第27話 モフモフ三人組、姫君の真の竜姿を見る。(1)

 モフモフ三人組は、氷の邸宅の広い庭で姫君たちを待っていた。

 三人組は揃いの巻布衣かんぷいを身に着け、ガウガウが肉球で巨大な水晶を抱えている。

 巻布衣の布は高級な魔麻。色はもちろん黒・白・青。三人組の色である。


「おはようございます、皆様方。斯様に着地ができましたこと、お心遣いを誠にありがとうございます。今日のお召し物も素晴らしくあらせられますね」

「おはようですねえ。今日は騎士服なのですねえ。王様と王妃様とお揃いですねえ。お似合いですねえ! 姫様の魔力の気配が残っていましたから、魔法陣の展開予想点の芝さんたちに魔法をかけておきましたですねえ。魔力温存のために魔石を持ってきたですかねえ。準備万端ですねえ。使わずに済むくらいに三人でお助けとモフモフ応援をしますから、安心してなのですねえ」


 姫君、深緋こきひは人型で三人組のところに現れた。

 約束の時間の五分ほど前である。


 転移陣での到着場所はネエネエの予想のとおりであった。

 姿は見せぬが存在はするはずの緑と土の精霊たちに願い、魔法で整えた到着場所だ。

 緑豊かな芝と、その下の柔らかな土。それらは、ふだん姫君が単独で碑に参るときよりも遥かに優しく出迎えてくれていた。そのため、三人での転移であるのに、最も魔力が高い姫君の負担が限りなく低い転移となったのだ。

 真の竜姿となるために必要な魔力が欠如したときに、と持参をした魔石も使わずにすみそうなほどである。

 これらみなが御使い様方のお心遣いによるものと、姫君たちからは深い感謝の念がうかがえた。


「誠にありがとうございます。皆様に真の竜の姿をご覧頂きますために、王族の騎士服にて参りましてございます。初代女王陛下が人型にて身に着けられました騎士服と同じく、人型から竜になりましても体型に沿いますものにございます」

 王族のみが着用する、濃い赤の騎士服。姫君の美しくそしてしなやかな姿にはたいへんに似合っている。


「よきお心と存じます。皆さん、おはようございます」

『そちらは……おや、あちらは商業街でお会いした方ですね。人型の獣人騎士殿でしたか。姫のお立場を示さんとする方を抑えた方でした』 

「おはよう。よい朝であるな」

『あの面々はやはり騎士であったのだな。そこまでの記憶。さすがはピイピイであるな』 

『ですねえ!』


「偉大なる魔女様方の御使い様方……その節は……いえ、お初にお目にかかります、宮中騎士、王族警護隊の一人にございます。人族といたしまして姫君のご病状をお示しするために参りました」

「皆様、おはようございます。本日の立ち会い並びに公式記録記録者となりました宮中医師にして宮中薬師代理、斑雪はだれにございます。どうぞ、宮中医師とお呼びください」

 下位のものからということであろう、獣人騎士から先に挨拶があった。

 若く溌剌はつらつとした人型の猿の獣人騎士のようだ。

 初対面ではないこと、商業街で出会ったあのモフモフ三人組が御使い様であられた、などを飲み込み、丁重な挨拶をしているこの獣人騎士は優秀なのだな、と三人組は考えた。

 ピイピイが言うように、あの場で姫君の地位などを呼ぼうとしたものを諫めた点も評価できる。

 だが、人族と言うのはなぜだろうかという疑問が生じた。

 猿の耳、そして、手。

 どこから見ても、人族に近い人型の猿の獣人である。


「猿の獣人騎士殿とお見受けいたしますが」

 ピイピイがその疑問について聞くと、獣人騎士はにこやかに答える。

「はい、自分は先祖に猿の獣人がおりまして。人型に変化ができます人族なのでございます。警護というよりも、皆様に王女殿下の呪いをお見せするための随伴ずいはんにございます」

「ありがとう、よく分かりました。それでは、宮中医師殿とともに待機を。騎士殿が人族に戻られる機は、こちらから申します。姫君も、それでよろしいかな」

 ガウガウの言葉に、姫君は「御使い様方の仰せのままに」と礼をする。

『なるほど、人族』

『山の魔女様、そういうことでございましたか』

『ですねえ』

 三人組も、これには深く納得をした。


「それでは、まず、皆で初代女王陛下の碑に、礼をいたしましょうですねえ」

『あ、ですねえ』


「此度の様子を初代女王陛下にもお見守り頂けますように」

 ネエネエとピイピイの声かけに、全員が碑に向かい、皆で深々と一礼をする。

「うむ。それでは、姫君は二人と離れ、竜化の可能な位置に。本日の大きさはいかほどかな?」

「この庭の半分ほどでございます。式典での大きさよりはやや大きくいたしたいのですが」

「うむ。同じよりもむしろその方が。花の束はこちらが預かっておるので、我らが進行をしてもよろしいかな」

「もちろんにございます」


 姫君が礼をしたのを受け、ガウガウは何かに気付いたらしいネエネエに念話で確認をする。

『場を進めてもよいだろうか?』 

 ネエネエも、念話で答えた。

『はいですねえ。今は大丈夫なのですねえ』

 ピイピイは、ネエネエにこう伝える。

『それでは、続けましょう。説明をお願いいたします』

『はいですねえ』


「こちらの籠ですねえ。涙さんたちが出てしまいましたら、遠慮せずにこちらでどんどん拭くですねえ。拭いたら、からのほうにぽいぽい入れてくれたらよいのですねえ」

 ネエネエが示したのは、蔓で編まれた羊蹄編みの大きな籠二つである。


 一つには、適切な大きさに切られた清潔な布がたくさん。

 もう一つは、空。

 姫君が涙や色々に困ったときにとネエネエが昨晩編み、切断したものたちである。

 籠も布も、ネエネエが森から持参した蔓や布であり、魔羊毛に収納されていたもしもの時用の品である。


「なんと手厚きこと……ありがとうございます」

 頭を下げようとするのを、ガウガウが片方の肉球で止める。


「そして、こちらの水晶にて魔女様に姫君のご様子をご確認頂く。よろしいな」

「はい、よろしくお願い申し上げます」

 実は、既に山の魔女様はこちらの様子をご覧になっていた。

 山の魔女様はこちらに悟らせることもなく音と像を確認しておられるのだ。

 もちろん、モフモフ三人組はそれを熟知している。

 確認頂くことは事実。ただそれを本日からか、後日かということを明確にしてはいない。つまり、偽りではない。

 だからこそ、水晶は映像と音声を映し、記録をすることが可能なのであった。


『どうぞよろしくお願い申し上げます、山の魔女様。騎士のことも、誠にありがとうございました』

『お願い申し上げます』

『ですねえ』

『王宮がよい人材を用意してくれました。こちらこそ、よろしくお願いしますね。もちろん森と雪原の魔女にもすぐにこちらを伝えますよ』

『ありがとうございます』

『よろしくお願い申し上げます』

『ですねえ』


「どうかいたしましたでしょうか、御使い様方」

 姫君は、三人組と山の魔女様との念話での語らいを、御使い様方に何か失礼をしてしまったのではと考えたようだ。


 それに対して、ガウガウは穏やかな表情で伝えた。

「大丈夫です。姫君はこれからに集中なされよ」

「よろしければ、こちらに。ああ、その前に」

 ピイピイが、数節ではあるが、美しい声で歌う。

 心地よい、安らぎを呼ぶ声である。


「誠にありがとうございます。ありがたき御歌を頂戴いたしました。これにて真の竜姿になるべく精進を申し上げます。宮中騎士よ、そちらに。そして、宮中医師兼宮中薬師代理殿は、映像記録の準備をなさい」

「畏まりました」

「どうかお気をつけて」


 宮中医師斑雪は、手荷物の風呂敷包みをほどき、手のひらにのるくらいの大きさの水晶を手にした。

 記録用の映像水晶。この大きさでも国の宝とされるほどだ。

 つまり、その数倍以上の大きさであるガウガウが持つ映像と通信の記録水晶の価値たるや。それは想像もつかない。


「失礼をいたします」

 付き添いの二人から離れ、王女は魔力を集中させる。

「初代女王陛下、そして、偉大なる魔女様方の御使い様方。獣人王国王女、深緋こきひの真の竜姿にございます」

 小部屋での三人組への最初の挨拶のときと同じく、王女と名乗る深緋。

 このようなとき、王国では初代女王陛下をあらわす王女を称するのだなと三人組は得心がいった。

 きっと、花の国を迎えたときも、王女深緋であったのだろう。


 その間にも、人型の両手、両足。それぞれに魔力が満ちていく。

 踏みしめた両足の下に置かれたる芝と土たち。それらは、ネエネエの魔力で保護されていたので無事であった。 

 むしろ、竜化を応援しているかのようである。


 少しずつ、動きが見られた。


 まず、最初に変化をしたのは、人型の姿では確かであった、両の耳。

 それが消失し、しぜんと両の竜角へと転じていく。

 そのあとは、両手。

 両手の腕の鱗がぱりりと硬化し、あっという間に全身に広がる。

 その両手の爪は鋭利になり、両の手が、そのまま二本の前足となる。

 体は数倍、いや、数十倍か。

 小さな山と言われたらそう信じられるほどの大きさである。

 その体躯を守るべく、赤い騎士服は広がり、全身をきちんと包む外套へと変わっていった。

 芝を踏む足は、四本。

 筋肉の隆起もまた、美しい。

 竜の顔には気品と、迫力が。

 国境で穴熊の獣人騎士が言ったのは、これであったのかも知れぬ。ガウガウがそう思うほどに、素晴らしい。


 そして、目と、全身の鱗は、赤い。

 そう。

 弾けるように鮮やかな、深い、深い赤。

 

 まさに、深緋こきひという名にふさわしい、深き緋色である。



※巻布衣……一枚の布を巻き付けて衣とする着方です。三人組の場合は魔麻布と自身の魔力で剥がれず、乱れず、防御力も魔法防御力高く、という高級な魔法衣服よりも上等な服として着用しております。


※随伴……(ここでの意味は)立場の上の人のお供をすることです。

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