第三章 四

 烏堂うどうは、スタジオがあるビルの駐車場に車を停めた。

 ドアを閉め、ロックをかけると、佐竹とともにスタジオへと入っていく。

 そこは、インディーバンドが練習を行っているスタジオだった。あらかじめ連絡はしてあり、そろそろ練習も終わりかける時刻だった。

 ロビーに行き、インディーバンドが練習を終えて出てくるのを待つ。

 しばらくすると、楽器を抱えた一団がロビーに入ってきた。

 座り心地の良い椅子に腰掛け、烏堂は少し時間を取って話を聞いた。

 

掛浦輝恵かけうらてるえ? あいつの様子と言ってもな」

 ボーカルでリーダーをしている、赤みがかった髪色の男が不満そうに言った。

「作詞家になって売れてからは、連絡は全然ないし、SNSのリフォローもしてくれないんだぜ。これでも、昔は、みんなで遊びに出かけたこともあったのに」

「そうそう。バーベキューしたり、夏はキャンプに行ったりさ。あの頃の輝恵は、まだ性格の良いところが残っていたよ」

 ドラム担当の恰幅かっぷくの良い男性が言った。

「でも、一回だけ、可愛い女の子を連れてきたことあったよな。顔は良く見えなかったけど。面倒見の良いところは、まだあったんじゃないか」

 ベース担当の男性が言った。烏堂が口を開く。

「その女の子って、どんな様子でしたか」

「そうだな、思い出すと、良くあんな恰好していたなって思うんだが。ここで練習をしていたら、突然、輝恵とその女の子が入って来たんだよ。室内なのに、パーカーのフードを深くかぶっていて、髪も、金髪のショートヘアみたいな地毛じゃないウィッグをかぶっていた」

「ああ、そう言えば、そうだった」

 リーダーが、ようやく思い出したと言う風に相槌をうった。依然、不満そうな顔つきは変わらない。リーダーは、なおも言った。

「その子、黒の小さな丸サングラスをしていてさ、目元も良くは見えなかった。だから、はっきりとした顔を見たわけじゃなかったけど、あいつの妹じゃないって言うのだけはわかったよ」

 ベース担当が、うなずく。

「輝恵は妹もいて、溺愛しているのを俺達は知っているからね。だけど、その子に対して、そう言う感情は一切なかった。どこかギスギスした、仲良い感じじゃなかったよ」

 キーボード担当の、前髪を真ん中で分けた男性が言う。

「そう言えば、あいつ言っていたな。『この子、山奥の学校にいたから、昔の習慣が抜けないんだ』って。相手をからかうような、変なこと言うなと思ったよ」

 ギター担当の、茶髪をウルフカットにした男性が口を開いた。

「多分、金の貸し借りがあったんじゃないか。ほら、輝恵って、すごいケチだっただろう。売れてから旅行に行ったことを良く自慢されたけど、お土産は一度ももらったことないし。山奥に住んでいた子をだまして歌手にしようと目論んでいたとか。俺達が作詞提供を依頼しても、二度としてくれなかったけどさ」

 烏堂が考え込むように腕を組んだ。

「掛浦さんは、どう言う形で、みなさんに作詞提供をしていましたか。紙に歌詞を印刷して渡していたとか?」

「いいや。メールで送ってきたよ。リーダーのところに」

 ベース担当が口を挟む。リーダーが気づいたように顔を上げた。

「ああ、そう言えば、そうだった。一回だけだったけど」

「それ、良ければ、俺のメルアドに送ってくれませんか? 事件の証拠になるかもしれないんです」

「ああ、いいよ」

 すんなりと了解し、リーダーが携帯を取り出した。烏堂は気のせくような思いで、メールが届くのを待ちきれなかった。

 

 ロビー近くの扉が開き、一人の人物が建物内に入って来る。

 こちらに視線を向け、ゆっくりと微笑んだ。

「ああ、お話中のところ、すみません。私は探偵の樋口ひぐちと言いまして——」

 烏堂は彼の穏やかな表情に、しばしの間、目を吸い寄せられる。彼には有無を言わさず、人を引きつける、そんな雰囲気を身に纏っていた。

 これから、事件が急速に動き出す。烏堂の中に言葉にできない、閃きのような予感が生まれていた。



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