6話 ボディーガードとかじゃないだろ




「なんなんだお前」


 よもや自分の居所を嗅ぎつけた理由を聞くまい。

 ミゲルは表の顔で生花店を演じているが、裏では暴力団を取り纏めるボスだ。憲兵とは仲が悪くて当然。目立たない場所だって欲しい。

 ここも「そういう使い方」をしていたのだろう。


「ボディーガートとかそんな話じゃないんだろ。お前の、なんというかそれは」


 ミゲルはいつになく深刻な顔をしている。


「非現実的だ」

「その冗談は嫌いじゃないですよ。ただ……そうですね。マシーナウイルスが現実を歪めているだけです」


 リーレニカの軽口にミゲルは納得しない。


「私は元軍人です」

「それは『そういう事にしろ』と言っているのか」

「お互い様だと言っているだけです」

「……そうじゃねえだろ」


 相変わらず話が通じない。

 ため息をつく。長居している場合でもない。ミゲルの横を通り過ぎ、そのまま去ろうとしたが、


「なんで助けてくれたんだ」

「え?」

「お互い様じゃねえだろ。いくら高濃度マシーナの花を売っていたって、散々お前たちを目の敵にしたんだぞ。どうして仲間を――娘を助けてくれたんだ」


 そんな話をしに来たのか。


「私は」


 言葉を呑み込む。


「――あなたの娘は、慢性的なマシーナ中毒ですね」


 ミゲルは予想しない答えに、一瞬瞠目どうもくした。


「あのピエロは人間じゃない。マシーナウイルスを詰め込んだ『肉の塊』です。マシーナ中毒者はより多くのマシーナを意味もなく求める。だから着いていった」

「なんでそんなこと分かるんだ」

「分かったのはアルニスタが来てからです。あの子の目は焦点が合っていなかった。いえ――のでしょう。だから高濃度マシーナの花を売る私達が売人と重なった」

「リタはあんたの言う通りマシーナ中毒だ。俺が貴族連中に披露する造花を作っていた時、マシーナを抽出させた容器が破裂してな」


 ミゲルは肩を落として「それからあの調子だ」と目を伏せた。


「最初から知ってたさ。全部俺が悪かったんだ」

「あの子は無事なのね?」

「ああ……リーレニカ。あんたが助けてくれなかったらリタだけじゃなく仲間も失っていた。今はうちのデバイス技師に診てもらってる」

「そばにいなくていいの?」

「『うるさいから俺に任せろ』だとさ。あいつの腕は確かだ。リタが安心して起きられるよう、今は街をなんとかしてやらないとな」

「そう」


 リーレニカも少し安堵する。

 ふと、アルニスタの言葉が頭をよぎった。


 ――は平気なのかね?


「――花だ」

「なに?」

「ミゲルさん。とにかく善性マシーナ溶液を集めて。リタもまだ安全じゃない」

「どういう事だ? なに言ってる。これから医者まで連れてくが」

「医者はダメ、薬剤師を訪ねて。それとマシーナ反応が出たばかりだから清潔にして、直ぐに眠らせて。生体型デバイスに干渉してると、〈レイヤー弐〉の幻覚症状が出やすいの。子供は心が未発達だから油断しないで。それにレイヤーの急性変化は記憶が錯乱し易いけど、数時間もあれば落ち着くから慌てないで。それから」

「おいおいちょっと待て。何なんだあんた。何でそんな事まで知ってる」


 ミゲルは己の頭を抑えて話を遮る。いつかリーレニカに返り討ちにあい焼けたその手は、黒い手袋で隠されていた。

 ここまで捲し立てたのは、あくまでも経験則に基づいた処置だ。確実性は乏しいかもしれない。

 しかしこのままスタクの〈花粉〉に晒されて、何が起こるか予測がつかない。分析している時間があるのかさえ怪しい。


「――皆を死なせたくないの」


 これ以上開示できる情報はない。


「何故分かるかは言えない。でも……信じて欲しい」


 リーレニカの何かと葛藤するような声音に、ミゲルは何かを言いかけてため息をついた。


「やっとまともに喋りやがったと思えばワケのわからん事を」

「……ごめんなさい」


 まさかリーレニカが謝るとは思ってもみなかっただろうミゲルが、更に目を見開く。

 珍しく塩らしい態度に吹き出した。


「お前さんが不器用なのはずっとだろうが。ただ、今回はマジだってのは分かるぜ。商売人の勘は嘘つかねえんだ」


 兵器型デバイスを主力とする構成員を取り仕切るミゲルは、裏と表の社会を器用に扱う。

 善性マシーナは製造難易度が高く収集は容易ではないが、何とかするはずだ。


「それから何をしたらいいんだ。教えてくれ」



     ****



 九名の大人に囲まれた少年――のように見える一団。兵士のようだ。

 皆、貴族街の一角で円を作り、険しい顔をしている。

 銀十字のファナリス隊とは少し様子が異なる。

 銀の鎧にカラスの紋章が刻印された一団。

 彼らを除けば、平民区画で起きた騒動に対して気に留める者はいない。貴族達は変わらず優雅に街を往来している。


 そうでなくとも、兵の会合にしては先程から明らかに一名浮いているのだが、誰もそれを気にする者はいない。


「商業区で行方不明者が続出しています。レイヴン団長、我々も出動すべきです」


 大人の部下の意見に、〈少年〉は淡々と返す。


「どれも十歳前後の子供じゃないか。ファナリス隊は何してるんだよ」

「ファナリス隊の半数はロウレット副団長と、遠方の機人出没エリア調査のため出払っています。街に残っている隊だけで機人の掃討に追われているようです。レイヤーよんの発症者と、レイヤーさんの半機人が同時多発的に出現しています」

「向こうも人手不足ってわけね」


 ここまでのやり取りも、が交わしている。

 隊員はもちろん鎧姿。

 しかし、黒髪の子供は鎧が大きいためか、格好が明らかに違うのだ。

 レイヴン団長と呼ばれた男の子は、布のような質感の――実際『衣服』と言った方がよい――白を基調としたフードに、膝丈のハーフパンツ姿。

 背中に大きく、黒鳥の刺繍が施されている。

 見た目、よわい十五の少年だった。

 レイヴンは凛々しい表情だけ団長っぽさを出しているが、初見の者は二度見必至の騎士団だった。

 黒髪を乱暴にかきあげ、空色の瞳を細める。

 肩口まで降りていた髪から黒鳥こくちょうのピアスが顔を出し、陽光を散らした。


 ――銀十字のファナリス隊は、主に平民区画と外壁に至る領土を担当する王立騎士団だ。

 対して黒鳥こくちょうのレイヴン隊は、貴族街の守護を担っている。

 ここで貴族街を手薄にしてファナリス隊の尻拭いをすべきか、黒髪の少年は逡巡しゅんじゅんする。

 事態の全貌を掴めていない今、安易に兵力を割いた綻びで全てが瓦解するか――最悪のシナリオだけは避けなければならない。


「それで、パレードに紛れた〈ピエロ〉がどれも過剰なマシーナ値だと?」

「〈夜狐よぎつね〉の調査によると、『人型に成形されたマシーナの塊』と結論が出たようです。命令式は『把持』と『指定ポイントへの前進』です」

「子供と手を繋ぐピエロ。過剰なマシーナ値による誘引作用と思考能力の阻害……子供の誘拐にはうってつけだね」


 ――だが、どうやってここまでの高濃度マシーナを量産している?

 レイヴンが顎を抑えて呟いていると、隊の人間が銀製の薄い箱を手に合流した。


夜狐よぎつねがピエロと刃を交えた際に回収したものです。直ぐに西区へ向かいましたが、『団長に』と」


 箱を開けると、敷き詰められた赤い布に、一際輝く〝青〟が一欠片。


「〈月ノ花〉か。散っていながらここまでのマシーナ濃度。並の回収屋でも採取は困難だな」

「商業区に生花店は一つだけですね」

「フランジェリエッタという女性が店長を務めています」


 商業区に詳しい兵士が情報を口にする。


「そいつは重要参考人だ。身柄を押さえるぞ」

「どうやらトラブルがあったようで、療養のため店を閉めているようです」

「いいよ緊急事態だし。最悪この騒動の中心にあると思った方が良いね。過剰に抵抗するなら手段は選ばなくていいよ」

「では店のスタッフも追いますか? 一名だけですが」

「勿論。そいつの名前と特徴はわかる?」

という者です」


 商業区のスタッフリストを開いた。

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