11話 心は本当に死んだのか




 崩壊したステージ。明滅する照明。粉塵の舞う劇場内。

 エリゴールを含め、具現化途中であった機人は、連鎖的な爆発の波に飲まれ、例外なく塵と化していた。


「やれば……できるものね」


 リーレニカは懐に納めていた最後の善性マシーナポーションを接種する。

 無茶なマシーナ操作を続けた反動で汚染された血中マシーナは、ポーションによって正常に上書きされた。

 ――ソンツォの解析は、リーレニカを一つの行動選択に導いた。

 マシーナウイルスの壁。すなわち〈グランゴヌールの館〉に矛盾した命令式を打ち込み、自爆させる「道連れ」だ。

 ヴォルタスの扱う兵器型デバイスの一つ――〈グランゴヌールの館〉は、密かに絵札に内包する尋常ならざるマシーナウイルスを放出、展開し、〈黒壁〉を形成していた。

 それが、オペレーターはただの目眩しではないと告げていた。


「機人の再現体を維持するための下地……それがあなたのデバイスの正体ね」


 リーレニカは、爆炎の中心にいながらあまねく全ての被害をコントロールしていた。

 鉛色の――赤子型のマシーナ粒子を防壁にして。

 爆炎の及ぶ範囲にいる自身と、観客席の子供達を守る障壁は、爆炎のエネルギーを受け切ると塵に還る。

 ミゲルの娘、リタを守る際に使ったマシーナ操作だ。

 マシーナウイルスを正確に知覚できる生体型デバイス――Amaryllisアマリリスがいるからこそできた芸当だった。

 リーレニカは破壊し尽くされたステージの中央に伏す奇術師に視線を向ける。


「あなたたちの目的は何? 機人を量産すること?」


 仮面が割れ、礼服が熱に焼かれているが、まだ息がある。

 ふざけた仮面に似合わず、端正な顔立ちをしている。こんなテロ行為をしていなければ、放っておく女性は少なくなかっただろう。

 ――相手も辛うじて構成した機人達を肉壁にしたらしい。まともに爆炎を受けなかったとはいえ、意識を失っているようだった。

 意識を失ったことで兵器型デバイスも稼働を終えたようだが、観客席の子供達を覆う卵は実をつけたままで、ずっと眠らされた状態だ。


「あの卵、まだ未成熟みたいね。叩き起こしてアレの止め方を聞き出さないと」


 ヴォルタスの胸ぐらを掴み起こそうとした時。

 急に白銀の世界が構築された。


「――な」


 リーレニカの指示なしに構築された視界にたじろぎ、表情が固くなる。

 ここに――フランジェリエッタが居る。

 だが、観客席は子供だけだ。いくら小さな店長とはいえ、見分けがつかないはずがない。

 リーレニカは腰に提げた狐面をつける。

 シュテインリッヒ国の設計図が視界に表示される。白銀の世界は柔軟なようで、捉えていたマシーナ反応を図面に合わせてくれた。

 白銀の世界が、この真下に地下空間があることを報せる。

 明らかに人工的に形成されたものだ。

 見慣れた青白いマシーナ反応。それが地中深く、拘束されているのか動かずにいる。

 次第に、反応が弱くなっていた。


「……フランジェリエッタ!」


 まさか騎士団に捕まったのか。そう考えるが、自分でそれを否定する。

 彼女は〈月ノ花〉を共に売る店長ではあるが、リーレニカと違い戦闘はおろか騎士団の職務質問に抵抗すらしないだろう。それを地下施設へ軟禁するなど考えにくい。

 ならばアルニスタ達の仕業か。

 だが、わざわざ騎士団の施設を使う必要性はどこにある。

 浮かぶ疑問は、時間の無駄だと無理やり押さえ込む。

 今奇術師を叩き起こしたとして、言うことをきかせるまでにどれだけの時間を使うのか。その頃にフランジェリエッタが取り返しのつかないことにならない保証があるか。


『残り一時間』


 こんな時に、Amaryllisアマリリスは自動音声でフランジェリエッタ抹殺のタイムリミットを告げる。

 あからさまに時限が減らされている。自分へのリミットより、フランジェリエッタが衰弱死する方が早いということか。


「……一時間」


 珍しく焦燥する。

 白銀の世界から観察するに、子供達は機人化を促されている訳ではない。本人に害がない以上、得体の知れない卵に下手な刺激は与えるべきではない。


「悪性マシーナ反応は子供から出ていない。なら〝卵〟と機人の実までの接続部を断ち切れば……でもこんな数、一人でやるには時間が……」


 逡巡し、こめかみに指を当てる。

 狐面のデバイスを使い――通報した。

 じきに兵士達が集まるだろう。

 これは騎士団に任せるべきだ。

 そうやって無理やり自分を納得させる理由を並べながら、やはり子供達と奇術師、そして地下空間への視線を何度も往復させる。


 ――フランジェリエッタは、五日後に殺します。

 自分で宣言したことを思い返す。

 生体型デバイスの推奨行動を鵜呑みにし、何も考えず、相棒に感情を喰わせ続けた自分自身の答えだ。

 情は仕事の邪魔になる。

 過去にはそう言い聞かせて、何人もの命に目を背けてきた。


「――操作端末はこれね」


 ヴォルタスの懐からこぼれ落ちた、劇場の操作端末を拾い上げる。

 夜狐の仮面は、舞台裏から地下空間へ入るための仕様書を映し出してくれた。


「やっぱり。国の地下連絡通路といったところかしら」


 口では冷静さを保ちながらも、そのじつ、迷いが頬を伝っていた。

 フランジェリエッタの反応が弱くなっているということはつまり、放っておいても死ぬのだ。

 干渉しなければ、この小任務は達成される。

 この後に及んで、まだ組織とあの子を天秤にかけている自分がいる。

 一時の感情に流されることが、どれだけ愚かしいことか。合理的な頭が自分を説得する。

 ――あの子を守りたいと思っていたのは、あの子を思っていた祖母の気持ちではないのか。

 自問する。

 ――これは、本当に自分の気持ちで正しいのか。


「ああもう――世話の焼けるッ」


 確認しなければならない気がした。

 ここまで自分を突き動かしてきた心は、本当は彼女の――フランジェリエッタの祖母と同期した、借り物の心ではないのかと。

 未だ言い訳がましい理屈を並べておきながら、相反する焦燥に駆り立てられるように、地下空間へ飛び込んだ。

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