2話 この戦況を巻き返してやる




 酷い有様だった。

 市街地は暴徒が争ったような形跡を刻んでおり、住宅の窓は割れ、郵便ポストや案内板は一部破損している。

 車両同士が正面衝突したまま炎上し、悲鳴があらゆるところで上がっている。

 いずれも機人によるものだろう。

 機人の警報デバイスも通信網を破壊されたのか、音声が途切れたまま不出来な警報音を撒き散らしている。


 道中、民衆の争う怒声が大きくなった。

 機人症があらゆるところで発症し、国内でも最低限の部隊しか残さなかったファナリス騎士団は統率を失い始めていた。

 騎士団の正規隊員と、騎士学園の学徒をサポート人員として編成した即席部隊。

 隊員が機人を討伐し、学徒は住民の避難誘導にあたる。マニュアル通りの組み方だ。

 だがそれすら許されないほど、広範囲で甚大な被害が出ているようだった。


『ファナリス騎士団はほぼバラバラじゃな。全域の救助に集中しすぎて命の優先順位がつけられとらん』


 リーレニカの視界に映し出される地図上の動きからもそれは感じ取れた。

 騎士団は諜報員組織ではない。命の取捨選択などというロジカルな考え方はできないのだろう。

 国民が皆平等だ。

 そこに貴族も平民もない。

 強いて言うならば、騎士団長のファナリス・フリートベルクは「一人で広範囲の商業エリア」を守っているようだ。

 人間一人でそんなことが出来るとは思えないが、実際地図上では目まぐるしく剣鬼の位置情報が飛び飛びになっている。


 やがて、遠くで情けなく剣を振り回す四人と、懸命に統率を図る騎士一名を見つける。

 夜狐の視界アシストが兵士の戸籍情報を展開した。


『ほう? 面白いな。〈白札〉がリーダーなんじゃと』


 札――つまり、首に提げる「ドッグタグの保護外殻」を差す。これは戦闘における「担当」を表化したものだ。

 更に言えば、陣形崩壊や部隊長の戦闘不能時、即席でリーダーを決める指標になる。

 分け方は「赤、青、緑、白」の四色。

 更に騎士団長まで昇格すれば保護外殻を外し、マシーナ溶液で浸した保護膜が空気に晒され、光沢のある「白銀」となる仕組みだ。

 しかし。


「衛生兵も居ないなんて」


 重盾を抱える衛生兵――〈緑札〉を部隊に一人配置することが規定のはずだ。過去にファナリス隊を観察していたが、やはり〈白札〉のスクァードしかいない。

 まだここは機人が少ない方なのだろう。兵器型デバイスを使いこなす討伐専門の〈赤札〉も不在なうえ、赤、緑どちらにも転じる遊撃兵の〈青札〉すらいなかった。

 部隊の内情を盗み見ていたリーレニカにはわかる。

 これは異常事態だ。


『あやつら死ぬな。ストレスで血中マシーナを汚染し、機人発症者がねずみ算式に増える構図か?』

「最悪ね」


 五人が陣形すら満足に組めず、顔のない〈マネキン〉に怯え固まっている。

 本来〈白札〉は役職がなく、〈青札〉のサポートに近い。青札は悪く言えば器用貧乏な立ち位置のため、本来は単独戦闘こそ許されないが、五人一組の隊を取り仕切る資格がある。

 白札はそんな青札の背中を見て修練し、〈赤〉、〈緑〉、もしくは〈青〉のいずれに就くか適正を図られる立場にあった。


「シン先輩はどこいったんだよ!」

「見捨てられたんだ。俺達曲がりなりにも兵士だもんな」


 学徒四名がそれぞれ後ろ向きな心境を漏らす。

 

「諦めるな! 俺も元学徒っす。学園で機人戦闘は散々叩き込まれただろ!」


 白札の兵士だけは、この状況を打開する道を血眼になって探っている様子だった。

 遠くで言い争っている兵達は、五人一組で住宅街を任されているのだろう。

 剣鬼も居ない。遊撃専門の〈青札〉も重要ポイントの防衛で動いている状況。

 騎士団勤続一年の〈白札〉が筆頭になり、機人討伐部隊を任される異常事態となっていた。


「〈白札〉だって騎士団なりたてなんだろ。偉そうに指示してんじゃねえよ!」

「どうすんだよ。こんだけ機人がいちゃあいずれ俺達も殺されるぞ!」


 騎士団への入隊を経験していない学徒が不安と恐怖で〈白札〉へ八つ当たりしている。声を荒げる事で自分の平静を保とうとしているように見えた。

 赤土色にうねった髪をしている白札の兵士――スクァードが、丸眼鏡の位置を正す。その手は震えていた。


 ――こんな時に何をしているんだ。


「うわ」


 背中合わせで追い詰められた五人部隊のうち、学生兵が上擦った悲鳴を上げる。

 マネキンの首が無秩序に伸び、口付けするように迫っていた。

 最期にしては、悪い冗談のような光景だった。


「くそッ」


 スクァードが学生兵の前に飛び出し、伸びた首を斬り上げる。学生を守ろうと踏み込みが甘くなったせいで、金属製の皮膚にうまく刃が通らず弾かれた。

 焦りからスクァードのストレスが急上昇したのか、血中マシーナの変化に敏感なマネキン達は、その敵意を白札へ集中させる。

 二体のマネキンがスクァード目掛け急加速した。

 道連れを覚悟したのか、スクァードは崩した体勢のまま剣を突き出す。

 突如。

 マネキンが破裂したように膨らみ、黒い粒子の幕となって五人の体を抜き去った。


「――え」


 学生ですらこの粒子の正体はわかった様子だ。

 マシーナ・コアの瓦解。機人の絶命――肉体崩壊による塵化だ。

 スクァードが顔を上げると、目の前に黒鉄くろがねの狐面が背中を見せていた。


「う、わぁ――!」

「落ち着け! 敵じゃない」


 学徒達はリーレニカを機人だと誤認したのだろう。散々当たり散らしていた学徒の混乱をスクァードが諌める。


「まさか……っすか?」

「…………」


 スクァードの問いに目を見張る。

 まさか〈白札〉で隠密部隊を知っているのか。

 黙し、思い直す。

 夜狐の組織構成を知らせるのは副団長クラスだ。

 三色の役割を任命された者でなければ――正に信頼された者でなければ、組織構成の全貌は伝えられるはずがない。

 それを知っていると言うことはつまり。


「……ふ」


 リーレニカは思わず笑みが溢れてしまい、自分自身にも内心驚く。

 ――認められてるのね。

 スクァードは首肯する狐面に安堵の表情を浮かべた。

 他四名の学徒は何が起こっているのかわからず呆然としている。

 それには構わず、狐面の個人を秘匿する「変声機能」を立ち上げ、スクァードに問う。


「近くに〈青札〉がいたはず。彼はどこに?」

「シン先輩は避難に遅れた市民救助に当たってるっす」


 学生兵の一人がリーレニカを味方だと悟り安心したのか、緊張の解けた反動で子供のように文句を垂れ始める。


「だから『白札だけ残してもしょうがない』って言ったんだ! 大人しく青札に同行していればこんなことには」

「無駄口を叩いている暇はないぞ。文句を言う元気があるなら、学園で習う陣形を思い出せ」


 リーレニカは夜狐の口調を借り、Amaryllisアマリリスの〈同期〉を起動する。


「今だけこの戦況を巻き返してやる。スクァード。長居はしないからそのつもりで」

「どうして僕のこと」


 スクァードの細かい問いには答えない。

 機人がリーレニカの〝挑発〟に気付き、建物から逃げられずにいる住民から注意を外させる。

 漏れなく、リーレニカを筆頭とする六人部隊へ顔が向いた。

 リーレニカはスペツナズナイフを二本抜く。

 再度、背後の五人を鼓舞するように口を開いた。


「囲まれれば終わりだと思え」

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