忍者転生〜異世界に転生した忍者は今度こそ主君を守り抜く〜

モンチ02

第壱話 転生

 



「敵軍の追っ手が屋敷に迫っています。姫様、今ならまだ逃げられます」


「その話はもう終わったことです、才蔵。私は武士の娘、逃げ隠れするつもりは毛頭ありません。この身が朽ち果てるその時まで、父上の家を守る為にここに残ります」



 眼前に正座している我が主君、藤堂織姫とうどうおりひめ様に再三の忠言をするが、姫様は覚悟を持ってそのお言葉を口にした。


 死が迫っているというのにもかかわらず、一切表情を変えることなく、声も震わさない。よわい十六でありながら、なんと気高きお心だろうか。


 俺としては織姫様に生き延びて欲しい。

 織姫様を生かすことが、大恩ある御屋形おやかた様への報いだと思うからだ。


 がしかし、俺の主君は御屋形様ではなく織姫様だ。

 主君がここを離れない覚悟を決めたのならば、しのびの俺はただ従うのみ。それが忍びとしての忠義である。



「才蔵、あなたは逃げてもいいのですよ。頑固で愚かな私に付き合わなくてもよいのです」


「何をおっしゃいますか。俺は姫様に仕える忍び、主君の命をお守りするのが俺の道なのです」



 そう告げると、織姫様は「ありがとう」と柔らかく微笑んだ。

 誰が逃げるものか。俺の命は姫様と共にあり、姫様の為に使われる。仮に姫様が死んでしまったとしたら、俺も後を追う覚悟だ。


 姫様が死ぬなどと俺らしくもない不穏な想像を浮かべるのは、屋敷に近付いている足音のせいである。

 まだ遠くではあるが、地を揺らす振動から追っ手がすぐそこまで近づいていることが分かった。

 だから俺は、姫様にこう伝える。



「往って参ります。織姫様はどうか、ここを離れぬように」


「わかりました。其方の無事を祈っております、才蔵」


「御意」



 そう告げると、姫様の前から姿を消す。

 もぬけの殻になった屋敷の中を物音立てず走り、門を出る。すると前方から、多くの兵士達が蛾の如くわらわらと集まってきた。



「ひぃ、ふぅ、みぃ……数えるのが馬鹿らしいな」



 いったいどれほど集まったのだろうかと数えようとしたが、どうでもよくなりすぐにやめた。


 ご苦労なことだ。奴等は藤堂家にまだ兵士が残っていると思って多くの兵を寄越したのだろうが、藤堂家に仕える兵士は全員御屋形様と共に戦場へ出ている。

 女中等も全員避難させ、屋敷に残っているのは俺と織姫様の二人だけだというのに。


 門を背に立つ俺は、警戒している兵士達に声をかけた。



「待たれよ。ここから先は由緒正しい藤堂家、お主等は何用で来られた」


「何用だと? はっ笑わせるな! 逆賊である藤堂義秀とうどうよしひでを討伐する為に決まっておろうではないか!」


「ここに御屋形様はおらん。ただちにね」


「居ようが居まいが関係あるまい。我等は逆賊を滅ぼせとの命を頂戴している。それ即ち藤堂の一族、奴に仕える兵士や関係ある者を全て始末するということだ」


「つまり貴様も始末するということだ、わっぱよ。童とて無関係ではないぞ」


 兵士の一人が俺を指しながら告げてくる。

 やはり一族郎党根絶やしにするつもりだったか。それも仕方あるまい、そうしなければ遺恨が残り後々面倒になるからだ。

 だからといって、そう易々とくれてやれるほど織姫様の命は安くはない。



「俺は童でも無関係でもない、藤堂織姫に仕える忍びだ」


「忍びだと……?」


「おかしな奴だ、堂々と人前に出る忍びがいるものか」



 はっはっはと可笑しそうに笑う兵士達。

 笑われるのも仕方ない。忍びとは影。暗闇に紛れ、敵に一切姿を見せず背後から首を掻っ切るのが忍びだ。俺のように白昼堂々と真正面から敵に姿を晒す忍びなど忍びではない。


 が、それでいいのだ。

  “俺は真の忍びではないのだから”。



「ここから先は何人足りとも通さん。通りたくば俺を倒せ。だが努々忘れるな、向かってくる者は容赦なく斬り殺す」


「童風情が何をほざくか!」


「貴様など一捻り――っがは!?」



 喋っている最中の兵士に手裏剣を投げ、喉を突き刺す。

 手裏剣を当てられた兵士は血を吹いて倒れた。残酷な光景を間近で見て、ごくりと唾を呑み込み慄く兵士共に、俺は端的に伝えた。



「御託はいい、来い」


「こ、殺せぇぇええええええええ!!」


「「おおおおおおおおおおおおお!!」」



 開戦。

 声を張り上げながら突撃してくる兵士達の額にクナイや手裏剣を投げ、一度に数人を殺す。死んで倒れた兵士達の横から刀や槍を掲げて肉薄してくる。俺は背中にかけている鞘から刀を抜き、躱しながら斬り裂いた。



「ぐはぁ!!」


「このぉぉおお!!」


「囲め、囲め!」



 四方八方から一度に突いてくる槍撃を跳んで躱し、槍の柄に乗っかる。さらに跳び、一番近くにいた兵士の顔面を踏み抜いて囲いから脱出した。



「なんという身のこなし!?」


「気をつけよ! この童相当の手練れぞ!」


「矢だ、矢を放て!」



 近くにいた兵士をあらかた斬り殺すと、後方から矢が放たれる。

 ひゅんと音を立てて飛来してくる矢を刀で弾いた。



「信じられん! 矢を斬り裂いただと!?」


「化物か!?」


「ええい、もっとだ! もっと放て!」



 兵士共が慌てて後方から矢を射ろうとしてくる。

 流石に一度に何十もの矢を受け切れることはできないので、俺は刀を鞘に仕舞って印を結んだ。



「兵・者・闘・兵」


「放てぇぇええ!!」


「土遁・土壁つちかべ



 印を結んだ後、両手を地面につける。

 直後、ごごごと音を立てて地面が隆起し壁が出来た。その壁に入り、降り注ぐ矢の雨を凌いだ。



「なんだあれは!?」


「土の壁だと、まさか妖術使いか!?」


「違う、忍術だ」



 次の矢を放たれる前に、俺は壁から出て兵士達に接近する。

 近付いてしまえば、弓兵など恐るるに足らず。再び刀を抜き、目につく兵士を片っ端から斬り伏せていく。



「ぐはぁ!」


「つ……強い!」


「ええい、たかが童の忍び一人に何を手間取っている! さっさと殺さんか!」


「お、応援を呼べ!」



 胸中で舌を打つ。

 既に半分近く斬り殺したが、応援を呼ばれると面倒だ。踵を返して逃げ去ろうとする兵士に手裏剣を投げようとした刹那、ぱんっと甲高い音が鳴り響く。



「がは……」



 音の直後、左脇腹から血が漏れ激痛が生じた。



(――鉄砲か)



 全く反応できなかった。

 すぐさま周囲を観察すれば、集団の中から白い煙が上がっている。隠れながら撃ったのだろう。ただの残党狩りに鉄砲を持ってきているとは予想していなかった。



(しくじったな)



 胸中で毒は吐く。

 痛みはあるがまだ動ける。当たり所が良かったのが幸いだったか。だが、応援を呼びに行く兵士を逃してしまった。



「いいぞいいぞ! 妖術だろうが忍術だろうが鉄砲には敵うまい! 撃て、撃ちまくれ!」


「ちっ」



 鉄砲を持っている兵士は一人だけではなかった。

 恐らく五人は居るだろう。じっとしていてもただの的なので、狙いを定められないよう動き回りながら鉄砲使いに近付く。



「死ね!」


「忍法・変わり身の術」



 眼前で鉄砲を撃たれるが、俺は撃たれなかった。近くにいた兵士を引っ掴み代わりに撃たれてもらう。だが、鉄砲使いは俺が撃たれたと錯覚しているだろう。



「はは、仕留めたぞ!」


「それは俺じゃない」


「なん――……」



 刀で首を斬り落とす。

 これで終わらず、すぐさま次の鉄砲使いに狙いを定めた。



「な、なんなんだこいつ!?」


「化物めぇぇええ!」


「殺せ、殺すんだ!」



 兵士達が怒号を上げ、必死に俺を殺そうとしてくる。

 そんな中、不意に過去の思い出が脳裏を過った。走馬灯というやつだろうか……敵兵を殺しながら、俺の頭には思い出の映像が流れ出していた。



 ◇◆◇



 俺は戦災孤児というやつだった。

 戦いに巻き込まれた俺の村は焼かれ、なけなしの金品食料を略奪され、お父とお母は兵士に殺された。齢六つだった俺は両親に隠されたことで一人生き延びたが、灰と化した村と焼け爛れた両親の死体を目にして生きる希望を失った。



「おいわっぱ、そこで何をしている」


「死ぬのを待っている」


「そうか……それは勿体ない。折角生き残ったのだから、お前は父ちゃん母ちゃんの分まで生きなきゃならねぇ。童、俺についてこい」



 両親の死体の前でじっと座り、飲む食わずをせずただじっと死を待っていた時、半兵衛という男が声をかけてきた。

 たまたま通りかかった半兵衛に半ば無理矢理拾われた俺は、そのまま武家である藤堂家へと連れていかれることになる。



「お主が拾い物をしてくるのは珍しいな、半兵衛」


「へぇ。俺がこいつの世話をするんで、御屋形様にはご迷惑をお掛けしません」


「構わんよ。童、名をなんという」


「そういえばまだ聞いてなかったな」



 名を聞かれた俺は、掠れた声でこう答えた。



「おれは死人だ。死人に名は必要無い」


「ほう、中々に豪胆な童だな。気に入ったぞ。おい半兵衛、お主が新しい名をつけてやりなさい」


「えっ! 俺ですかい?」


「当然であろう、お主が拾ってきたのだから」


「そうですかい? う~む、なら“才蔵”にしよう。童、今日からお前は才蔵だ」



 才蔵という新しい名を与えられた俺は、半兵衛のもとで生きることとなる。

 どうやら半兵衛は忍びであったが、抜け忍となって放浪していたところを御屋形様に拾われ、仕えることになったらしい。

 俺が与えられた才蔵という名前は、半兵衛が暮らしていた“忍びの里”に居た最強の忍びの名から取ったそうだ。


 半兵衛に忍びの全てを教わった。

 体術や忍術など、忍びとしての生き方を教えてもらったのだ。


 忍びとは、おのが主君に仕え手足となって動く者。

 半兵衛にとっての主君が御屋形様であり、俺にとっての主君は織姫様だった。



「才蔵、お前の主君は織姫様だ。その命を懸け、主君である織姫様を守り通せ」


「わかった」


「よろしくね、才蔵」



 御屋形様の一人娘である織姫様はとても可憐なお方だった。

 だが可憐な見掛けとは裏腹にいたずらが好きだったりと活発的で、笑顔が絶えないお方でもある。

 今ではご立派になられたが、幼少の頃は事あるごとに呼び出され、遊び相手をさせられていたものだ。一緒に馬鹿なことをして、御屋形様に叱られたりもした。

 俺は織姫様と共に居て、確かな幸せを感じていたのだ。


 忍びとしての修行を行いつつ、たまに御屋形様の戦場に同行したり、織姫様のお相手をしたりと健やかな日々を繰り返し、十数年が経った。


 それまで平和だったが、藤堂家は大きな戦乱に巻き込まれてしまう。御屋形様が仕えている武将が大阪に出陣するということで、家臣である御屋形様にも出陣命令が下ってしまったのだ。


 敗戦濃厚の戦に向かう必要もないのだが、仁義を通す為に御屋形様は兵士を連れて向かわなければならない。



「才蔵、お前はここに残れ」


「俺も行く」


「馬鹿言ってんじゃねぇ。俺は御屋形様に仕えているから共に行くんだ。だがお前の主君は姫様だろーが。お前は屋敷に残り、姫様を守れ。それがお前の役目だ」


「……わかった」



 半兵衛も御屋形様と共に戦場へ向かった。

 俺もついていき戦いに加わりたかったが、半兵衛に諭され屋敷に留まる。主君である織姫様を守る、それが忍びとしての俺の役目だから。



「才蔵、大丈夫よね?」


「ご心配はいりません。織姫様は必ず俺が守ります」



 ◇◆◇




「そんな……馬鹿なことがあるか。たった童一人に、百人の兵士が返り討ちに遭うなんて信じられるものか!」


「そうだ。そしてお前で最後だ」


「ごはぁ!」



 最後の敵兵を斬り伏せる。

 敵の増援が来る気配もない。どうやら終わったようだ。



「はぁ……はぁ……かはっ」



 終わったと感じた瞬間一気に疲労が押し寄せてくる。立っていられず、崩れ落ちるように膝を着いた。


 流石に百の敵兵を相手にするのは気が滅入った。俺の身体には無数の刀傷、背中に矢が刺さり、鉄砲も数発浴びて傷だらけ。鎖帷子がなかったり、鉄砲の当たり所が悪ければ死んでいただろう。

 百の敵兵を相手にして勝ったのは奇跡だった。



「姫様……」



 早く姫様の所に戻られなければ。今頃心配していることだろう。

 周囲に転がっている敵兵の屍を避けながら戻ろうとした瞬間、信じられない光景が目に入ってくる。



「屋敷に火が! 何故だ!?」



 轟々と屋敷が燃え上がっていたのだ。

 突然の事態に呆然としていると、屋敷の屋根上に黒い人影が見えた。



「あれは……」



 その人影は一瞬立ち止まったが、すぐに消え去ってしまう。

 正体が気になるが、そんな事は今どうでもよかった。



「姫様ぁああ!!」



 満身創痍の身体に鞭を打ち、燃え盛る屋敷の中に入る。

 急いで織姫様のところへ向かうと、血を流して倒れている織姫様を発見した。



「姫様! 織姫様!!」


「あぁ……才蔵。無事だったのですね」



 抱き起こすと、まだ意識が残っている織姫様は目を薄く開け、俺を見て声を発した。

 刀で差されたのだろう、胸から大量の血が流れている。止血しようとするが、織姫様に行為を止められてしまう。己で命は助からないと悟ったのだろう。



「もうよいのです、才蔵」


「姫様……っ」


「あなたと……過ごした日々はとてもごふっ……幸せでした。私に仕えてくれて、ありがとう」


「俺もです。俺も織姫様に仕えることができて幸せでした」



 そう告げると、織姫様は「ふふ」とあの頃のような無邪気な笑みを浮かべ、



「来世でも、私に仕えてくれる?」


「勿論です。何度生まれ変わろうとも、俺は姫様に仕えます。俺は姫様の忍びですから」


「そう……それを聞いたら、安心して逝ける……わ」



 その言葉を最後に、織姫様は逝ってしまわれた。



「姫様を一人にはしません。俺もついていきます」



 織姫様を抱き締めながら、焼け崩れる屋敷と共に俺の生も潰えたのだった。



 俺は後悔した。

 忍びとして、主君である織姫様を守れなかったことに。

 だからこそ、生まれ変わってもし織姫様にもう一度仕えることができたならば、今度こそ主君を守り抜くと己に誓ったのだった。



 ◇◆◇



「おぎゃー! おぎゃー!」



 ……なんだ。

 何で俺は泣いているんだ?



「奥様、旦那様、元気な男の子ですよ」


「よく頑張ったね、ミシェル」


「無事に生まれてきてくれてありがとう」



 目が全く開かない。

 誰だ、そこに誰がいるんだ。



「なんて名前にしようか。男の子だから……」


「サイ。この子の名前はサイよ」


「サイ……か。うん、良い名前だね」


「おぎゃー!」



 何がどうなっている!

 喋ることもできないぞ!



「あなたの名前はサイ。サイ=ゾウエンベルクよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る