16話 いってらっしゃい
劇場の裏口から抜けたリーレニカとフランジェリエッタは、市民に紛れて身を隠した。
夜狐の仮面デバイスから飛ばした救難信号で、数名の憲兵が子供たちの保護にあたっているはずだ。全員が《マシーナシェル》に閉じ込められているわけではないだろう。生成された機人が活動する様子もない。対処は検討しなければならないが、保護と監視を続けてもらうしかない。
しばらく歩き、避難ポイントへ辿り着いた。建物内は数十人の避難民が身を寄せ合っている状態で、おおまかに負傷者と動ける者で生活スペースを分けているようだ。
中には、機人によって意識を失うほどの傷を負った兵士もいた。
「ひどい……」
フランジェリエッタがリーレニカの手を不安そうに握る。
圧倒的に人手が足りず、動ける者は負傷者の手当や、ストレス値を抑えるために、精神浄化作用のある造花デバイスを配り回っている。
そこで意外な人物に会った。
「あらん?」
気だるそうな声音。
ゆったりとした赤紫の長髪。真紅の魔女と気味悪がられているポーション屋。ダウナだった。
「お久しぶりね。私にお礼もせずどこほっつき歩いてたのかしら」
「ダウナ嬢。あの――すみませんでした」
リーレニカの塩らしい態度に、ダウナは狼狽えた。
「やだ。なに本気にしてるのよ。別に怒ってないわ。むしろこんな事になって、よく無事だったわね……まあ、無事と言っていいのかわからないけれど」
「他の……ミゲルさんは?」
「どうしてあんな頑固者を心配してるのか知らないけれど、あの人はこっちの避難所には来てないみたいよ。他の避難所と通話するためのデバイスはいくつか置かれてるけれど、どうせ使えないわ。我先にとみんな群がってて、今は順番待ちなの」
ダウナは、「ま、私はお話しするお友達なんていないんだけれどね」と明るくならないジョークで手をひらひらさせた。
「それにしてもリーレニカ、酷い怪我……? ね?」
疑問系で心配してくれる。
ここに来るまでの間、フランジェリエッタの分泌する善性マシーナが溢れ、リーレニカに作用していたようだ。
生体型デバイスは所有者の肉体回復機能を持つが、マシーナを汚染する内面的副作用がある。
偽善性マシーナ体質が、フランジェリエッタの余分なマシーナを吸収し補給したらしい。
「腕のいいポーション屋のおかげで傷が治ったようです。やはり困った時は医者ではなく魔女ですね」
などとお世辞を言う。ここでの傷はダウナの功績ではないにせよ、水着パーカーの女――ベレッタとの戦闘を経て人間のままでいられたのは、ダウナお手製のポーションがあったのは事実だ。
「当然よ。私の調合薬に治せないものなんてないんだから」
ダウナは誇らしげに豊満な胸を逸らす。ニヤついた笑みだが、ちょっと嬉しそうにするだけで基本元気はない。
が、ダウナの綻んだ顔が一瞬険しくなる。遅れて、避難所のスピーカーから警報音が飛び出した。
『機人警報、機人警報――レイヤー伍。商業区、植物系統の変異体を発症した模様。近隣の方は直ちに避難を――』
周りでざわめきが広がる。中央区に位置するこの避難所からは、東区の商業区からやや離れている。
機人は基本、マシーナ濃度の高い場所を好む。避難所に人が多ければ当然狙われやすい。この兵士達だけでレイヤー伍から守り通せる保証はない。不安がっているのは自然な反応だ。
「レイヤー伍」
恐らくスタクのことだ。
「ほら」
「え?」
ダウナがリーレニカにガラス瓶を差し出す。
暖色系の透き通った光が溶けたマシーナ溶液だ。
「どうせあなたのことだから、ミゲルさんか娘さんでも捜しにいくんでしょう? 騎士団に任せればいいのに。お代はそうね……このポーションを宣伝して頂戴。ほら、騎士団に使ってもらえたらもっと宣伝効果つきそうだし。だから広告代わりでこれあげるわ」
「そんな、だってまだこの前のお代もお返しできていないのに」
ダウナがリーレニカの口へ指を当てる。そのままフランジェリエッタの手を自身に引き寄せた。
「いい? あなたと店長さんがウチの大事な取引先だから、こんな贔屓にしてるんだからね。……ちゃんと成果を報告しに戻ってきなさいよ」
ダウナはフランジェリエッタを預かってやると言ってるのだろう。いつから自分は、周りからお節介な人間に映ったのだろうと小首を傾げる。
フランジェリエッタが不安そうに見上げてくる。
――もう
もっとも、連絡が取れたところで命令違反を咎められるだけだろうが。
最悪、
暗い顔をしたが、自分の手を握るフランジェリエッタに気付き、顔を向けた。
「レニカ」
フランジェリエッタがリーレニカの様子を心配している。
――私がしっかりしないでどうする。
邪念を振り払うように小さく頭を振ると、フランジェリエッタの頭を一撫でした。
「必ず戻ってきます」
不思議と声音に確かな力がこもっていた。
「うん、いってらっしゃい」
桃髪の店長は、一生懸命に笑ってリーレニカの背中を押してくれた。
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