第46話:断罪開始③

 シェリアスルーツ家への文書も送ったことで、これで安心、と言わんばかりにミハエルとアリカは笑っている。

 なお、二人はやはり気付いていない。

『ライラックへ』と送ってしまったがために、アルウィンもはっちり手紙を見ている、ということに。


「ミハエル様、ありがとうございます!」

「愛しいアリカのためだ、何てことはないさ」


 ふっ、とキザったらしく言うミハエルだが、そもそも『ライラック』は何なのかがきちんと理解出来ていないがために、王太子と王太子妃候補が送った手紙そのものも何もかも、無駄になることが分かっていないのだ。

 送られてきたフローリアも、『ライラックへ』と書かれているからこそ内容を見てしまったアルウィンも、相手をする価値無し、と判断しているとは思うまい。


「大丈夫だ、おばあさまの協力も得られる。アリカは安心して王太子妃候補の教育に専念してくれ」

「……は、い」

「どうした?あのライラックですら習得できたんだ、アリカにできないわけがないさ!」

「そう……です、わね」


 アリカはぎくりと強ばったが、ミハエルはそんなこと気にしない。

 フローリアができたのだから、自分が選んだアリカが出来ないわけがない。

 だって、フローリアは王太子妃候補としては無能なのだから。何一つ成果を上げていない、ミハエルはそう思っている。

 実際は、人の心を考えられないからフローリアが必死に走り回ってサポートしてくれていた、という話だが、そんなものミハエルには関係ない。

 王太子妃として王太子を支えるのが役目なのだから、としか思っていないから。


「アリカ、そろそろ語学は問題ないか?あぁ、それからマナーも問題ないよな?」

「え、えぇ……」


 問題大ありだ。むしろ問題しかない。


「(あのとんでもない量を卒業までにだなんて、できるわけない!)」


 内心大絶叫だが、ミハエルならば恐らくやり遂げることが出来てしまうのだ。

 語学、マナー、歴史、文化、学ぶことは多岐にわたる。

 しかしこれまで普通の貴族令嬢として生きてきたから、できるだろう、とアリカは舐めていた。


「なら、卒業と同時に結婚式を挙げられるな!」

「え……?」

「各国に通達しよう!スケジュールの調整を行わなければならないからな。アリカ、よろしく頼んだ!」

「よ、よろしく、って、何をですか!?」

「卒業式の後の結婚式のスケジュールだが?」


 お前何言ってんだ?くらいの声音で、あまりにも簡単にミハエルがそう言うかららアリカは愕然とした。


「ま、待ってください!そんなの無茶です!卒業式がいつかお分かりですか!?」

「知っている。だから、早めに知らせを出さなければならないだろう?」

「それは、そうですが」

「そういった仕事は王太子妃の仕事だ。頼んだぞ」


 にこ、と微笑んだミハエルがどこかへ行くのを呆然と見送りながら、アリカはへたり込んでしまう。

 そして、同時にフローリアがいかにいい意味で馬鹿げた存在だったのかを、ようやく思い知った。


「もう、卒業式は目の前……それより前にライラックへの断罪が、あるけど……」


 しかしアリカは反省はしなかった。

 卒業パーティーは卒業式の前座的な扱いで執り行われる。だったら、ミハエルをどうにかして言いくるめて、フローリアをミハエルの側妃にしてしまえばいい。

 実務はフローリアに押し付けて、自分は華やかな場でミハエルと笑っていれば良いんだ。


「そうよ、そうしたら全てが綺麗に解決するわ!」


 ぱっとアリカの顔が明るくなるが、それはシェリアスルーツ家一同が予想している中での最悪な未来で、もう対抗策は取られている。

 フローリアとシオンの婚約は極秘扱いで締結されたから、知っている貴族の方が少ないのだ。

 なお、王太后には卒業パーティーの時に知らせがいくように細工もしてある。念には念を、とシェリアスルーツ家、そしてシオンたちが何もかも、利用できるものは利用した上での準備だとは知らないまま、時は進んでいくのである。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「フローリア、お待たせ」

「わぁ……」


 さすが公爵ともいうべき姿で現れたシオンは、まさに『王子様』と言うべきにふさわしかった。


「……フローリア?」


 アルウィンの正装やミハエルの正装も見たことはあるが、シオンの正装は二人とは全く異なっていた。

 貴族でもこれほど違いがあるのか、とフローリアは目をきらきらさせながらじっとシオンを見つめる。


「……素敵です、シオン様」


 ほぅ、と吐息を零しながら、うっとりと零れた感嘆の言葉に、シオンのみならずレイラもアルウィンもルアネも硬直した。

『この子、こんなに感情豊かにしたことあったか……?』と、全員の心の声が一致したうえに、執事のダドリーも侍女長含めたメイドたちまでぽかんとしている。


「わたくし、これほど幸せで良いのでしょうか……」

「まって、これが幸せ?」

「はい……!」


 自分が着飾ったくらいで、こんなにも喜んで貰えるなら毎日でも着飾るし、何ならお揃いコーデとかもいくらでもやるが、と内心あれこれ叫びたいのをシオンは堪えつつ、フローリアの結い上げられた髪を崩さないように優しく撫でる。


「何言ってるの。これからもっと幸せになるんだから、覚悟しておきなさい。さ、行きましょうか」

「はい、シオン様」

「シオン様、フローリアをよろしくお願いいたします」


 手を取り、腕を組んで歩き出す二人に、ルアネが深く頭を下げた。

 シオンとフローリアは振り返り、そして自信満々に笑ってから頷いた。


「勿論ですとも。あの馬鹿の顔面叩き潰すくらいの勢いでやってきてやるわよ」

「お母様、シオン様が一緒なら大丈夫ですわ」

「……えぇ、そうね。そうだったわね」


 こんなにも自信に満ち溢れて微笑むフローリアを、いつ見ただろうか。

 ミハエルと婚約していた頃のフローリアは、微笑んでいたとしても、疲れが見え隠れしていた。

 ミハエルと婚約破棄をしてからのこの三ヶ月、生き生きとしたフローリアを見られたのが親としても嬉しく、人を好きになって嬉しそうに頬を赤らめたり、シオンの言葉を聞いてはしゃいだり、ようやく年頃の令嬢らしさを取り戻した、と言ってもおかしくないくらい。


「いってらっしゃい、フローリア。そして、後悔させておやりなさい」

「はいっ!」


 微笑んで、フローリアはシオンと並んでシェリアスルーツ家を後にした。


「……お母様、フローリアが万が一泣かされでもしたらどうする?」

「馬鹿に?」

「そう」

「その時は」


 レイラの問いに、にこ、とアルウィンとルアネが笑う。


「徹底抗戦、あるのみ」

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