第47話:断罪開始④

「緊張してる?」

「いいえ。何だかとても落ち着いております」

「大物ね、好きよ、そういうの」

「……はい」


 会場の入口にて、卒業パーティーへの招待状を提出したフローリアは、シオンと並んで入場のタイミングを待っている。

 恐らく、フローリアが一番最後であるらしい。慌ただしく警備の担当が駆け回っているのが見えるし、彼らはフローリアに対してとても気をつかってくれ、『もう少しだけお待ちくださいね』と声をかけてもくれた。

 どうせ、ミハエルが指示をして、仮にフローリアがもう少し早く着いたとしても最後に入場させる気だったのだろう。

 最後に入場させ、声高らかに断罪する。それが彼のシナリオだろうが、そうはさせない。


「……ご入場、よろしいですか?」

「ええ」

「早くしろ」

「は、はい!」


 慌てて扉の取っ手に手をかけた担当者は、ぐっとドアを引く。ぎぎぎ、と重たい音を立てながら、ゆっくり開いていく扉の先、高い位置にミハエルとアリカがこちらをまっすぐ見据えていた。


「おーおー、主役は高いところから見下ろします、って算段かしら」

「シオン様」

「んー?」

「何とやらと煙は高いところが好きとも言います」


 フローリアからの返しに、シオンは思いきり噴き出してしまいたいのを必死に堪え、そして大きく深呼吸をした。


「はー……アンタほんっっっとうに最高よ」

「お褒めに預かり、光栄ですわ」


 くくく、と笑っているシオンと、悠然と微笑むフローリア。

 これから始まる断罪劇だって、きっと二人なら大丈夫だし、何の問題もない。


「シェリアスルーツ侯爵令嬢、ご入場!」


 中から聞こえてくる声のまま、一歩、踏み出す。

 会場に入ると、どよ、とざわめきが広がった。


『え、元気じゃない』

『誰だよ、塞ぎ込んでるって言ったやつ』


 ひそひそと聞こえてくる声に、シオンのこめかみに青筋が浮かび上がった。


「……ぶっ殺してやろうかあのクソガキ」

「シオン様、お顔が」

「……あらヤダ」


 うっかり人殺しのような人相になりかけていたが、フローリアのひと言ですっと普通の顔に戻るシオンと、にこにこと微笑んでいるフローリア。

 傍から見れば猛獣使いのようにも見えてしまう光景だが、本人たちは無意識である。

 さぁ、どんな出来事がこれから起こるのだろうか、とシオンがため息を吐いていれば高らかにミハエルがこう告げた。


「よくもやって来たな!恥知らずめが!」

「……はぁ」


 気の抜けたようなフローリアの返答に、ミハエルはギリギリと怒りに満ちた顔をする。


「お前、俺のことを舐めているのか!」

「いいえ。わたくしがこちらにやってきたのは、学園側から卒業生全員に送付される招待状があってのこと。殿下に招待などされておりません」


 さらりと真実を告げれば、ミハエルの顔は真っ赤になり、フローリアの友人たちは小さく笑っている。

 会場にいる人たちは思いがけない反論にぽかんとし、『確かに、王家からの招待じゃないもんな』と皆が頷いている始末。


「き、きき、きさま!」

「王立学園ではございますが、運営自体は理事会の先生方などが行っております。全てが王家の管轄ではないと存じますが」

「正解だ、フローリア」

「お、おじうえは、関係ないでしょう!」

「はぁ?」


 自分よりも遥か上をいくシオンのことが、ミハエルは大嫌いだった。

 フローリア憎し、と思っていて存在を認識していなかったようだが、ようやくここでシオンにも忌々しげな目を向ける。

 しかしシオンが睨まれたくらいで引き下がるわけもなく、また、数多の戦場を駆け抜けてきた猛者相手に、実戦経験がほぼないひよっこの睨みなど、蚊に刺されるよりも些細なもの。


「関係ないわけあるか。俺はこのフローリア嬢の婚約者だからな」

「は!?」


 更なるシオンの爆弾投下に、会場のほぼ全員がどよめくが、数少ないフローリアの友人たち、親しい人たちはやったー!!と歓喜の声をあげている。


「フローリアおめでとう!!婚約式はいつ?」

「招待してね!!」

「今までのどの笑顔よりも素敵よ、フローリア!!」


 わぁわぁと騒ぎ出す友人たちに、フローリアは照れくさそうにはにかんで手を振る。

 ついでに、と言わんばかりにシオンをひらひらと手を振れば、きゃー!!と嬉しそうな黄色い悲鳴が上がるものだから、ミハエルもアリカも面白くない。

 これでは、一体誰が主役なのか分からない。


「ええい、うるさいうるさいうるさーーーーい!!」


 叫び終わったミハエルは、ぜぇはぁと息を荒くしている。

 この人、こんなにも子供のようだったかしら、とフローリアは首を傾げる。

 たまたまこのような癇癪を起こさなかったのではなく、フローリアの立ち回りのおかげでいつも上機嫌だった、というだけのこと。

 立ち回るものがいなくなれば、このざまである。


「お前ら、いい加減にしろよ!!いいか、ライラック、貴様はアリカを侮辱したのだから王宮勤めを命じる!!そして俺たちの手足となり馬車馬のように働け!!」


 言い切ったミハエルは渾身のドヤ顔を披露しているが、ミハエルの背後から出てきた彼の従者が、とてつもなく冷めた声でこう告げた。


「そんなこと、国王陛下、ならびに王妃様が許されるわけもございません。殿下の提出した書類は即刻却下されましたので、悪しからず」

「……はへ?」

「う、嘘だわそんなの!」

「嘘ついて何になるんですか。誰の得にもなりやしないのに」


 ミハエルとアリカの慌てようと、冷めた従者がなんともいえず対比的で、愉快な状況になってしまった。

 これはどうしたものか、とフローリアもシオンも困惑してしまう。


「息子バカな王妃がどうにか手を回すと思ってたけど」

「お父様がぎっちぎちに締め上げた、って聞きましたわ」

「ナイスだわアルウィン」

「はい。それに、王宮勤めなんかしてしまったら、侯爵としての業務に支障が出てしまいますもの」

「やぁね、アタシが手伝うわよ」

「シオン様……」


 フローリアのためなら事務仕事もなんのその、何ならあれこれ教えたら間違いなく知識としてとてつもない速度で吸収しそうだわこの子……とまで考えて、嬉しそうなフローリアにつられてシオンも破顔する。

 ふわふわとした雰囲気の二人が面白いわけもなく、ミハエルはまたもや大声でがなりたてた。


「お前たちーー!!いつまでもそうしていられると思うなよ!!いいか、そこにいるライラックはなぁ!!」

「呼びましたかな、殿下」

「…………ん?」

「どうも、ライラックです」


 にこにこと笑っているのは、アルウィン。

 フローリアからは『あらぁ』と間の抜けた声が漏れ、シオンはにたりと笑った。


「そうだな、確かに『ライラック』はお前だ。アルウィン」

「な、に……を」


 間違っていない。いや、むしろ今ならこれが大正解だ。

 アルウィンこそが今、『ライラック』と呼ばれる存在であって、フローリアはあくまで次の『ライラック』なのだから。


「お父様、ここにはどうして?」

「警護だ」

「本音は」

「ちょっと興味があったので」


 こそこそと話す三人を見下ろしているミハエルは、先程までの表情から一変し、困惑に支配されていた。

 だって、今まで自分が『ライラック』と呼んでいたのはフローリアなのだ。そして今『ライラック』と呼んだら騎士団長が返事をした。

 これは一体どういうことだ、と吐き気すら込み上げてきてしまっている。


「なんで……」

「やっぱりミハエル、お前は間違いなく兄上と義姉上の子で、あのババアの孫だよ」


 笑いながら、シオンはぐっとフローリアを抱き寄せた。


「あ、あああの、シオン様!」

「何がどうなっているのか、いいや、何がどうあるべきなのか、きちんと見えていないから間違えるんだ。ずっと、これから先もな」


 自信満々に告げるシオンの言葉の意味が分からず、ただミハエルは呆然と見下ろすしかできなかった。

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