第56話:本格的に暴れる前のひと暴れ

「何をしていたのですかルイーズ!」

「あら、わたくし一度でも『先に王宮に戻る』だなんて言いましたかしら」

「そのような屁理屈をまだ……!」

「まぁ……お言葉を返しますけれど……」


 すぅ、と目を細めたルイーズは、己の母であるヴィルヘルミーナにすい、と閉じた扇の先を突きつけた。


「お母様があれこれ引っ掻き回し、甘やかさなくて良い馬鹿を甘やかして、自分で判断できないような人としての無能を幾人も作り上げてしまった結果、周りが困っているのではございませんこと?」

「な、っ」


 真実だから、その場に居合わせた人は何も言えないまま黙り込んでしまった。

 王太后の侍女も、国の役人たちも、ヴィルヘルミーナが先王亡き後国を率いて立派に治めてくれていたからこそ従ってはいたものの、結果としてミハエルは人の気持ちを察することが出来ない勉強だけできる王子に、ジェラールは切り捨てられたにも関わらずどうにかしてシオンに関わってもらおうとあれこれ手を回すというめんどくさい二人が出来上がった。

 ヴィルヘルミーナも、あれだけ邪魔だったと豪語しているにも関わらずシオンに構いに行くのだから、行動の意味が分からない、と囁かれ始めていたところだった。


「まぁ、母上は亡き父上のことしか見えておりませんものね。だから、シオンの気持ちも考えずに余計なことが出来るんですわ」

「お、お前、この母に向かって、何て、ことを!」

「まぁ、何を仰るのかしら。わたくし、母上にまともに育てられておりませんし?」


 しれっとして言い放った台詞には心当たりしかないヴィルヘルミーナは、ぐっと黙り込んでしまった。


 先王ではなく、自分に似た子は見た目が可愛くないから、と乳母に任せっきり。

 たとえどれほど良い成績を取ったとしても褒めるなんて一度もしたことはない。褒めても先王に似ていない子は可愛がれない。

 そんなことがあってたまるか、と奮起したルイーズの気持ちを、目の前にいるヴィルヘルミーナにだけは否定なんかさせやしない。


「無駄に甘やかして物事の本質を見れないようにポンコツにするだけでなく、我が物顔で未だに王宮に居座っているのだから、その神経の図太さだけは賞賛に値しますわ」


 ほほほ、と嘲るように笑ってから、ルイーズは母をひたりと見据えた。


「あなたご自身が人の気持ちなんて考えられないからこそ、無神経にあちこちに迷惑ばかりかけている。ご自覚があるのか無いのか……いいえ、無いからここまで被害が拡大しているのでしょうね」

「る、る、ルイーズ、そなた」

「あなたがわたくしを睨んだところで、わたくし、なーんにも感じませんわ。ごめんなさいね、お母様?」


 ギリギリと物凄い顔でヴィルヘルミーナがルイーズを睨んでいるが、ルイーズが何枚か上手だった。

 睨まれようが、ルイーズは早々に母親を見限って、自分の大切にするものをしっかり見極め、尚且つ現在は他国にて王妃を務めている。

 かつて国を治めていた母とはいえ、あくまでジェラールが王位を継ぐまでのつなぎ。


 そして、いくら貢献したからといっていい気になり、我が物顔で続けられては困る。

 おまけとして、『母親だから』という魔法の言葉を毎回持ち出さないでほしい、というのもある。

 母だからなんだというのか。己の愛したものに似ていないからと差別も区別もするような人を、いくら母だからといっても慕えるわけがないというのに。


「わたくしが産まねば、お前はここにいないのですよ!」

「産んでもらった恩はあれど、好きな男に似ていないからと世話を放棄した母親モドキがよく言いますわねぇ? 本当に、お口の減らないババアだこと」

「~~!!」


 ルイーズに口で勝つのは至難の業であると、何故だかこの王太后は毎度毎度口で挑んでいる。

 結局負けるのだからやめておけばいいのに、どうしても一度は挑み、ぼっこぼこにされなければ気が済まないらしい。


「それに、お母様の教育のおかげで、ミハエルが愚かにも国中の貴族たちの集まるような場所で婚約破棄をシェリアスルーツ侯爵令嬢に突きつけたというではありませんか」

「ライラックの娘の要領が悪いからよ!」

「人の心を理解しようとしないように育った、天上天下唯我独尊な傍若無人の権化の仕事の補佐をしていれば、要領が悪いことくらい目をつぶったらいかがでして!?」

「な、ななな、な!?」

「お母様のおかげで、ミハエルはまともに人の話を聞けないどうしようもないクズ男に成り下がった、といっているのですわ! 現実をご覧になっていただけませんこと!?」

「よくも、わたくしのミハエルちゃんに……!」

「そのミハエルちゃんも、もう王太子として立太子した、と諸外国に知らせねばならないにも関わらず、評判が地に落ちて這いずり回っているという現実をご存じ?」


 ヴィルヘルミーナは、その言葉に愕然とするが、ルイーズは容赦しない。


「どうやら最近、ミハエルの側近が立て続けに辞職しているというではございませんか! さぁ、誰のせいなのかしらね!」


 ミハエルが優秀すぎてついていけない、と言いたかった。

 では何故今までついて来れていたのか。

 どうして、役人たちから不満が噴出しているのか。


 全て、何もかもをフローリアのせいにすればいいのだと、そうやって教えた。


 もう、そのフローリアはいない。

 だって、ミハエル自身が彼女を切り捨てたのだから。


「あ、」

「今までシェリアスルーツ侯爵令嬢におんぶにだっこで、どうにかやってこれたポンコツ、というわけですわ」


 言葉の遠慮は、きっとどこかに捨ててきた。

 ルイーズは、常日頃、母親を相手にするときだけはこう言ってきたのだ。今、それを遠慮なく発揮している。


 ルイーズの宝物の、きらきらした時間を彩ってくれたあの人の子供が辛い思いをしているなら、助けたかった。


『ルイーズ様は、ルイーズ様でいらっしゃいますよ。他の誰でもございません』


 そういってくれた、大切な女性にして、かっこいい騎士様。

 かけがえのない、大好きなひと。


「貴女が、そしてジュディスがやってきた子育ては、ミハエルにとっての害悪でしかないのよ! 人を何だと思ってるの!?」


 そこまで思いきり言葉をぶつけられてしまい、ヴィルヘルミーナはがくりと膝から崩れ落ちた。

 間違ってなんか、いないはずなのだ。


 そう、この思いは、これまでの何もかもは、あの忌々しいライラックたちをこてんぱんにしてやれば、この子だって目を覚ますはずなの、とまで考え、ヴィルヘルミーナは仄暗い目をルイーズへと向ける。


「いいわ、証明して差し上げるから」

「は……?」

「お前は、そこで見ているしかできない、無能娘よ」


 言い終わるが早いか、ヴィルヘルミーナの装着している指輪が光って、ルイーズを奇妙な空間へと押し込んでしまった。

 助けて、と言う暇なく、吸い込まれていくルイーズの姿を見た彼女の侍女は慌てて逃げ出し、シェリアスルーツ侯爵家へと走った。

 どうか、主を助けて、と。

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