第12話 疑惑


 オフィスに着いた。

 着いてすぐ、主に隣のデスクから視線を感じる。そう――私に頬杖をつきつつ、視線を遣るのは後輩の霜村しもむらだ。

 ミーハーで明るくて、でも仕事モードになるとちゃんと真面目に働く、そういうタイプ。特に恋バナが好きで、人の恋愛には敏感。だからか、今日の私を見てピンときてるらしい。


「秋風先輩〜、彼氏出来ました?」

「どうしてそう思うの?」

「だってー今日の先輩、なんていうか活き活きしてるもん! 気のせいじゃないもん!」

「分かったから、落ち着いて。立たなくていいから」


 そう言うと霜村は椅子にストンと座る。


「それで彼氏、出来たんですか」

「惜しい、かな」

「惜しい!? まさか婚約者とか?」

「んー、その辺が一番近い」


 嘘は言ってない。だって――いろはちゃんとは将来必ず、結婚するから。彼女がもっと私を好きになってくれたら、彼女のほうから「結婚したい」と言ってくれるかもしれない。同性婚だって、許可してる県か国に行けばいい話だし。そもそも形だけの結婚でも私は満足だもん。私はいろはちゃんと家族になりたいの。


「えー、嘘。お祝いしなくちゃ!」

「いいよ、いいよ」


 私は遠慮する。


「先輩の好きなタイプって確か……イケメンで背が高くて、年上、でしたっけ?」

「うん。そんな感じー」


 すごい嘘だ。

 本当は真逆。

 かわいくて背が低くて、胸がぺったんこで年下の子がタイプ。まあ一応、これでものらりくらり、嘘を吐きつつ社会に溶け込んでいるのだ。カミングアウトしてないし、する予定も無い。


「そんな理想の彼が見つかったんですね! 今度、紹介して下さいよ」


 こう来ると困る。


「まだ結婚したわけじゃないから。あ、でも結婚式には呼ぶね。だから許して」

「え、いいんですか。嬉しい! て、許すって何を……?」

「んー、なんでも」


 私はふふふっ、と笑う。


 そんな私を見て、霜村は――


「秋風先輩、なんか幸せそう。いいなー、私も婚約者ほしいー。って、その前にまずは恋人からか」


 と羨んでいた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る