7話 お尋ね者




 極力平静を装いつつ、街中を早足で進む。

 休む暇はない。リーレニカは慌ただしくなる民衆には目もくれず、再び生花店を目指した。

 アルニスタの目的が未だ分からない。これだけで終わるとは思えない。自分の正体を上辺だけでも知られた以上、こちらの関係者に危害が及ぶ可能性は無視できなかった。


『小娘、もうガス欠じゃな』

「本当に……食べ過ぎよ」

『お主が張り切るからじゃ。周りのうすーいマシーナじゃワシも力が入らん』


 リタを助ける際に体内の善性マシーナを消費した。そのせいで、精神――気力をAmaryllisに食べさせていた。

 実際戦闘中であれば、プログラムした動きを取るだけで心の介入は不要。緊急事態のため遠慮なく心と結びつくマシーナウイルスを使ってしまったツケが、今になって色濃くなっていく。


「リーレニカだな」


 目の前で銀甲冑の男が立っていることに気づいたのは、男の足元が視界に入った後だった。

 今にも倒れそうな己を自制し、下ばかり見ていたせいだ。

 だがなぜ名指しされたのか。ふと違和感を感じ、腹部に力を込めて気丈に振る舞う。


「ええ。そうですが何か?」

「王立騎士団の者だ」


 今更自己紹介されるまでも無い。これまで何人も対峙しているのだから。

 ――と、違和感の正体に気づく。

 左胸に〈黒鳥こくちょう〉の紋章。レイヴン隊の兵士。

 上流階級を守護するための騎士団だ。

 〈銀十字〉のファナリス隊と管轄はついをなす。ファナリス隊が市民街の警護及び機人掃討部隊だとすれば、〈黒鳥〉のレイヴン隊は貴族の護衛と外交までの支援。

 とはいえ綺麗モノだけではなく、機人掃討の泥臭い仕事はそれぞれ請け負っている。

 それがどうして自分を名指しで引き止めた。


「ストレス値計測ですか? すみませんが急いでますので、後からでも」

「とぼけるな。生花店で〈月ノ花〉を扱っているだろう」

「ええ。それが何か?」

「高濃度マシーナの商品には規制が出る」


 今更商売に文句を言いに来たのか。

 頭の固い騎士団に応対する時間すら惜しいリーレニカは、早急に話を終わらせるため結論に急ぐ。


「存じています。特殊製品として役所から許可証は出ているはずですが」

「勘違いしているな」


 銀甲冑の男はリーレニカをいぶかしげに観察しながら続けた。


「これは職務質問ではない。リーレニカ、フランジェリエッタ両名に出頭命令が出ている」

「――え」


 一瞬、視線が泳いでしまう。

 ――素性が暴かれたのか?

 いや、ここまでで姿を晒したのはアルニスタとミゲルだけだ。この短時間で通報はありえない。

 西区までは〈とばり〉を使って姿をくらませたはずだ。

 直ぐに落ち着きを取り戻し、表情には出さないよう思考を巡らせる。だが思い当たる節がない。


「身構えることはない。君たちの扱う〈月ノ花〉が事件現場各所から出た。関係性を聞きたいだけだ」


 聞き、少し息を漏らす。

 ――取り調べか。

 思案する。協力すべきか。

 あれから三日。

 考える。

 何も自分がこの街のために動く必要はないのではないか。街から逃げ出したとしても、〈生体型デバイス〉の情報を得られないとはいえ失うものもない。

 ここまでの騒ぎ。王立騎士団であれば、スタクを殺し、アルニスタも処刑対象とするはずだ。自分が暗躍する義理はない。

 ましてこの騒動で想定外の物的証拠。冤罪だと訴える試みはできる。だが認めさせるのは容易ではない。取り調べが一日や二日、一週間で済むかも怪しい。


「うちの花が? 何かの間違いでは」


 ――フランジェリエッタが捕まっているのかすら分からない状況。もし捕まり、最悪拷問まで発展するような事があれば、か弱い彼女はある事ないこと口にする可能性だってある。

 下手なことを口にされれば、自分だけではなく組織にもリスクが伴う。

 怪しい所は彼女に見せていない……はずだ。だが何一つとして素性に繋がる手掛かりを掴まれてないと言い切れるか。

 ――絶対はない。

 理由をつけて逃げ、早急に殺すべきか。

 そこまで思考を巡らせ、気付く。


 自分はどこまで行っても心無い諜報員だと。


「すみません。実は今――」


 機人きじん警報のサイレンが街中を抜ける。


『マシーナ警報。マシーナ警報。エリア中央区を除く全域で機人症発現。推定レイヤーさん以上。移動は危険です。決して建物から出ず、カーテン等で身を隠してください。繰り返します――』

「全域だと? こんな時に」


 普段耳慣れない警報デバイスが立て続けに起動し、街は不安に染め上げられる。

 黒鳥の兵士はリーレニカを掴もうと手を伸ばす。


「ここは危険だ。とにかく来い」

「後ろ――!」


 リーレニカの指さす先。

 ――カチカチカチ。

 歯車が不規則に噛み合う音が近くで鳴る。

 奇妙な苦悶の声を発しながら、全身を金属製の異形へと改造していく男。

 居合わせていた誰かが「機人だ」と情けない悲鳴を上げた。

 リーレニカもわざとらしく「誰か」と逃げ惑う市民を演じ、混乱と怒号の奔流ほんりゅうに紛れこの場を離れる。

 兵士もリーレニカが離れるのを見て、追うか逡巡しゅんじゅんする。しかしレイヤーよんとなった機人を放っておくことは出来なかった。


「くそ」


 悪態と共に剣を抜く。黒曜こくよう色の刀身は陽光を受けながら光を逃がすことはなく、金属特有の反射が生じない代物。

 レイヴン隊に支給される剣――兵器型デバイスが悪性マシーナの塊に反応し、怪しく唸った。


「デバイス起動」

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