第10話:隠した一面は絶対見せない

「報告書が上がってきたか」


 よし、と頷いて今回の魔獣討伐に関する報告書を手にしたのは、ヴェッツェル公爵。

 王弟ながらも、『自分は王たる器では無い。王としてあるべきは我が兄ゆえに、わたしは王位継承権を放棄する』と、兄が王太子となった時に宣言をした。


 シオン・ラオぜーズ・ヴェッツェル。

 通称、『鮮血の悪魔』。


「…相変わらず、シェリアスルーツ侯爵の腕は見事だな」


 報告書に記載されている内容を読んでいくうちに、眉間のシワが少し消え、じわりと微笑みが出てくる。


 切れ長な目はアイスブルー、すっと通った鼻筋。

 身長は180cmを超え、自身も魔物討伐に出ることもあるため、筋肉がしっかりとつき、均整の取れた体。

 手も大きくゴツゴツとはしているが、どこかしなやかさもある。

 色素の薄いプラチナの髪は前髪が少しだけ長く、左に前髪を流しており、雰囲気だけ見ればまさに王子様。


 しかし、戦場に出ればシオンの雰囲気は一変する。


 甲冑を身にまとい、馬に乗り戦場を駆け、愛用の片手剣を使い敵をばっさばっさと切り捨て、敵であれば女であろうが容赦はしない。

 特に魔物に関しては情けもクソも、な状態で切り捨てていく。


 戦場から戻ったシオンがべったりと返り血を付着させ、感情をあまり表に出さないところも相まって、彼の通称が『鮮血の悪魔』となってしまった。


「……」


 報告書に記載されていた、『討伐対象のコアにつきましては、傷つけず納品とさせていただきます』という文章を読んだとき、シオンの顔はにま、と崩れた。


「閣下、お顔が」

「ふ、ふふ」


 所謂イケメンで、黙っていれば文句なしの王子様。立場としては王位継承権を放棄したといえど、王弟であり公爵位を賜っている。追加するとシオンは独身なので、求婚者は絶えないし釣書もどさどさと届く。

 それには一切目もくれることなく、うっきうきなシオンの興味の対象は自分が依頼した魔獣討伐で採取された魔獣の核。

 形としては大人の男性のこぶしくらいの大きさで、色は様々な種類がある。核の保持属性によって色は異なっているのだが、シオンが特に気に入っているのは火属性。


「あぁ…、やっぱり綺麗だわ!」


 きらきらと目を輝かせ、報告書と共に届けられた核を見てにまにまと笑っている。

 イケメンなのに、これさえなければなぁ…と頭を抱える従者をよそに、核を手に取って光に当て、きらきらと赤い光が反射をして輝く姿をご満悦そうに眺めるシオン。


「閣下、もう一度言いますね。お顔、どうにかなさってください」

「は?ここにはアンタとアタシしか居ないのに喧しい。黙りなさいな」

「うっかりそれがバレたらどうするんですか!」

「バレないように立ち回ってんじゃない。何が悪いの」


 イケメンのジト目ほど、ある意味迫力満載のものはないかもしれない。

 従者であるラケルはげんなりとして思いきり溜め息を吐いたが、シオンがぴくりと眉を上げて核を一旦テーブルに置いてからずんずんとラケルの方に向けて歩いてきた。


「ちょっとラケル、何が不満なわけぇ?」

「不満にもなりますよ!」

「それを言いなさい、つってんでしょうが!」

「そもそも、閣下が王位継承権放棄したのもわたしは納得いってないんですから!」

「アンタお母様みたいなこと言うのね!!」

「言われるようなことしないでくれませんかねぇ!」


 ぜぇはぁ、とひとしきり言い合った後で、二人はぐったりとしてしまった。


 シオンの隠した一面というのは、この性格。


 表向きには兄のことを思い、自分は表舞台から去り影ながら王家の役に立つべく、王位継承権まで放棄して一人の貴族として生きていく道を選んだ、ということ。

 実際は当時の兄の婚約者、そして自分の母親からあまりの才能の豊富さに疎まれ、早く死んでくれと言わんばかりに戦場にいつも放り込まれたことが嫌でたまらず、王位継承権をさっさと放棄したのだ。

 そして、元来シオンは可愛いものや綺麗なものが大好きなのである。その好きが高じて、魔晶石や魔力を帯びた鉱物、更には魔物の核などに興味を示し、研究をするために功績を上げるたびに研究施設として大きな屋敷の郊外にもらい、あれこれ実験機材を豊富にさせた結果、何となく言葉遣いまでもが変化してしまったという一面までもちあわせている。

 その筆頭が言葉遣い。

 所謂、「オネェ」なのである。

 本人曰く、『可愛いもの、綺麗なものを長年愛でていたらなんかこうなった』らしいのだが、シオンの顔面偏差値が驚くほど高いことも一因ではなかろうか、とラケルは思っている。


 魔晶石など様々なきらきら輝く鉱石を持った彼は、同性のラケルから見たとしても魅力的な姿なのだ。

 使用人たちはそのイケメンを見慣れているけれど、ほかの令嬢はそこまで耐性がない。

 だから、一目見てシオンに惚れ込み、こうして毎日せっせと釣書や手紙、どうにか一度見合いの席を!と意気込んでいるけれど、本人は興味持っていない。


「勝手に人の顔見て色々決めつけてんの、向こうのご令嬢たちじゃない。好き勝手妄想されてもこっちは困るのよ」

「そうですけど、もっとなんかこうあるでしょう!?」

「で、結婚して幻滅した!って離縁されたらされたで、人のことを面白おかしく言いふらすに決まってんじゃない。アンタ、そこまで考えたんでしょうねぇ?」

「うぐ」


 考えてませんでした!とも言えるわけが無い。

 ラケルは図星をつかれ、困りきって沈黙してしまった。


「はぁ……どこかにいないかしら。人を見た目で判断しない、こう強くて可愛くて綺麗で、でも足手まといにならないくらい強くて芯のある、ついでに頭の良いご令嬢!」

「いるわけないでしょうが」

「そういうツッコミだけは早いのね、アンタ」


 ジト目になるシオンと、ツッコミを入れるラケル。

 これが、ヴェッツェル公爵家の日常であり、隠さなければならない秘密なのだ。


 なお、シオンは基本的に表舞台に出ることが少なすぎるから、今回のシェリアスルーツ家と王家の揉め事はまだ知らない。

 ついでに言うと、王家に関してシオンが興味を持っていなさすぎるせいで、婚約破棄騒動もまだこの屋敷まで届いていない、というのも事実なのであった。

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