第29話 モフモフ三人組、姫君を労う。

『砂時計さん、ありがとうですねえ』

 長いとも言える五分が過ぎた。

 ネエネエは、砂時計を魔羊毛に戻す。


 そして、いま一度清潔な布で王女の双眸そうぼうや尖った鼻などをきれいにしてから、王女に念話で語りかけた。

『五分が経ちましたですねえ。姫様、よく頑張りましたですねえ。たいへんごりっぱでしたねえ。疲れましたでしょうから、人型でも、小さい竜さんでも、どちらにでも楽なほうになるといいですねえ。ごろりんをするならどうぞここに、ですねえ』

 ネエネエが魔羊毛から取り出したのは、魔絹で編まれた大きな敷布である。

 人型や小型の竜の姿の王女であればじゅうぶんに横になれる大きさで、しかもかなりの質の品である。

 そして、編まれた紋は、高度な術式。体力のみならず、魔力回復にも効果的なことは、その価値が分かるものには一目瞭然である。


『魔絹が主産業であります国の最高級品でございますね……。お気遣い、誠にありがとうございます。そして、ありがたきお言葉も頂きまして、感激にございます。皆様がおそばにいらしてくださいましたので、心が安らかになりましてございます』

 念話を返しながらも、既に、王女の竜角は耳の形へと、変化を始めている。

 御使いであるネエネエがよく、と伝えたことは記録された。

 このあとは、王女がより落ち着ける姿へと戻るのがよいだろう。


『遠慮しなくてもいいですねえ。魔女様はこういうのはたくさんたくさんお持ちなので、ネエネエにも頂きましたものですねえ。そうでした、姫様、転移の魔法陣を一枚頂いてもいいですかねえ』

『畏まりました』

 人型になり、赤い騎士服姿に戻った王女は騎士服の隠しから魔法陣を取り出し、ネエネエに手渡した。

『ありがとうですねえ。あとはすべて、ネエネエたちにお任せですねえ』

 ネエネエは転移の魔法陣を確認し、魔羊毛から魔紙と鉛の筆を取り出す。

 そして、さらさらと新しい魔法陣を描き、それをまた魔羊毛のなかにむぎゅむぎゅと収めていく。

『姫様の魔力から姫様のお部屋を探りましたですねえ。新しい魔法陣、完成ですねえ。それでは、ガウガウ、ピイピイ。姫様を休ませてあげたいですねえ。よろしくですねえ』

 ネエネエは王女から譲り受けた魔法陣をガウガウに手渡す。

『ネエネエの様々な配慮、このガウガウ、理解をいたした』

『ピイピイもにございます。お任せあれ』

 モフモフな二人は、親友ネエネエの意を正確に受け止める。


 まず、姫君の魔法陣を受け取ったガウガウがこう言った。

「宮中医師殿、宮中騎士殿。お二人は、報告などに向かわれるといい。これは、我らが王女殿下から頂いたもの。この転移の魔法陣は三人を運べるものであるから、宮中医師殿なら使いこなせよう。御身と貴国の記録用の水晶は、御使いたる我らが丁重にお送りするゆえ」

 ガウガウは、ここでネエネエから託された魔法陣を宮中医師に渡した。


 モフモフ三人組の水晶は、まだ浮遊をしている。美しい表面は、きらきらと輝いていた。


 宮中医師と宮中騎士の魔力を合わせて二人が協力をして転移陣で戻ることは難しくはないとガウガウは判断していた。

 そして、御使い様方の意を察した二人は、すぐに丁重な礼で応えた。

 まずは大事だいじをなされた王女殿下、姫様にお休み頂きたい。それは彼らの本心である。


「王女殿下をよろしくお願い申し上げます。此度の皆様のご尽力、そして、王女殿下のご勇姿。国王にも必ず申し伝えます」

「皆様方におかれましては誠にありがとうございます。ひ……王女殿下、どうぞごゆっくりとお戻りくださいませ。宮中医師殿、よろしくお願い申し上げます」

「はい、もちろんです。陛下にご報告申し上げますまでは、人族の姿でお願いいたします」

「了解いたしました」

「それでは、失礼をいたします」

 宮中医師斑雪と宮中騎士は王女が作成をした転移陣で戻っていった。

 行き先は、恐らく国王の私室であろう。


『姫君、どうぞおやすみなさいませ。お起きになられましたら貴女のお部屋でございます』

 二人の転移を見届けると、ピイピイが心地よく、そして体力と魔力を自然回復するための眠りの魔法を王女に授けた。

 心地よい、ピイピイの歌のような声。王女は即座に眠りに落ちた。


『お手紙は書けましたから、ガウガウ、見てくださいですねえ。大丈夫ならピイピイ、紙の鳥さんをお願いしますですねえ』

『うむ、まずは姫君を。安心してピイピイの魔法を受けてくれた姫君の我らへの信頼を守らねばな』

 王女の体をきちんと肉球で受け止めたガウガウは、敷布へと姫君を優しく寝かせる。

 そして、静かに微笑む。


『ですねえ。姫様、敷布に巻き巻き、移動中もネエネエのモフモフで安心ですからねえ!』

 ネエネエは人型に戻った王女を抱きかかえ、転移陣で移動をしようとしていた。


 王国の記録用水晶は、既に魔羊毛の中にある。

『ネエネエ、短い間に美しい文。さすがであるな。敷布は王妃も遠慮なさるかも知れぬが、そこは御使いたる我らが姫君の健闘に敬意を示したゆえに、としているのも素晴らしい。では、ピイピイ、頼む』

『はい、ネエネエ、ガウガウ。魔紙の文よ、鳥となりて、この国の王妃殿のもとに』


 ふだんよりも素早く、ピイピイが魔紙を魔鳥へと変化させ、空に飛ばす。

 ネエネエが王女の私室に転移をする前に間に合うかは微妙であるが、ネエネエであれば仮に私室に賊などがいたとしても、王女の静かな眠りは守られることだろう。


 王妃として、母として。

 獣人王国王妃、茅花つばな。御使いの名のもとに愛娘の無事を早く伝えてやりたいという三人組の気持ちからである。


 王女の真の竜化。人族による呪いの発動。

 その様子は、獣人王国王家所有の記録用水晶にも、山の魔女様から預かりしモフモフ三人組の映像と音声の記録が可能な巨大水晶にも、それぞれきちんと記録ができている。

 しかも、内々で山の魔女様には水晶を通じてほぼすべてをご覧頂いているのである。今もそれは続いていた。


『ガウガウ、ピイピイ。初代女王陛下の碑さんにうかがいましたら、ネエネエからもよろしくなのですねえ。二人なら、ネエネエが気にしたこと、きっとすぐに分かりますですねえ。あと、山の魔女様とのお話、先に始めてくれても構いませんからねえ。籠さんも、よろしくですねえ。では、ガウガウ、ピイピイ、山の魔女様、行ってまいりますですねえ』

『ネエネエ、どうぞいってらっしゃい』

『委細承知。籠のことも任せられよ』 


『初代国王陛下の碑には、姫君とネエネエのことをご報告をしておきますからね』

 浮かぶ巨大な水晶の中からは、山の魔女様のお声が返ってきた。

 そのお声にうなずいたネエネエは、きりりとモフモフな表情になった。

「お願いしますですねえ。では、よっこらモフモフ!」

 片方の羊蹄には敷布で包まれた王女の体を丁寧にモフモフと抱きしめ、もう片方には魔法陣を。


「いきますですねえ!」

 叫ぶネエネエ。

 魔法陣は舞い、ネエネエと王女の姿が一瞬、きらめく。


 そして、ネエネエと王女は無事に、転移をしたのだった。



※隠し……ポケット。








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