イオンの片隅に売っているビーターチョコレートのように

あき

イオンの片隅に売っているビーターチョコレートのように

 僕は塾の黒板に数式を書いた。

「これが円錐の面積の計算式です」

この塾は所謂、お金持ちの子供が集まっている塾だった。生徒は大人しく賢い。特に宋さんという中国人の女の子は抜群に賢かった。中国人は教育熱心だというニュースを見たことがあるけど本当なのかもしれない。

 僕は会社を上司の執拗なパワハラで辞め、次の仕事が決まるまでの繋ぎで塾のアルバイトの教員をしている。バイトなのに案外、時給がいいので当分仕事が決まらなくても死ぬことはなさそうだ。この塾には同じようにバイトをしている大学時代の友人の山田がいて、彼女にこの仕事を紹介してもらえたのだ。

 持つべきのものは友だ。

 

 授業を終えると「調子はどうだい?」と山田が言った。山田は理工学部には珍しい女子だった。リケジョというやつだ。

「普通だよ」僕はそう答えた。

 それから僕らは喫茶店に行った。コメダ珈琲。彼女はコーヒーとサンドイッチを頼み、僕はコーヒーだけを頼んだ。

「僕さ、前の会社、パワハラで辞めたんだ。上司から毎日嫌がらせを受けて、どうしても耐えられなくなって、辞めたんだ。苦労して入った会社だったのし、本当に悔しいんだ」と言った。

「そうなんだ」山田はそう言って卵が挟んであるサンドイッチを食べる。「悔しいのは分かるけどさ、もう忘れることだよ。次にもっと良い会社行けば良いんだ。過去なんて週刊誌と一緒。読んだら捨てるだ」


 それからも僕は塾の講師を続けた。なかなか次の仕事が決まらなかったのだ。人生は甘くない。イオンの片隅に売っているビーターチョコレートのように。

 ある日、僕は授業を終えて塾を出ると入り口に山田がいた。「今日はスターバックスに行こうぜ?」

 僕と山田はスターバックスに入りコーヒーを飲んだ。「実は、私も前の会社をパワハラで辞めてこうしてフリーターをやっているんだ」と言った。

「そうだったんだ」

「そうだったのよ、あの言葉は自分に言っていたんだ。次にもっと良い会社行けば良いって」

「過去なんか週刊誌と一緒、読んだら捨てろ、だろ」

「うん」

 

 僕はアパートに帰ってベッドに座り天井を見あげた。これから僕の人生どうなるのだろうか? 不安と恐怖と焦りが胸の中にぐるぐると渦巻いた。でも、過去なんか週刊誌と同じ。読んだら捨てろ。

 前だけを見るんだ、そう独り言を言った。

 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イオンの片隅に売っているビーターチョコレートのように あき @tarnas4

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る