第27話 モフモフ三人組、姫君の真の竜姿を見る。(2)

 ネエネエ、ガウガウ、ピイピイのモフモフ三人組は氷の邸宅の広い庭で、姫君たちを待っていた。

『そうであった。我らは姫と呼ぶのも問題ないが、公の場では王女殿下とお呼びするべきなのであるな』

『確かにそうですね。では、わたしたちはどちらでもよい、ということにさせて頂きましょう』

『ですねえ!』

 あの密談用の小部屋や王妃との手紙では姫君であるが、公式の場では王女殿下である。  

 だが、御使い様たる三人組は姫、姫君、お姫様、王女、王女殿下などと自由に呼ばせてもらうことにしたのだった。


 本日の三人組は、三人で揃いの巻布衣かんぷいを身に着け、ガウガウは肉球で巨大な水晶を抱えている。

 巻布衣の布は高級な魔麻で、色はもちろん黒・白・青。三人組の色である。


「おはようございます、皆様方。そして、このように着地ができましたこと、御使い様のお心遣いでございますね。誠にありがとうございます。今日のお召し物も素敵ですね」

「おはようですねえ。姫様も今日は騎士服なのですねえ。王様と王妃様とお揃いですねえ。お似合いですねえ! 姫様の魔力の気配が残っていましたから、魔法陣の展開予想点の芝さんたちに魔法をかけておきましたですねえ。魔力温存のために魔石を持ってきたですかねえ。大丈夫ですねえ。帰りの魔法陣の展開もきっと楽ちんですねえ」


 獣人王国の姫君、王女殿下たる深緋こきひは、人型の姿で三人組のところに現れた。

 本日の到着は、約束の時間の五分ほど前である。


 王女たちの転移陣での到着場所はネエネエの予想のとおりであった。

 あらかじめ、姿は見せぬが確かに存在するはずの緑と土の精霊たちに願い、魔法で整えた到着場所。

 緑豊かな芝と、その下の柔らかな土。

 それらは、ふだん王女が初代女王陛下の碑のもとに単独で参るときよりも遥かに優しく、王女を出迎えていた。

 王女、宮中医師、そして護衛。三人での転移であるというのに、最も魔力が高い王女の負担が限りなく低い転移であった。

 真の竜姿となるために必要な魔力が欠如したときのために持参をした魔石も使わずにすみそうなほどである。

 これはまさしく御使い様方のお心遣いによるものと、王女たちからの深い感謝の念がうかがえた。


「誠にありがとうございます。皆様に真の竜の姿をご覧頂きますために、王族の騎士服にて参りましてございます。初代女王陛下が人型にて身に着けられました騎士服と同じく、人型から竜になりましても体型に沿いますものにございます」

 王族のみが着用する、濃い赤の騎士服。王女の若々しく美しい姿にはたいへんに似合っている。


「よきお心と存じます。皆さん、おはようございます」

『そちらは……おや、あちらは商業街でお会いした方ですね。人型の獣人騎士殿でしたか。姫のお立場を示さんとする方を抑えた方でした』 

「おはよう。よい朝であるな」

『ほう、あの面々はやはり騎士であったのか。それにしても、そこまでとは。さすがはピイピイであるな』 

『ですねえ』


「偉大なる魔女様方の御使い様方……その節はたいへんに……いえ、お初にお目にかかりまする、宮中騎士、王族警護隊の一人にございます。人族といたしまして王女殿下のご病状をお示しするために参りましてございます」

「皆様、おはようございます。本日の立ち会い並びに公式記録記録者となりました宮中医師にしまして宮中薬師代理、斑雪はだれにございます」

 下位のものからということで、獣人騎士から先に挨拶があった。若く溌剌とした人型の猿の獣人騎士である。

 初対面ではないこと、商業街で出会ったあのモフモフ三人組が御使い様であられた、などを飲み込み、丁重な挨拶をしているこの情報騎士は優秀なのだろう、と三人組は考えた。

 ピイピイが言うように、あの場で王女殿下の地位や名を呼ぼうとしたものを諫めた点も評価できよう。

 だが、人族と言うのはなぜだろうかという疑問が生じた。

 猿の耳、そして、手。どこから見ても、人族に近い人型の猿の獣人である。


「猿の獣人騎士殿とお見受けいたしますが」

 ピイピイがその疑問について聞くと、獣人騎士はにこやかに答える。

「はい、自分は人族でございますが、先祖に猿の獣人がおりまして。人型に変化ができます人族なのでございます。警護というよりも、皆様に王女殿下の呪いをお見せするための随伴ずいはんにございます」

「よく分かりました。それでは、宮中医師殿とともに待機を。騎士殿が人族に戻られる機は、こちらから申します。王女殿下、それでよろしいかな」

 ガウガウの言葉に、王女は「御使い様方の仰せのままに」と礼をする。


「それでは、まず、皆で初代女王陛下の碑に、礼をいたしましょうですねえ」

『……あ、ですねえ』


「此度の様子を初代女王陛下にもお見守り頂けますように」

 ネエネエとピイピイの声かけに、全員が碑に向かい、皆で深々と一礼をする。

「うむ。それでは、王女殿下は二人と離れ、竜化の可能な位置に。本日の大きさはいかほどか?」

「はい、この庭の半分ほどでございます。式典での大きさよりはやや大きくいたしたいのですが」

「うむ。同じよりもむしろその方が。花の束はこちらが預かっておるので、我らの機でよろしいかな」

「もちろんにございます」


 王女が礼をしたので、ガウガウはネエネエに念話でこう聞いておいた。

『ネエネエ、何かを見付けたようだが。進めてもよいか?』 

 ネエネエも念話で答える。

『大丈夫ですねえ。こちらが終わりましてからで平気ですねえ』

 ピイピイは二人の念話を確認する。そのあとで、ネエネエにこう伝えた。

『分かりました。続けましょう。ネエネエ、説明をお願いいたします』

『はいですねえ』


「あとは、こちらの籠ですねえ。涙さんたちが出てしまいましたら、遠慮せずにこちらでどんどん拭くですねえ。拭いたら、空のほうにぽいぽい入れてくれたらよいのですねえ」

 ネエネエが示したのは、蔓で編まれた手編みの大きな籠が二つである。


 一つには、適切な大きさに切られた清潔な布がたくさん。

 もう一つは、空。

 王女が涙や色々に困ったときにとネエネエが昨晩編み、切断したものたちである。籠も布も、ネエネエが森から持参した蔓や布であり、魔羊毛に収納されていたもしもの時用の品である。


「このような……ありがとうございます」

 王女がまた頭を下げようとするのを、ガウガウが片方の肉球で止める。


「そして、こちらの水晶にて魔女様に姫君のご様子をご確認頂く。よろしいな」

「はい、よろしくお願い申し上げます」

 実は、既に山の魔女様はこちらの様子をご覧になっていた。

 山の魔女様はこちらに悟らせることもなく音と像を確認しておられるのだ。

 もちろん、モフモフ三人組はそれを熟知している。

 確認頂くことは事実。ただそれを本日からか、後日かということを明確にしてはいない。つまり、偽りではない。

 だからこそ、水晶は映像と音声を映し、記録をすることが可能なのであった。


『どうぞよろしくお願い申し上げます、山の魔女様』

『お願い申し上げます』『ですねえ』

『ええ、もちろん森と雪原の魔女にもすぐにこちらを伝えますからね』

『ありがとうございます』『よろしくお願い申し上げます』『ですねえ』


「どうかいたしましたでしょうか、御使い様方」

 王女は、三人組と山の魔女様との念話での語らいを、御使い様方に何か失礼をしてしまったのではと考えたようだ。


 それに対して、ガウガウは穏やかな表情で伝えた。

「大丈夫です。姫君はこれからに集中なさい」

「よろしければ、こちらに。ああ、その前に」

 ピイピイが、数節ではあるが、美しい声で歌う。

 心地よい、安らぎを呼ぶ声である。


「誠にありがとうございます。ありがたき御歌を頂戴いたしました。これにて真の竜姿になるべく精進を申し上げます。宮中騎士よ、そちらに。そして、宮中医師兼宮中薬師代理殿は、映像記録の準備をなさい」

「畏まりました」

「どうかお気をつけて」


 宮中医師斑雪は、手荷物の風呂敷包みをほどき、手のひらにのるくらいの大きさの水晶を手にした。

 記録用の映像水晶。この大きさでも国の宝とされるほどだ。

 つまり、その数倍以上の大きさであるガウガウが持つ映像と通信の記録水晶の価値たるや。それは想像もつかない。


「失礼をいたします」

 付き添いの二人から離れ、王女は魔力を集中させる。

「初代女王陛下、そして、偉大なる魔女様方の御使い様方。獣人王国王女、深緋の真の竜姿にございます」


 人型の両手、両足。それぞれに魔力が満ちていく。

 踏みしめた両足の下に置かれたる芝と土たち。それらは、ネエネエの魔力で保護されていたので無事であった。むしろ、王女の竜化を応援しているかのようである。


 すると、王女の姿に変化が見られた。


 まず、最初に変化をしたのは、人型の姿では確かであった、両の耳。

 それが消失し、しぜんと両の竜角へと転じていく。

 そのあとは、両手。

 両手の腕の鱗がぱりりと硬化し、あっという間に全身に広がる。

 その両手の爪は鋭利になり、両の手が、そのまま二本の前足となる。

 体は数倍、いや、数十倍か。

 小さな山と言われたらそう信じられるほどの大きさである。

 その体躯を守るべく、赤い騎士服は広がり、全身をきちんと包む外套へと変わっていった。

 芝を踏む足は、四本。

 筋肉の隆起もまた、美しい。

 竜の顔には気品と、迫力が。


 そして、目と、全身の鱗は、赤い。

 そう。

 弾けるように鮮やかな、深い、深い赤。

 

 まさに、深緋こきひという王女の名にふさわしい、深き緋色である。



※巻布衣……一枚の布を巻き付けて衣とする着方です。三人組の場合は魔麻布と自身の魔力で剥がれず、乱れず、防御力も魔法防御力高く、という高級な魔法衣服よりも上等な服として着用しております。


※随伴……(ここでの意味は)立場の上の人のお供をすることです。

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