怪談マニア 祝銀嶺の目録

すいむ

浮世離れした青年

「お久しぶりですわ、お兄様」


 大都会の喫茶店にてテーブル席で本を読んでいた青年に声が掛かる。

 喫茶店で待ち合わせをしていてその相手に話しかけられたのだ。

 その声色は少し高めであるが久々に兄にあった嬉しさで高くなっており、話す内容が異なれば周りの関係ない人間からしたら蠱惑的で、この一言でさえも衆人はこちらを見るだろう。

 さらに声の主は腰まで流れる長い黒髪をサイドをハーフアップにしてそれをお団子に纏め落ち着いた印象を与える、着物が似合いそうな大和撫子然とした美女であった。

 その彼女が身に纏うのはフォーマルなパンツスーツで今日は日差しが強いので上着は脱いで手に持ち、落ち着いたブラウスを身に着けているのが見える。そして目鼻立ちははっきりとしていて化粧はそれなりに、背も高くシンプルなドレスだって着こなせそうな滅多にいない美人である。


「おぉ、来たか。久しぶりだな、依香よすがもそっちに座れ」


 待ち人に兄と呼ばれた青年は読んでいた本を閉じて鞄にしまい妹を見て口を開いた。

 微笑みを浮かべた美女は青年の座るテーブル席まで歩み寄りテーブル正面の椅子に音をほぼ立てずに静かに座った。


「依香も元気にやってるか?」


 照明で茶色味がかった黒髪の兄である青年がテーブル向こうの妹に話しかける。

 美女の実の兄である青年も現実離れした神秘的な美貌を持っていて、声さえも魅力的である事には違いない。

  ダークブラウンのジャケットスーツを着ていたが、その下は文字通り気にも留めてないタイプのカジュアルであるが本人は着こなしている。

 待ち合わせたのは喫茶店であるが、二人がいる場所だけ別の空間であるかのような雰囲気を作り上げていた。

 そして青年は店員を呼び追加のアイスコーヒーとケーキを注文する。


わたくしは楽しく過ごしてましてよ、それよりも……その格好、物凄く暑くありませんこと?」


 座り鞄などを荷物籠に置きながら依香は胡乱気な目を兄に向けた。

 というのも今は七月でここは灼熱の大都会、その中で冷房の中スーツを着ているのは中に着ているものが薄いなら得心が行く。だが青年がスーツの下に身につけているのものは普通の

ニット系の服でスーツ脱いでも外を歩いたら熱中症まっしぐらなアイテムの数々である。

 本来の適切な着用時期は上着として春先のまだ冬の寒さがちらつく時期だろうか、冬であれば今の青年の様な身に着け方をするのだろう。だが今は既に夏に入っている。


「ん、あ……すまん、癖だ」

「これでは不審者か……最悪この世の者なのかすら疑われかねませんわよ」


 冬死んだ人間は夏だろうが死んだ時の冬着のことが多いからであろう。

 別の意味で職質は避けられそうだ、警察どころか怖い人間にも避けられそうだが。


「都会ならまだしも地方行くときは服装には気を付けて下さいまし、生きた人間としてすら見て頂けませんことよ」


 そのうえ暑いコーヒーを飲み、汗一つたりとも掻いていない青年を見て依香は心底呆れながらも注意した。

 妹である依香は青年に熱中症の心配がない事も何故か日に焼けないことも知っている。

 無論青年が大都会より寒い地元において真冬の時に例え全裸になろうとも風邪を引かなければ凍傷にもならない事を把握している。

 部外者に知られたら化け物と呼ばれるだろうそれらを知られない為にも青年は服装にはある程度気を付けないといけないのだ。

 先ほど妹の依香が食べる分のコーヒーセットのコーヒーは先ほど暑い外からやっきてきたばかりの依香の事を考えてか冷たい物を注文している様に周りに気遣いは出来ているのである。

 だが、自分自身の事には微妙にズレているのが問題な事である。


「あぁ、気を付ける。無駄な警戒はされたくないからな」


 依香の忠告を青年は素直に受け取った。

 青年は学者の端くれであり地方などでそこに住む人に話を聞いたりしてお話を収集しているのも仕事の一つだ。

 その為話を訊くときに口を利いてもらえなければ話にならないからである。

 青年はジャケットとニットを脱いだがまだ厚手の長袖シャツを着ていた。

 依香にはまだ見た目の暑さを感じたが、取り敢えず袖を捲る様に言ってその話題を無理矢理終わらせた。


「私は政理まつり家の仕事は減らしましたが、やることを広げたので忙しさが増しましたわね」

「僕は相変わらずの仕事量だが、依香も体には気を付けてくれ」


 座った依香と呼ばれた美女は口を開き兄である青年に答えると、青年は彼女から目を逸らしながら言った。


「まぁ、そうですわね、選んだのは私ですが、様々な場所に赴いたり、様々な目に遭ったりしていますわ」

「なんと言うべきか、楽しそうで何よりだ」


 イキイキとした依香の発言に青年は言葉に詰まる。


「あら、お兄様だって友人の塚森先生の発掘現場に顔出して厄介事に巻き込まれてるではありませんの」

「それは……そうだな、ん?あれ何で依香が知ってるんだ?」


 妹の発言に詰まった直後に疑問が生じ咄嗟に訊ねる。


「それは考古学のゼミの所に私の息の掛かった人が居るからでしてよ」

「なるほど良くわかった」

「銀嶺先生がまた割りを食ってて面白い事になってるとお話して下さいましたわ」


 妹にしれっと返事をされ青年は真顔になり額に手を当てる、その後苦渋の面に変わった。

 先生と呼ばれた通りこの青年は大学の非常勤講師で民俗学の講義を持つ地方一の神社の跡取りこと祝銀嶺ほうりぎんれいである。

 大学同期の友人でもある考古学の塚森専任講師に会いに行くといつもヤバい怪異連れて来る。それを必死に追い払う羽目になるので渋い顔となる。

 学生をお金等で釣ったなと銀嶺は得心が行った。


「別に私も考古学の活動内容そのものより、学内の学生の力関係とか、講師や教授陣の派閥について調べる為に釣った娘でしてよ」


 偶々釣れた娘が考古学のゼミの娘でしてよ、と依香は言った。


「依香が何でそんな物を調べてるんだ……?」

「お兄様達が無頓着すぎるからですわ。あの大学は御父様が学生の頃引っ掻き回して力関係が再編成されましたの。その後も御父様を祀り上げる派閥と敵対する派閥に別れた上に、御父様が御家騒動で大都会から完全に去った際、御父様の呪詛返し嫌がらせで何人かお隠れになってしまわれたようですしね。それでお兄様が入学した事でまた荒れ出しましたわ」

「…………あぁ、わかっているよ。でも他の大学行ってもその学部は荒れるのはわかってたし、条件や環境が一番良かったのはそこだったんだよ」


 依香を胡乱気な顔で最初話を聞いていた銀嶺だが、しだいに両手で顔を覆い天井を見た。


「そうだな……とは言え僕は上の動向自体は全く見てない訳では無いぞ」

「えぇ、塚森さんが考古学以外に対して無頓着過ぎるのが発端ですし、難なら私からのスパイを容認していましてよ」

「……そうか、そうなのか、ならそれ以上はもう特には言わないぞ」

「えぇ、まことにしっかりとした娘で、お金では中々釣れなくてそれよりも安い薄い本で釣れましたわ」

「……もう言わないからな」


 銀嶺は具体的に誰が妹の手下スパイなのか知りたくないので無理矢理話を切ったのだった。

 

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