冒険者ギルドの特命執行官
琥珀 大和
第一章 the Only Easy Day Was Yesterday
第1話
目的地へと向かう途中で、ひとりの女の子を追いかけ回す馬鹿どもを見つけた。
女の子は16~17歳くらいで成人前だろう。
馬鹿どもは身なりから冒険者らしいと目星をつけた。
都市の内部ではあるが人通りが少なく、田舎から出てきた者が宿泊する安宿やシェアハウスが点在するような場所だ。こういった地域は、ひとつ奥に入ればスラムや犯罪者の隠れ家があったりしてもおかしくはなかった。
女の子が俺の前を通り過ぎた後に、進路を塞ぐ形で仁王立ちする。
先頭の男が俺を見て足をゆるめ、舌打ちしているのがわかった。
誰もいないと思っていたのに、邪魔が入ったと腹立たしさを感じているのだろう。
「うひ···うへへへへ····」
俺は取り出したナイフで突然自分の腕を突き刺した。自分でも気持ちの悪い笑い声をあげ、何度も突き刺して恍惚の表情を浮かべる。
鮮血が飛び散り、鉄のような匂いが周囲に漂う。
刺すところがよく見えるように腕を目線まで上げて、さらにリズミカルに自らの腕を痛めつけていく。
「あ、おい、何してんだよ···あいつ。」
「笑いながら自分の腕を刺してる···」
「いや、そんなことわかってる!ヤベーよあいつ!?」
パニックになったのか、俺のすぐ前まで来ていた奴らは慌てて方向転換し逃げ出して行った。
この街に来たばかりなのに、これは変な噂が流れてしまいそうだ。
「
俺は自分で刺した腕の傷に回復魔法をかけて完治させた。
争うことなく相手を追い払うにはこの手に限るのだが、刺したところが痛まないわけじゃない。しかもヘラヘラ笑いながら自分の体を傷つけるのだから、自傷行為が趣味の頭のおかしい奴だと思われることも多かった。
それでも下手に実力を見せるよりはいいだろう。
対人戦闘もそれなりに経験は積んでいる。そこらの冒険者ではまったく歯が立たないはずだ。
こちらに来て驚いたのだが、戦闘能力以前に身体能力が自分でも呆れるくらい向上していた。
若かりし日の全盛期と同等で、いわゆるチートなものではない。しかし、持久力も含めて大幅に増加していたため、見た目の年齢に相応しいものとなっているのだ。あとはもともと持っていた技能で対処できた。
「あ、あの···」
後ろから躊躇いがちに声をかけてくる者がいる。
ああ、忘れていた。
通り過ぎた後にどこかでこちらの様子を見ていたのかもしれない。何せ、この先は袋小路になっている雰囲気だった。
俺はその子を助けるために凶行まがいのことをしたのである。
振り返ると、ツインテールの女の子が顔を引き攣らせながらこちらを見ていた。
わかっている。
俺の行動を見て恐怖しているのだろう。
街中でゴロツキのような奴らに追われていたその子を助けるために、俺は無意識に行動してしまったのだ。
なんというか、自分の娘と同じ年頃だったので無視はできなかったのだと思う。
「大丈夫?」
「え···あ、はい。ありがとうございました!」
こんな怪しい男の奇行を見ても、丁寧に礼を行ってくるところを見ると悪い子ではないらしい。
「どういたしまして。念のために言っておくけど、争わずに彼らを退けるためにしたことだからね。自分の腕を刺すところを見せて喜ぶ変態じゃないから。」
「···本当ですか?」
「本当だ。」
「良かった。もっと危ない人にからまれたかと思いました。」
うん、それはそう思うだろう。
ただ、そんな簡単に人を信用しない方がいいと思うけどね。本当にヤバいやつは二面性を使い分けるのがうまいのだから。
まあ、そんな説教じみたことを言う必要はないだろう。
くどいオッサンだと思われてしまう。
それで我が子からは煙たがられていたのを思い出して涙が出そうになってきた。
「あ、あの、どうかされましたか?目が赤くなっていますけど···」
「いや、何でもない。目にゴミが入っただけだ。」
俺はそう言ってごまかすことにした。
自分の娘とそれほど変わらない彼女を見て、過去を振り返っていたとは言えなかった。
今の俺は見た目だけでいえば二十代前半である。
中身はともかく、彼女くらいの年の娘がいるなどと言えば疑問視されてしまうだろう。
「大丈夫ですか?」
心配して俺の目をのぞき込む彼女を見て、もう大丈夫そうだなと思った。ゴロツキに囲まれたり、凶行を見せつけられたショックからは立ち直ったようだ。
「君はこの街の人?」
念のために聞いてみた。
見た目的には旅装に見える。
「いえ、今日着いたばかりです。」
「そっか。俺と同じだね。」
十日ほど馬車を乗り継いでこの街にたどり着いた。
初めての街なので目的の場所を教えてもらえればと思ったのだが、どうやら彼女も同じらしい。俺は朝一の馬車で到着し、都市の周囲を見て回っていたので同じ馬車ではなかったのだと思う。
「そうなんですね。あ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ライラと言います。」
「ああ、俺はナオ。一応、冒険者だ。」
「ナオさんですね。冒険者ということは、これからギルドに訪問されるご予定ですか?」
「まずは宿を探してからそうしようと思っていた。もしかして、冒険者ギルドの場所を知っているのかな?」
初めてこの街を訪れたようなことを言っていたが、もしかすると彼女も冒険者ギルドを訪れる予定だったのかもしれない。冒険者には見えないが、依頼者や職員として入職という可能性もあった。
「そうです。この街の冒険者ギルドに着任する予定で、これからそちらに行くつもりでした。」
「そうなんだ。ということは、冒険者ギルドの受付嬢になるのかな。」
「実はそうなんです。」
ああ、なるほど。
冒険者ギルドの受付嬢としてデビューするためには下積みがいる。
必要な知識の習得、一定レベルの読み書き、それに粗暴な冒険者にいざという時に対応できる護身術を学ぶ必要があると聞いたことがあった。
個人差はあるが、受付嬢デビューするためには1~2年くらいの下積みは必要なはずだ。ただ、その資格を得ても空きがなければ受付嬢にはなれない。彼女は他のギルドで実績を積み、受付嬢の枠が多いこの街にやって来たのかもしれない。
護身に関してはどの程度の習熟度かはわからないが、着任する前に冒険者らしき者たちともめるのは今後のことを考えるとあまり得策ではなかった。逃げの一手だったのはそういった事情もあるのかもしれない。
「だったら、先に冒険者ギルドに行こうかな。ライラと一緒に行けば道に迷うこともなさそうだしね。」
先ほどの連中みたいな奴らにまた絡まれたら厄介だしな。それに「着任する」と言っているからには、所在についても俺より詳しいだろう。
「本当ですか?では一緒に行きましょう!」
ライラは明るい表情で俺の手を取り歩き出した。
やはりひとりでは不安だったのだろう。
冒険者ギルドの受付嬢ともなれば、外でちょっかいを出すと冒険者資格の剥奪や衛兵に捕縛されることもありえる。
冒険者ギルドは人々や街の平和を守る役目を担っている部分もあるため、職員は法の下に守られる立場にあるのだ。
しかし、ライラはまだ正式な受付嬢ではなく、顔見知りも少ないのではないだろうか。だから先ほどのように、おのぼりさん目当てに近寄ってくるバカな冒険者に絡まれたのだろう。
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