに押し込んだ、ような」

「実際の魔法を見ないと分からないけど、よく考えてみてよ」


 レイラが溜息を吐きつつ、さっくりと言い放った。


「そもそも王太后さまって政治の才能はあったけど、魔法の才能って皆無じゃない」

「あ……」


 シオンもルアネも、思い当たる出来事があったのか、更に冷静になったのか二人揃って頭を抱える。


「だから、王宮に乗り込んでさっさと解決しちゃいましょうよ。収納魔法に人を突っ込むとか前代未聞の出来事じゃないの」


 もー、とぷりぷり怒っているレイラの冷静な判断により、ルアネもシオンもようやく落ち着けたらしい。

 フローリアはフローリアで『収納魔法に人を突っ込める……!』と密かに目を輝かせていたが、フリッツから静かに『やめましょうね』と注意されて何事もなかったという騒動にもならない騒動があったことは、最初から実は控えていた侍女長しか知らない出来事である。

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