クローズドベータの悪役令嬢~悪役令嬢を演じてたのに、正ヒロインが女装男子でした~

宰田

01 悪役令嬢、せまられる。

【クラウディアSide】


 転生に気付いた時、私は決意した。

 この「大好きな作品」を、ハッピーエンドに導くと――。


 ☨    ☨    ☨


 私が乙女ゲーム『薄明のギムナジウム』の悪役令嬢、クラウディア=キルケに転生してから、はや十年。

 ようやく今日から、本編が始まる。


 舞台となるのは、トワイライト魔法学園。

 世界でもトップクラスの魔法士候補だけが入学を許される、全寮制で格式高い名門校だ。


 私がこの学園の高等科に進学した日。平民だったニーナもひょんなことから転入してくる。


 そんな大事な本編1日目――入学式イベントの後。私はなぜか、対立すべき主人公ニーナに呼び出された。


 しかも呼び出し先は、校舎裏。

 ……本編外で、タイマンでも張るイベントとかあるのだろうか。裏設定?

 たしかにバトル要素のある乙女ゲームだったけれど……。


 とにかく、なにがあっても受けて立つ。売られた喧嘩は買う。

 それが私――クラウディア=キルケだ。

 私は彼女に立ちはだかる壁。戦うならギッタギタのメッタメタにするのが私の役目なのだから。


 いつでも杖を取り出せるようにし、ニーナを睨みつけながら彼女に近づいた。


「この私を呼び出すとは、常識知らずにもほどがあってよ!」

「そう言いながらも、来てくださったこと、お礼申し上げます」


 ニーナは嫌味をスルーし、満面の笑みを浮かべた。


 サラサラと風になびく、ニーナの長くて艶やかな黒髪。光によって青にも赤にも紫にも見える水晶のような瞳。それらを引き立てる白い肌。


 やっぱり……主人公なだけあって……可愛いなぁ。

 ……………………………………おっと、マズい。見とれていた。


 私はクラウディア=キルケ。悪役令嬢。主人公をこれでもかと貶めるのが私の役目だ。

 高圧的に見えるよう、私は自分の金髪を見せつけるように手で払った。もちろんその後、への字口と腕組みも忘れない。この十年でずいぶんと様になるようになったものだ。


「ふん。まさか、屋敷のメイドだったあなたが学園に入るなんてね」

「はい、夢みたいです!」


 そう言って、ニーナは――ぽっと頬を赤らめた。


「実は私――クラウディアさまをお慕いしています」


 ん?

 ……どうやら、私は緊張しているらしい。おかしな幻聴が聞こえた気がする。


「……もう一度、言ってくださる?」

「はい、クラウディアさま。私は貴女をお慕いしているのです」


 おさらいしよう。

 私、クラウディア=キルケ。見た目は十五歳。中身は【ピー】歳。

 乙女ゲームの悪役令嬢。


 いびり続けていた正ヒロインに――告白、されました……???


 頭が追い付かず、何度でも聞き返してしまう。


「え、えっと、あの?」

「なんでもお伝えしますよ。クラウディアさまのことが好きです。十年前のお屋敷で名前を呼んでくださったとき、私は世界に自分の居場所ができたと思いました」

「そう。えっと……好きって、それは……失礼ですが、ライクじゃなくてラブ?」

「ラブのほうです」

「ええ?」


 おかしいな。

 私が転生したのは、乙女ゲームじゃなくて、百合ゲームの世界だっけ?

 頭が真っ白になってきた。

 しかしお構いなしにニーナは話し続ける。


「奉公先のお屋敷でクラウディアさまに出会った時、運命だと思いました」

「え、と」

「奥様が私をぶった日から、クラウディアさまも同じようにされましたよね。ですが手加減されていたのに気付いて、一層好きになりました」

「……えっと」

「それに、クラウディアさまが作られた毒入りのお菓子も大好きです。解毒すればとっても美味しいので」

「え、え?」

「こ、混乱させてしまってすみません。ちなみに私たち、魔法界での婚約もできるんですよ。は、男なので」

「え、ええ?」


 混乱が、混乱を呼んでいる。


透過せよウェプナルータ……ほらこの通り、実は私、女装男子だったんですよ」


 透過魔法で消された、ニーナのシャツ。現れた彼女の肉体――いや、彼の肉体は細マッチョだった。

 どう見たって、ヒロインの体つきではないだろう、これは。ヒロインがシックスパックとかおかしいよ。


 改めて目の前の情報を整理しよう。

 ニーナの顔は中性的でとびきり整っている。さらさらな黒髪ロングが似合っていて。

 それで――シックスパックとか、どういうことなのか説明してほしい開発者~。


 ――夢?

 ――夢だよ、ね?


 ――乙女ゲームの主人公が男とか。

 ――どういう、こと?


「私、クラウディアさまに追いつこうと思って、色々頑張ったんです。魔法も一通り使えるようになりましたよ」


 焦る私を華麗にスルーし、ニーナは杖を振る。なんと無詠唱で全二十二の属性の魔法を見せてくれた。しかも校舎に傷が付かないように、結界魔法を張りながら。


「えっと……その……かなり高度だと思うわ……」

「そうですか? ありがとうございます!」


 マズい、口から本音が漏れ出ていたらしい。私は慌てて鼻を鳴らした。もう一回髪を払う。


「ふ、ふん! いい気にならないでちょうだい。それにその体も幻術か何かでしょう。私に取り入ろうとしても無駄よ」

「と、取り入ろうだなんて……」


 ニーナは震えている。なんだ、図星だったのか。

 びっくりした。本編外でこんな戦略で来られたら、いくら心臓があっても足りない。

 私が胸をなでおろしたときだった。


 ニーナは瞬間移動のように、私の前に移動してきた。

 やけに熱っぽい目でこちらを見つめ、気付けば私の顎を持ち上げている。


 ――え、ナニソレ。


 そういうの、ニーナと攻略キャラクターのスチルであるやつじゃないの?

 なんで私と?

 バグ?


 目線を上げると、ニーナの長いまつ毛がハッキリ見えた。やっぱり綺麗な顔だ。しかもふわりと、花のような甘い匂いがした。背徳的過ぎてクラクラする。


「クラウディアさまに取り入ろうなんて……そんな姑息な愛ではありません。私――いいえ、僕は、クラウディアさまを手に入れたい。貴女だけを見て、貴女にだけ見つめられ、二人だけで愛し愛されたいのです」

「え……」


 今、とんでもないヤンデレ発言が聞こえたような? 背中に冷や汗が流れるのを感じながら、私は唇を引き結んだ。


「ば、馬鹿なこと言わないで。私はクラウディア=キルケ。名家出身の私が、平民上がりのあなたとつりあうとでも?」

「はい。ですからこうして、魔法も勉学も全力で頑張ってきました。これからも追いつけるよう頑張りますので、よろしくお願いします、クラウディアさま!」


 なんか語尾に、ハートマークが見えた気がした。




 拝啓、乙女ゲーム『薄明のギムナジウム』の開発者様。

 私こと悪役令嬢クラウディアは――




「どういうことよーーーーーーーーーーーーーーーーっ⁉」




 怒涛の展開により、キャラ崩壊しました。


 あまりの怒涛の展開に、限界がきたのか。私は目の前が真っ暗になるのを感じた。





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