第87話
「可能性の話なら好き勝手に発言していいわけではないわ。」
カレンは立ち上がり、執務机から距離を取った。
後ろの棚との間にはそれほどの空間はない。
しかし、有事の際にそのほんのわずかな距離が生死を分けたりもする。
カレンは冒険者ではないが、ギルド職員としてそれなりの訓練は受けていた。
もちろん、現役の高ランク冒険者や執行官レベルの相手と対等に戦うことなどできない。
時間稼ぎとこちらが警戒しているという意思表示をすることが目的だった。
「なるほど。やはり後ろめたいことがあるということですか。」
ソフィアはカレンの動きを見てそう言った。
「それはそちらの話でしょう。力にものを言わせて冤罪を被せるのがあなたのやり方なの?」
「冤罪ねぇ。私は執行官であると同時に裁定者。不穏な動きを見せた一支部のギルドマスターを処断する権限は持っていますよ。」
ソフィアの目には獰猛な光が宿っていた。
「そう。そんなあなただから本部でも被疑者と見たのね。」
「···何の話だ?」
「本部から封書が届いているわ。あなたが不正に関与した疑いがあるから注意しろと。」
「ふん、そんなはずはない。こちらに来る前にはそんな空気はなかった。」
声を一段と低くしたソフィアには、凄みが色濃く出ていた。
しかしカレンは怯まない。
「あなたが不在だから本格的に調査をしたという解釈はできないのかしら?例えば、報復を恐れて通報や密告できなかった人たちが、機会を窺っていたというのはよくあるパターンよ。」
「············」
「あなたは確かに優秀かもしれない。でも、ここの執行官と比べるとやり方が稚拙ね。彼ならもっと証拠を固めてからしか実行には移さない。力づくで解決する手法なんて前時代的すぎるわ。だから余計な疑いを持たれてしまうのではなくて?」
「···黙れ。」
ソフィアの恫喝めいた口調にもカレンは冷ややかな目を返した。
「いいえ、黙らないわ。饒舌だった口が言葉少なになっているのは図星だからでしょう。武力だけで物事の解決を図れるのは冒険者でいえばBランクまで。それ以上は機転と頭の回転が速くなければ、早死にするのを知らないわけじゃないで···」
カレンは言葉を途中で止めた。
ソフィアがダガーを投擲し、それが顔のすぐ横を通過したためだ。
「黙れと言ったはずだ。」
無表情のソフィアが強い殺気を放っていた。
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