第20話:慰謝料の件につきまして、承認いただけますよね?

 騎士団にも、休息日はもちろんながらある。

 人によっては自主練をしているが、基本的に週に二日は休みをきちんと取りながらリフレッシュしつつ、勤務している。

 ちょうど今日はその日。

 フローリアが学園で婚約破棄宣言を突きつけられてから、かれこれ二週間経過していた。


「今日は…あら」


 スケジュールを確認していたフローリアの顔が、ぱっと明るくなった。


「お友達とのお茶会の日だわ」


 フローリアが親しくしている人はさほど多くないが、その分付き合いをとても大切している。


「どのドレスにしましょうか…」


 うきうきと、フローリアにしては珍しく上機嫌でドレス選びを開始した。

 お茶会は午後からで今はまだ午前中だが、友人に久しぶりに会えるのが何より嬉しい。それに、フローリアのことをきちんと理解してくれている友人だからこそ、お喋りをしていて楽しいのだ。


「そうだ、今日はこれにしましょう」


 フローリアが選んだのは、彼女にしては珍しい淡い水色のドレス。

 合わせるアクセサリーとして選んだのはパールの一粒イヤリングと、それに合わせたパールのチョーカー。中央にぶら下がる石はダイヤモンド。

 手首までのレースの手袋、ヘアアクセサリーはドレスに合わせたアクアマリンをあしらったヘアピンでまとめられるようにと準備をした。


「……全部アクアマリンで統一した方がいいかしら……」


 うーん、と悩んでいるフローリアだが、表情はとても明るい。

 友人に会うなら、目一杯オシャレをしたい。頬が疲れるくらいに笑い合いたいし、お喋りしすぎて喉がカラカラになってしまいたい。


「…楽しみ…」


 うっとりと頬を染め呟くフローリアと、ノックをして入室してきたフローリア専属侍女があぁでもない、こうでもないとドレスについてあれこれ話し始めるまで、もう数分もない。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 一方その頃、王宮にて。


 王の執務室でテーブルをはさんで対峙するのは、シェリアスルーツ侯爵であるアルウィンとその妻ルアネ、そして国王であるジェラール。


「…令嬢は」

「おや、フローリアが必要でしたか?今日あの子は、仲良しなお友達と一緒にお茶会をする、とはしゃいでいたので置いてきました」

「わざわざ娘を晒し者にさせるわけにはまいりませんので」


 にこやかだが目の奥が笑っていないアルウィン。

 そもそも笑っておらず真顔のルアネ。

 冷や汗ダラダラのジェラール。


 三者三様であるものの、ジェラールだけが顔色がとてつもなく悪い。


「さ、晒し者に、など、なるわけ」

「フローリアが登城すれば、面白がられることなど目に見えておりますわ、陛下」

「……っ、それは…」


 そんなことない、と言いたかったが、ミハエルが学園でやらかしてれたことが、貴族のみならず一部富裕層の平民にまで知れ渡っている。

 諸々知っているルアネには冷ややかな声で言いきられ、更にジェラールの顔色は悪くなってしまった。

 ルアネはジェラールを知らないわけではないし、何ならとんでもなくよく知っている。ルアネが護衛していた第三王女からあれこれ聞いているし、即位の時のいざこざや王弟であるシオンと何があったのか、まで詳細に知っているからこそ、ジェラールは余計なことを言いたくないはずだ。

 今ついうっかり、獅子の尾を踏みつけたばかりだが。


「それで、だな」

「フローリアと殿下の婚約を、早急に、無かったことにしていただけますわよね?」

「それからフローリアが望んだとおりに慰謝料の支払いをお願いいたしますね」


 鋭い目のルアネと対比的に柔和な顔のアルウィンだが、双方から発せられている殺気はとんでもない。

 先程国王の側近の文官が一人倒れ、医療室へと運ばれていったが、ルアネもアルウィンも殺気をしまうことはしなかった。


「その、慰謝料についてだが」

「おや、認めて下さらないと?」


 食い気味にアルウィンが問いかければ、ジェラールはぶんぶんと首を横に振った。


「そうではない!だが、城の中で反発は間違いなく出てしまう!」

「握り潰せばいいではありませんか。フローリアを無理矢理王太子妃候補にした、あの時のように」


 ねぇ?、なぁ?、と夫妻はにこやかに話しているが、内容は穏やかであるわけがない。

 あはは、うふふ、と笑い合うシェリアスルーツ侯爵負債の目の奥は一切笑っていないどころか、剣呑すぎる光しか宿っていないし、ルアネが手にしている扇からはミシミシと嫌な音が聞こえている。


「……」


 たら、と汗が流れ落ちていく感覚が、とても気持ち悪いが、ジェラールは下手に言葉を発することが出来ない。

 ミハエルのやらかしは、この夫妻にとって娘を守れなかったこととして、ずっと心の奥底に突き刺さっていた。

 だから、今守らずしていつ娘を守るというのか。何をもってしても婚約は破棄させるし、慰謝料もきちんと支払ってもらわなければいけないのだ。


「分かっ、た」

「何が、でございましょうか?」


 ジェラールに問いかけるルアネの声が、ジェラール自身にはやけに大きく聞こえたような気がした。


「フローリア嬢への、慰謝料に関して…全て王家の責任において、きちんと支払うことを約束する」


 最初から早々にそれを言っておけばいいものを、とシェリアスルーツ侯爵夫妻は心の中で揃って呟いた。

 その直後あたりだろうか、バタバタとやけにうるさい足音が聞こえてきて、ドアをノックすることもなく蹴破らんばかりで開いた先に居たのは、王妃であるジュディス。

 はぁはぁと息切れしているから、余程急いで走ってきたことが分かったのだが、もう既にシェリアスルーツ侯爵夫妻は帰ろうという気分だったのに、とげんなりしてしまった。


「…あら、王妃殿下…ごきげんよう」

「っ、お、お待ちください、ませ…」

「待たずとも、もう陛下と話は済ませておりますが…」

「わ、わたくしの、非を」


 は、は、と息を整えながら話す王妃を、溜息混じりにシェリアスルーツ侯爵夫妻は眺めるだけだ。


「…あぁ、そういえばフローリアから聞いたことありますわね。王妃殿下のお茶会に呼ばれれば、ひたすら王太子殿下のお話をされてしまって、とても苦痛だ、と…」


 王妃には心当たりしか無かった。

 親心ながらに、ミハエルをしっかり知ってもらいたいがため、ひたすら持ち上げ続けた気がする。いいや、持ち上げ続けて、自分でも嫌になってしまうくらいには語り続けてしまった。


「…申し訳ございませんでした…っ」


 謝って済むことではないが、腰をおり、深く頭を下げるジュディスを見て、侯爵夫妻はぎょっとしてしまう。

 あれほど息子馬鹿だったというのに、己の非を認めて謝罪をしてきた。謝られたところで、遅すぎるくらいだ。


「今更、ですわね。王太子殿下を、フローリアに近付けないように願いますわ、王妃殿下」

「…勿論」


 言葉で追い詰めることは出来る。

 だが、そんなことをしている暇があるなら、王太子教育を済ませているはずのミハエルの頭の悪すぎる諸々の行動を、どうにかしてほしいと言外に告げる。

 そして、迷うことなく王妃は頷いた。


 一触即発の事態はどうにか回避され、こうしてミハエルの逃げ道はぱたりと閉ざされてしまったのだが、己が蒔いた種だ。その程度、自分で刈り取ってもらわねば困るのだから。

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