第86話
「我々が被疑者だと考えている者たちと行動を共にしていました。彼とは一度話しましたが、人となりまでは詳しくわかりません。彼は信頼に値する人物なのでしょうか?」
被疑者というのは犯罪の嫌疑をかけられている者を指す。言い換えれば容疑者ということである。
ソフィアは遠回しではあるが、ナオに共犯の疑いを持っていると告げている。しかし、それが演技である可能性を感じられないほどカレンは無能ではなかった。
「彼の人間性は保証します。以前に属していた支部での実績を鑑みて、こちらに招致したくらいですから。」
「あなたが推薦されたことは知っています。辺境よりも規模の大きい都市であるこちらの方が、組織内や冒険者絡みの不正も比例的に増える。その対策で前任者の死亡以来不在だった執行官として招致したことも。」
ソフィアの言葉に澱みはなかった。
要するに、ナオに関する事前調査はしっかりと行っていたということである。
「そこまでご存知なら、彼の実績や人間性に疑問を挟む余地などないのではないですか?」
「そんな単純なことではないことくらい、あなたなら理解されているでしょう。」
ソフィアの声音が一段低くなった。
「どういう意味で言っているのですか?」
「あなたはプライベートでも彼と関係を持っているのでは?」
カレンはすっと目を細めた。
ソフィアの指摘は間違いではない。
しかし、暗にギルドマスターである自分に非難を浴びせているのである。
「何か確証は?それと、その意見は私すら共犯である可能性を示唆していると考えていいのかしら?」
カレンとて支部とはいえギルドマスターである。
本部の執行官が相手とはいえ、ここで迎合する気などさらさらなかった。
それほど強い視線ではないが、睨みあいの状況が続く。
ソフィアの目に苛立ちと思える揺らぎがあることをカレンは見逃さなかった。
「他人を疑うのはあなたの職務として当然のことかもしれない。しかし、それを面と向かって本人に伝えるなら、それなりの準備をしてきなさい。」
カレンは『あなたも別件で被疑者とされているのよ』とは言わなかった。
むしろ、論議を交わすならカレンの方が雄弁である。そうでなければギルドマスターになどなれないともいえよう。
「可能性がないとは言えないでしょう?」
それでもソフィアは折れなかった。
そして、体から不要な力を抜いて臨戦態勢でいることを、カレンは気づくことができなかったのである。
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