第13話:その反応は予想外
ミハエルはその日、学校を休んでいた。
一日かければ両親は間違いなく説得できて、アリカを王太子妃候補として王宮に招き、真に愛しい相手と共にこの国をおさめていくんだ!という幸せいっぱいの思考回路となっていたのだが、報告に向かった先で見た両親の顔は見たことの無いものだった。
「……あれ?」
「……本当に言いに来たぞ」
「陛下……もう遅いことではありますけれど、誠に申し訳ございません……」
どうしてジェラールの顔が、とてつもなく引きつっているのか。
己の絶対の味方であると確信していたジュディスの表情が、苦虫を噛み潰したような何とも言えないものになってしまっているのか。
「あ、あの」
「……どうぞ、続けなさい」
はぁ、ではなくはあぁぁぁぁ、と大きすぎるほどの溜め息を吐いて、ジュディスがひらりと手を振った。
はいはいどうぞ、と投げやりな様子も気になるが、これを話せばきっと二人とも良くやった!と言ってくれるはずだ、というよく分からない確信を持って、ミハエルは話し始めた。
「父上、母上。わたしはライラック・シェリアスルーツとの婚約を破棄し、アリカ・シェルワーツ嬢との婚約を改めて結びたいと考えております!」
いやそのアリカって誰だよ、と国王夫妻の心の声は完全一致してしまう。
学園では優等生で知られているアリカではあるが、だからといって国王夫妻が彼女を知っているのか、と問われれば答えは『否』である。
「……誰ですか。そのシェルワーツ嬢とやらは」
「え」
「かつて王太子妃候補に上げられた家の中にも、そのような家名はありませんが」
「へ?」
思いもよらない王妃からの返答に、ミハエルはきょとんとしてしまう。
「えぇ、と」
「ですから、そのシェルワーツ嬢とやらは、最初の時点で王太子妃候補となっていないのだけれど、ミハエルが推薦するということは余程優秀な令嬢であるという判断をしていいのよね?」
「はい!」
「学園での成績が良いだけでは王太子妃は到底務まらないけど、本当に大丈夫ね?」
「……は、い」
おかしい、とミハエルは本能的に感じたけれど、もうここまで断言したら引けない。
しかしフローリアだって学園の成績は良いのだから、アリカだって問題なく王太子妃としての役割は果たせるはずだ、と判断した。成績が良いこと、イコール、何でもできるに違いないはずだ、と。
むしろ、これまでの様々な経験を活かして王太子妃教育がとても捗るかもしれない。何なら、王太子妃教育を修める期間が最短であるという大記録を打ち出すかもしれない!という淡い期待を抱いた。
「……そう」
どれだけ大丈夫だ、とミハエルが繰り返し伝えても、母であるジュディスの顔色は冴えない。
そもそもとして、ミハエルは王太子妃教育のあれこれを全く知らない。
王国の歴史だけではなく、王国そのものの成り立ちから歴代国王たちが、王妃たちが、どのような施策を行ってきたのか。
己の国だけでなく、他国との関わりについて。貿易相手との様々な取り決めに加え、輸入時と輸出時にかかるがどの程度か。
座学を完了させればいいものでもなく、王族として振る舞うに相応しい礼儀作法に始まり立ち居振る舞い、美しく見える所作、言葉遣い。
何もかもが、『普通』の貴族とは異なっていることを、生まれながらの王族たるミハエルがどこまで理解しているのだろうか。
「ならば、まず順を追って処理していきましょうか」
「え、え?え?あの、母上?」
「何?」
「えーっとですね…」
今までのようにご実家の力も借りて助けてくれるのではないですか?!と、叫ばなくて正解だったと思う。
もしもミハエルが叫んだりしていたら、ここまでいくら溺愛をしてくれたとはいえ、ジュディスはミハエルを放り捨てていたと思われる。
「な、なんでも、ないです」
「そう。それから」
「え」
まだ何かあるのか!とまた更に叫びそうになったけれど、これもぐっと堪え、拳を握ることでどうにかこの場での失態を避けた。
「ライラック嬢への慰謝料は、お前の私財から賄いなさい」
「……へ?」
もうミハエルは、我慢できなかった。
「どうして慰謝料なんていうものを、王族たるこの俺が支払わなければいけないのですか!」
その叫びに、ジュディスもジェラールも、母と父の顔ではなく国王夫妻の顔となり、無表情、あるいは困り顔から一気に怒りが頂点に到達し、揃ってデスクを思いきり叩いた。
──バン!!
「ひぃっ!」
「貴様…今、何を言ったのか理解しておろうな」
「え…」
「そもそもこうなったのは、わたくしが甘やかして調子に乗らせてしまったからこそ。ですが、それでも王族としてきちんと責任を取ってくれる子になったと思っておりましたが…それすらも出来ぬ愚か者であったとは」
「は、母上?」
これまでならば、『まぁ、ミハエルったら。そんなに落ち込まなくて良いのよ。お母様にお任せなさい』と優しく微笑んでくれて、大体何でもどうにかしてくれた。
だが、それはあくまで対象が物であったりした場合にのみ、ということはミハエルは理解出来ていなかった。
ジュディスも無意識ながらに対人関係に関しては、ベタ甘にしすぎることはなかった。
フローリアとの婚約を無理矢理締結したあのとき、アルウィンはじめ国中の貴族からとんでもない反発をくらい、子供の言うことばかり叶えまくっていたらとんでもない暴君になってしまうことは理解しているのか!とあちこちからクレームの嵐になったのだ。
それだけ、ミハエルの無理矢理な婚約締結は、幼い子だからどうとかいうものではなく、『王族として権力を振りかざして貴族が逆らえない状況を作った上で、従わせる』という最悪な事態としてあちこちに広まった。
権力をもってフローリアを無理やり婚約者にしたのは本当のことだし、婚約者にした後からミハエルが調子に乗ってしまってあれこれやりたい放題だったのも、また事実。
更にその後も、『物』限定とはいえ甘やかしまくって、ここまで増長させてしまったジュディスにも責任はあるし、止めきれなかったジェラールにも責任はある。
だが、事の発端はたった一度のあのミハエルの我儘からだということを、張本人は理解していないのだ。
「何で今回は助けてくれないんですか!父上も母上も、俺だけが悪いというのですか?!」
「今回の婚約破棄で、ライラック嬢は何も悪いことをしておらんだろう!勝手に他に惚れ込んだからと自分の我儘で一人の令嬢の人生を狂わせた自覚は無いのか?!」
「だって、ライラックは思ったより笑ってくれないし、それが可愛くない!あと、俺をきちんとサポートしない!」
「どうしてお前の尻拭いまでしなければならぬのですか!」
「それが婚約者でしょう?!」
とんでもない暴論に、ジュディスは目眩がした。
婚約者だから自分を助けてくれるに違いない、サポートしてくれるはずだ。
婚約者だから。婚約者だから。婚約者だから。
そんなもの、お人形ではないか。
「……ライラック嬢に……とんでもないことを、わたくしは……」
こんな思考回路をもった化け物に育っているなんて、到底思っていなかった。
どのように償いをすればいいのか、とジュディスは必死に考えていたが、まずは何よりフローリアへ。いいや、シェリアスルーツ家へのお詫びが先となる。
一人の令嬢の何もかもを狂わせかねないことを、王家がやらかしてしまったのだから、まずは謝罪から行う必要がある。
しかし今のミハエルは謝らせる価値すらないように思えてしまうほど、愚か者だった。
「……出ていけ」
「父上!」
「出ていけ!シェリアスルーツ家への謝罪は我らがどうにかする!貴様は事態が落ち着くまで公務への一切の参加を禁ずる!いいな!」
「は?!」
「ミハエルを連れ出せ」
ジェラールが手を上げ、命じればばたばたと従者が駆け付けて、ミハエルの両脇をがっちりとかためてそのまま部屋から引きずり出した。
父上、母上、と叫ぼうと、閉ざされた執務室の扉は、開くことは無かった。
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