第50話:私の未来はあなたとは交わらない
「だっ、て。おばあさま、は」
ぶつぶつと何かを呟いているミハエルは、目を逸らしたくても逸らせなかった。
シオンの腕の中で嬉しそうに微笑んでいるフローリアが、あまりにも幸せそうで。自分の前ではそんなに幸せそうに笑ったことなんかないくせに、と怒鳴りたかったが、またもやシオンから追撃を受ける。
「お前の敬愛するおばあさまが、先日俺のところに来てこう言った。フローリアと婚約しろ、ミハエルが捨てたものだが、ちょうどいいだろう、とな」
「何で……」
「思い通りに動いてやりたくなんかなかったが、まぁいいか、と思った。結果的に俺もフローリアも、理想の人に出会えて、婚約できたんだからな。ああ、それから」
「まだ、何か、あるんですか」
「これはお前がかつて使った王家の特権を利用したものによる、政略的な婚約だ。そして、改めて俺はここに宣言しよう」
何を宣言するのか、と会場全体がシオンに注目する。
もはやミハエルの言葉やアリカの言葉なんか、もう会場の参加者にとってはどうでも良かった。
「王太后の命により、シオン・ラゼオーズ・ヴェッツェルとフローリア・レネ・シェリアスルーツの婚約は成った!だが、わたし、シオン・ラゼオーズ・ヴェッツェルは永遠に王位継承権を放棄した身ゆえ、改めて宣言する!」
腕の中のフローリアが、シオンをじっと見上げている。
大丈夫だ、と言わんばかりにシオンはにこ、と微笑んで、フローリアも分かった、と答えるように頷いた。
「これより先の王家の継承問題、ならびに、そこにいるミハエル・リンケ・ラゼオーズから仮に『助けてくれ』と言われたとて、先に我らを捨てた者らの要請には、決して応じぬ!!」
アリカと、ミハエルは、今度こそ愕然とした。いいや、愕然とするしかなかった。
シオンからのある意味絶縁宣言なのだが、確かに先にフローリアとシオンを排除したのはどこか。王家である。
ならば、そう簡単に手のひらを返して『助けてくれ』だなんてことは、言わせはしない。
断罪の場に、多くの貴族が集まっているこの卒業パーティーの場を選んだのは、ミハエルなのだから、後悔何とやらというやつである。
「ゆえに、先ほどの王太子妃候補や王太子の『フローリアに王宮勤務を命ずる』などという馬鹿げた要請にも、応じられん!そもそもフローリアはシェリアスルーツ女侯爵と成る身!!軽んじられては困るぞ!!」
シオンの堂々たる宣言に、会場からはわぁっ!と歓声が上がった。
そしてフローリアの友人たち、いつもの面々であるアマンダ、リーリャ、ジュリエットは二人の元へと駆け寄ってくる。
「フローリア、おめでとう!!」
「婚約までのお話、後でしっかりと教えてもらいますからね!」
「フローリアのそんな幸せそうな顔、初めて見るわ!!」
「みんな……」
シオンに抱き締められたまま、嬉しそうにフローリアは頷く。
友人たちがこうして真っ先に駆け寄ってきてくれたこともそうだが、祝いの言葉が何よりも嬉しい。
「ありがとう……!」
うっすら涙を浮かべ、お礼を言うフローリアに、抱き着きたいいつもの面々だが、ここはシオンに華を持たせたままの方がきっと良い。
というか、フローリアが大勢の前でこうして抱き締められているにも関わらず、離れようとしないあたり、よっぽど居心地がいい腕の中なんだろうなぁ……と、にまにましているが、フローリアは気付いていない。
アマンダがこっそりシオンを見ると、シオンはこの状況を楽しんでいるのか、ぱちん、と綺麗にウインクを決めてみせる。
美形がウインクするとさまになる……と友人三人組が感心していると、アルウィンがそこに駆け寄ってきた。
「シオン様ぁぁぁぁぁ!! そろそろうちの娘離しませんかね!?」
「えー?」
「……あ」
ここでようやくフローリアが抱き締められていたままだということに気付き、はっとなってシオンの腕から逃れようとするが、如何せんシオンの力は相当強い。
逃げようとするフローリアの動きをいち早く察知し、がっちりとホールドしている。
「シオン様!?」
「あ、ごめん。つい」
「もう……! おふざけがすぎますわ!」
もう~、とぷんすかしているフローリアだが、本気で離れようとしているには、抵抗が弱い。
そんな娘の様子を目の当たりにしたアルウィンは、しょんぼりと肩を落としているが、リーリャやジュリエットに『おじさま、元気出してくださいませ』、『おじさま、フローリアが幸せなんだからお祝いしてさしあげましょ』と慰めととどめを食らい、しょんぼり具合が加速した。
「分かってはいるんだが、父として、だな……」
しょんぼりとしているアルウィンに、とんでもなく冷静なアマンダが更にとどめを刺しに来た。
「でも、シオン様でなくともいずれはフローリアは結婚なさいますわ、おじさま」
「……うん……」
しょんぼりどころではなく、騎士団長の影すら薄くなりそうな勢いでけっそりとした様子のアルウィンを見て、シオンは思わず吹き出しそうになるが、そこは必死に我慢した。
「……何で」
こんなはずじゃ、と力なく呟いたアリカと、何も言えずにそこに『居るだけ』となってしまっているミハエル。
今日はとても楽しい卒業パーティーで、フローリアに対しての断罪を成功させて、業務を手伝わせて、とこちらが完全勝利をする予定だったのに、とミハエルもアリカも思っていた。
だが、まさかフローリアとシオンが婚約しているだなんて思っていなかったし、婚約を命じたのが王太后だなんて思っていなかった。
「くそっ……」
ミハエルが忌々しげに下にいるフローリアとシオンを睨みつけるが、こうなってしまったからにはどうやってもひっくり返せそうにない。
しかもフローリアに拒否されただけではなく、そもそもフローリアに色々と手伝わせるように計画していたことそのものが、父である国王から却下されていただなんて知らないし、シオンからも絶縁宣言を食らわさせるだなんて、誰が予想しただろうか。
そして、他でもない自分が『好みだから」という理由で選んだアリカが、こんなにも『ハズレ』だったとは、とミハエルは悔しがるが、不意に、フローリアと視線がかち合った。
「……何だ」
ミハエルの呟きは、フローリアには聞こえなかっただろうが、フローリアは真っ直ぐにミハエルとアリカの方を見て、口を開いた。
「殿下」
当事者であるフローリアの言葉に、会場が一気に静かになる。
何を言うんだ、と彼女の言葉を待ちわびているかのようだが、言われる側としては『何を言われるのだ』と恐ろしくも感じてしまう。
「個人的には、もうあなたと関わることも、互いの道が交わることもございません」
「……っ!」
にこ、と人形のような張り付けられた微笑みでフローリアは笑い、トドメの言葉を放った。
「さようなら。あなたが選んだ運命のお相手とお幸せに。そしてわたくしと次に会う時は、わたくしはシェリアスルーツ侯爵家当主『ライラック』として、でしょう」
シオンに抱き締められたままではあるが、フローリアはきっぱりと自分からも絶縁宣言を突きつけた。
「……ライ、ラック」
「まぁ、御冗談を」
ころころと鈴が転がるような綺麗な声で、フローリアはいつものようにおっとりとした様子で笑った。
「それは通り名であると、我が父が申し上げたばかりではございませんか。殿下、御戯れはほどほどになさいませ」
心を許していない相手に対しての、フローリアの義務的な対応というものを、改めてミハエルは知ることとなった。
そして、これまでのフローリアの対応を思い出してみれば、いかにミハエルとアリカに対して、フローリアが『まぁ、そこそこ』という対応しかとっていないことを思い知るはめとなっただけの、この断罪劇場。
劇場ともいえないほどのお粗末さで、呆気なく幕を閉じることとなってしまった。
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