第72話

町から歩いて四時間ほどの位置に小さな洞窟があった。


徒歩四時間とはいっても冒険者の足でのことだ。


元の世界では徒歩の速度は時速3キロメートルほどだが、こちらの冒険者や傭兵の徒歩速度は驚くほど速かったりする。見かけは普通に歩いているようだが、早足程度の速度で移動していくのだ。


現役時代に似たようなスピードで移動する他国の兵士を見たことがあった。彼らは険しい山岳地帯や高山を主な活動域としており、酸素が希薄な中で消耗が少なく最速で移動する手段として特殊な歩法を身につけていたのだ。


こちらの世界でそれと酷似した歩法を見たときは少し驚いた。しかし、よく良く考えれば、俺が知っている歩法もアンデス山脈で活動する者が編み出したものだと聞いていたので、妙に納得した記憶がある。


こちらでも険しく高い山々を踏破する機会は意外と多い。


特に高位の冒険者ともなると、強大な魔物の討伐のためにそういった地域に出向くことも増えていくのである。また、商圏を広げたり、供給が難しい資材を調達するために広域を動き回る行商人などは、足が武器だといってもいい商売だといえる。


そういった面でこの世界の歩法というものは、ある意味で常識離れした発展を遂げていた。


「ナオさんは歩くのがずいぶんと速いですね。」


「これが冒険者の必須科目だからな。」


そうは言うものの、ディルクとミオはある程度ついてくることができていた。


多少の疲れはあるようだが、体力と独自の歩法を身につけているようだ。


「冒険者の体力は底なしだと聞いてはいましたが、こんな歩き方はどこで習うんですか?」


「多くは先輩冒険者を見て技術を盗むといったところだろう。都市部ならクランなどに入ってそこで学ぶこともあるようだ。」


クランとは、簡単にいえば共通の目的を持った冒険者集団のことをいう。


少人数で形成されたパーティーでは任務の完遂が困難な場合でも、クランという集合体で挑むことにより成功の可能性を高くする。


また、育成においても組織力を活用することによって冒険者の能力を短期間で開花させ、経済的な活動もより大きな展開を見せることができる。


もちろんデメリットがないわけではない。


組織の歯車として使い倒されてしまったり、意を異にした場合でも容易に脱退できなかったりと、後先考えずに加入すると後悔することも多い。


ひどい場合には高額な上納金や会費を請求され、その納付額でランクづけを行うクランもあると聞く。


冒険者ギルドの執行官として悪質なクランの情報収集は怠れないが、多くの場合は厚いベールに包まれて実態が把握できないというのが現状だったりする。


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