【悲報】パーティを組むことになった『せいじょ』さんがポンコツすぎる。

あすれい

第1話 はいっ、ひーる!!

 鬱蒼と木々の茂る森の中、悪路にもかかわらず全速力で駆ける二人の人影があった。


「はぁっ、はぁっ……、あと少しで、森から抜けられる。もうちょっとだ、頑張れっ!」


 腰から一振りの剣を下げた、いかにも剣士といった風貌の男が隣の女に呼びかける。


「は、はひっ……。す、すいま、せんっ。私の足が、はふっ、遅いせいで……」


 女は桃色の緩いウェーブのかかった髪を靡かせながら必死で走っていた。


「喋らなくてもいいっ。とにかく、今は走って!」


「は、はいぃ……!」


 男は女の手を引いて、言葉をかけて奮い立たせる。女の方はすでにだいぶ消耗していてついていくのがやっとの様子。それに加えて丈の長いローブを身にまとっている。走るのには全く向いていない服装と言ってもいいだろう。


 そんな状態で走っていれば当然──


「きゃんっ!!」


 女の声が森に響き渡った。木の根に足を取られて転んだのだ。


 女の目には涙が浮かび、その場にへたり込んでしまった。


「ふえぇ……」


「大丈夫かっ?!」


 転倒の衝撃で手を離してしまった男はすぐに女に駆け寄り、患部を確認する。


「あうぅ……。痛いですぅ……」


 木の根に引っ掛けた拍子に捻ったのか、足首はみるみる赤く腫れ上がっていく。膝も擦りむいたようで、ローブに血が滲んでいた。


「この傷じゃこれ以上走るのは無理か……」


 男は覚悟を決めて剣を抜き、走ってきた方へと視線を向けた。女を気遣っていた時からガラリと雰囲気が変わる。眼光鋭く、寄らば斬る、と全身から殺気を飛ばす。


 この男、これでも中堅の冒険者なのだ。


 やがて男の視線の先、茂みがガサリと音を立てていくつもの異形が飛び出してきた。それこそ、この男女が森の中を走っていた元凶、コブリン小振リンである。二人はこいつらに追われていた。


「ぎゃうっ」


「ぐぎゃぎゃっ」


 よくわからない鳴き声をあげながら近付いてくるコブリン。


 その姿は名の示す通り、ゴブリンよりも小さく、一匹二匹程度ならばそこそこの力のある男ならば簡単に退治することができる。だが今は数が多かった。三十、いやそれ以上か。


「くっ……、やっぱり数が多いな……」


「ひいぃっ……、追いつかれちゃいましたぁ……」


 女はビクリと体を震わせ、恐怖を滲ませた。それもそのはず、女は一度コブリンに捕まって、それを男に助け出されて逃げてきたところなのだ。


 こうしている間にも次々にコブリンが押し寄せてきて、すっかり周りをぐるりと取り囲まれてしまう。


 一匹一匹は知能も低く大した力を持たないコブリンだが、群れで行動する習性がある。それこそがコブリンの恐ろしさだ。数こそ暴力、それを体現する存在なのである。


 しかも質の悪いことにこのコブリン、生まれてくるのはオスばかり。それなのにどうやって繁殖しているのかと聞かれれば、人間の女性を母体とするという。女性にとってははた迷惑な生態をしている。


 しかも一度に五・六匹も産まれる、非常に高い繁殖力を持っている。一度女性が攫われると、三ヶ月に一度この数が産まれてくる。さらに悪いことに、コブリンと交わると女性の精神は狂ってしまう、らしい。


 そうなる前に助け出された女は幸運だったと言えよう。しかし、ここで再び捕まれば元の黙阿弥。


「俺が、なんとかするっ!」


 せっかく助け出したのに苦労を水の泡にはさせまいと、まずは手近にいたコブリンに斬り掛かった。ザンッと音を立てて両断されるコブリン。


「ぐぎっ──」


 イヤな断末魔を残してその生命を散らした。それでも、まだまだおびただしい数が取り囲んでいる。


 一匹がやられたことでわずかに怯んだコブリンだが、すぐに立て直す。一匹でダメなら多数で攻める。それくらいの知恵は持ち合わせているようだ。まずは邪魔な男を排除する、そう決めたらしいコブリン達が一斉に飛びかかってきた。


 男は襲い来る攻撃を躱しつつ必死で剣を振るい、少しずつコブリンを斬り伏せていくが、やはり多勢に無勢。少しずつ包囲を狭められていた。


「あ、あたしも戦いますぅ……」


 戦いの最中だというのに、どこか呑気な声をあげ、女はなんとか立ち上がったが、足の痛みのせいで動くのはままならない。


 手に持っていた杖を地面について、立っているのがやっとだ。この調子でどう戦うというのか。


「まずは、足を治さないとっ……! えーいっ! はいっ、ひーるっ!!」


 女が間延びした声で叫ぶと辺りは眩い光に包まれた。


「うおっ……! な、なんだ、この魔力量はっ……?!」


 これまでそこそこの経験を積んできた男も、この光景には驚きを隠せない。視界をやられないように目を手で覆うのが精一杯だった。


 『ハイ・ヒール』それは『ヒール』よりも高位の回復魔術。軽い擦り傷や切り傷までしか治すことのできない『ヒール』に対して、こちらは骨折や打撲、捻挫なんかも治すことができる。さすがに部位欠損までは治らないが、それに対しては『エクストラ・ヒール』という最上位の魔術が存在している。


 ともかく、無事に魔術が発動したのであればこの状況を打破することができるかもしれない。


 光のおかげでコブリンの攻撃も止まっていた。普段薄暗い森の中で暮らすコブリン、明るすぎるのは苦手であった。


 彼女の足が治ったのならば、包囲を崩して再び走ることができる。森を抜ければ活路を見いだせる。


 男は一方向に狙いを定め、目の眩んだコブリンを薙ぎ払っていく。やがて一部包囲が崩れたところで女へと声をかけた。


「今のうちに早くっ! 逃げるぞっ!」


「えっ、あっ、あのっ……、戦わないんですかぁ……?」


 意外にもこの女、好戦的なようだ。せっかく戦う覚悟を決めたというのに、逃げると言われてしょんぼりしている。


「この数を相手にしていたらキリがない。じきに応援も駆けつけてくれることになってる。今は森を抜けるんだっ!」


 諸々の事情で急ぎ単独で女の救助へと赴いた男だが、その後に討伐隊が編成され、こちらへと向かってくれる手筈になっていた。


「わ、わかりましたぁ……!」


 再度手を取り合い、走り出そうとしたところで男は違和感を感じた。女の目線が先程よりも高くなっている気がしたのだ。


 しかし今はそんなことを気を取られている場合ではない。グイッと女の手を引いて、崩した場所から包囲を抜け出した。


 再び走り始めたのだが、先程よりも格段に速度が遅い。女もしきりに足元を気にしている。


 そして──


「はうあっ……!」


 またしても転んだ。それはもう見事な転びっぷりだった。女が転んだ場所にはどこにも転びそうな要素は見当たらないというのに。


「おいっ!」


 今度は手こそ離さなかったが、女はペタリと座り込んでしまう。


「あのあのっ……。ごめんなさ〜いっ……。あたしもう、走れないかもです……」


 男が女の姿を見ると、先程転んだ時とは違う点に気が付いた。怪我の具合を確認するためによく見たので間違いはない。


 いつの間にか、女の靴が変わっていたのだ。


「えっと……、これは、なんだ……?」


「あのぉ、そのぉ……、とっても言い辛いのですがぁ……。さっきので怪我は治ったんですけどぉ、違う魔術も一緒に発動してしまったみたいでぇ……」


「回復魔術、だけじゃなかった、のか……?」


「そのつもりだったんですけどぉ……。え、えへへ、うっかりおしゃれ用の魔術も発動しちゃったみたいでして……」


 そう、なんと女の靴はハイヒールになっていたのだった。


「なんだよそりゃ……。そんな魔術聞いたことねぇよ……!」


 『ハイ・ヒール』で靴がハイヒールになる、まさに前代未聞であった。男はがっくりと項垂れた。


 確かにおしゃれ用というだけのことはある。女の足にぴったりあったデザインで、先程までの靴よりもその足の魅力を何倍も引き出している。こんな状況でなければ男もしばらく眺めていたくなるほどである。


 ただ今は命と貞操の危機なのだ。


「あぁもうっ、背中に負ぶされっ!」


 こうなっては最後の手段。速度は落ちるがこうする他はない。立ち止まっている暇などないのだ。男は女に背を向けてしゃがみ込んだ。


「ふぁっ、えっ、おんぶですかぁ?! さすがにちょっと恥ずかしいんですけどぉっ!」


「そんなこと言ってる場合か! 追い付かれてやつらの子供を産みたいのならここに置いていく!」


 そんなつもりはさらさらないが、これも駄々をこねる女に言う事を聞かせるためだ。


「それはイヤですぅ! えっと、じゃあ失礼しまして……」


 女が背中に負ぶさると、柔らかい感触が男の背中に伝わる。


「ふおぉっ……!」


 思わず声が漏れてしまったほどだ。女性にここまで密着されるのは初めてのことだったのだ。


「あのっ、重い、ですよねぇ……? やっぱり自分で走ったほうがぁ……」


「い、いや、いい。そのまましっかり掴まっていてくれ」


 みすみすこの幸せな感触を手放すことなどできない。男は女の脚をしっかりと掴んで走り出した。


 この男、どうやらなかなかにむっつりなようだ。


 ドギマギしながらも男は走った。背後にコブリンの鳴き声を聞きながら。やがて木々の隙間から光が見えてくる。


 かくして、この二人は無事に森を抜けることに成功したのだった。

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