3話 生体型デバイスの邂逅

「私はアレルギー持ちだが、花型機人きじんの出す花粉は平気なようだ」


 世間話をするような気軽さで、アルニスタはリーレニカから視線を外す。

 ――隙だらけだ。

 アルニスタ自体は間違いなくこちらを警戒していない。不自然過ぎるほど自然体。意識がこちらに一切向いていないことも、彼を取り巻くマシーナウイルス反応で確認できている。


 だが、手を出そうと思えない。

 別の何かに見張られている気がした。


「見学していくかね?」


 おかしな発言だった。

 アルニスタの周りには、群衆以外誰もいない。

 だがリーレニカには

 ――〝とぐろを巻いた何者か〟が背景に溶け込んでいるのを。

 あの中に居るのはスタクなのだろう。


 リーレニカは諦めた。

 きっとアルニスタは気づいている。

 自分が生体型デバイスを使えることに。

 だから「分かっている前提」で話をする。


「その前に医者に診せた方が良いと思いますが」

「詐欺師にすがるなど愚か者のする事だよ。奴らはマシーナウイルス促進剤をばら撒き、路上で診察し治療費を搾取するんだ。やりすぎて憲兵に泣きつくケースもあるがね」


 彼はスタクを憐れむように続ける。


「だが、今更医者へ引き渡したところで、それは彼のタメにならないだろう。殺処分か――実験動物にされ、散々擦られた挙句殺されるのがオチだ」

「アルニスタさんの成されていることは実験では無いと?」

「私を低俗な連中と一緒にするな」


 アルニスタは少し残念そうに笑う。


「リーレニカ、『機人きじんはこの世から消えた方が良い』。そう思わないか? 私はそう思う」

「それとコレに関係が?」

「あるとも。一番の近道は生体型デバイスの上位クラス――〈古代獣〉を媒介としたエネルギー転用だ」


 古代獣。

 マシーナウイルスの始祖。

 人類を苦しめ、同時に文明の進化をもたらした高位生命体。


「冗談でしょう? 彼は人間よ。古代獣なんかじゃないわ」

「存在ではない。性質だよ」


 こちらの考えていることなどとうに分かっているように、アルニスタは遮る。


「彼は〈レイヤー参〉を発症しておきながら、同時に人の原型を失うであろう〈レイヤー伍〉を誘発している特異体質だ。分かるかね? 『人の心を宿したまま異形に成る』素質が彼にはあるのだよ」


 まるで珍しい昆虫を見つけた子供のように、声音が高ぶっている。

 アルニスタのしようとしていることは分からない。だが、このまま見過ごすと取り返しのつかない事になる予感がした。

 それを知覚したAmaryllisが、リーレニカの指示を待たずに「白銀の世界」へ招き入れる。

 感情を色として認識できるAmaryllis。それと同期したリーレニカは、全身が粟立あわだつ感覚を止められなかった。


 漆黒。

 目の前でどす黒い悪意が立ち込めていた。


「分からないか? つまり、彼のマシーナウイルスは」


 リーレニカは聞き終える前に、スペツナズナイフを握る。


「正常なマシーナ濃度である〈レイヤー壱〉の人間を、機人きじんモドキ――〈レイヤー参〉へ引き上げることができるのだよ」


 言下。

 周りの人達が歩みを止め、苦しみ始めた。

 全員の顔に痣が出る――反応したマシーナウイルスが皮膚まで浮き上がっているようだ。

 

「何をした!」

「花粉を散布しただけだ。レイヤー参を体に覚えさせれば、機人きじん化の耐性が出来るだろう? 理性は吹き飛ぶだろうがな。ところで……何故君は平気なのかね?」


 会話の中でのを感じる。

 大気中の〈花粉〉に紛れ、スタクの悪性マシーナがリーレニカに侵入しようとしていた。

 だが蝶の耳飾りはそれを許さない。

 既にリーレニカを取り囲むように展開していた不可視の〈蝶〉が、そのことごとくを無力化している。


「あまりレディにしつこくすると嫌われますよ」

「構わんよ。私は欲しいものは何をしてでも手にしてきた」


 蛇の頭蓋骨を模した杖から歪なマシーナ反応を感じる。

 ただの兵器型デバイスではなさそうだ。


「多少手荒だが、許してくれたまえ」


 苦しんでいた民衆が、糸の切れた傀儡のように脱力する。すぐに立ち上がった。

 全員無表情で、慌てる様子は無い。

 光を失った瞳が、次々とリーレニカに向く。

 この能力には既視感があった。

 〈マネキン〉を同意なしに使役する。機人きじんの上位種――〈司令塔コマンダー〉だ。


下衆げすが」


 悪態をつくと、スペツナズナイフから手を離す。

 意識を失い傀儡くぐつと化した民衆は、無表情のまま荒々しくリーレニカへ殺到した。


「Amaryllis――」

『なんじゃ。何か言えい』


 迷う。

 研ぎ澄まされた白銀の世界で、暴走した民衆の足は止まらない。

 ――時間切れだ。

 逡巡しゅんじゅんし、近接格闘に切り替える。

 飛び込んできた目の前の男をいなし、後ろから羽交い締めを狙う女に、回し蹴りの要領で転倒させる。

 左右から次々と飛び込んでくる男を駆け上がるように、体を捻りながら飛び越えた。


 ――ここでデバイスを使えば奴の思う壷だ。


 Amaryllisは脳内で『「呼んだだけ」というヤツか?』とうるさい。

 市民が凶暴化しているのはスタクのマシーナ能力――〈花粉〉のせいだろう。あまり長く暴れさせると彼らの体がもたない。

 ここら一帯のマシーナ反応が乱れている原因も同じく、花粉による事は明白。しかも、アルニスタが欲しがっているモノ――〈生体型デバイス〉も自分の耳飾りに納めている。手の内を晒すと面倒だ。

 ――ならば。


「座標」

『優柔不断め』


 デバイスが、リーレニカの眼球に巣食うマシーナウイルスへ干渉する。

 瞳が金色に染まった。

 スペツナズナイフを射出する。


「〈杭打ち〉――五本」


 やはりアルニスタを無力化するしかない。

 群衆の中、ナイフは推進力を殺すことなく直線上に飛翔する。


「ほう。人を殺すか」


 操られた人々は意識がない故に、死ぬ恐怖もない。たとえ眼前にナイフが飛来していようと、避ける動作はプログラムされていない。


 だが、


「――?」


 ある一点でワイヤーが直角に折れ曲がり、市民を避けるようにナイフの軌道が変化した。直後更に推進力を得る。

 物理法則を無視したナイフの軌道変化。それを五回繰り返し、やがてアルニスタの眼前まで迫ろうとしていた。


「面白い玩具おもちゃだ」


 今まさに死の際に立っているであろうアルニスタは、この瞬間も他人事のようにわらっている。


「他と大差ないがね」


 最後に直線の軌道を描いていたナイフが、虚空で停止した。


『尻尾を出しおったな』


 比喩ではなく、見たままの結果をAmaryllisが述べる。

 蛇だ。人を丸呑みできるほど、とても大きな。

 マシーナ粒子の塊が大蛇を形成しているように見える。高々ともたげた尻尾がナイフを受け止めていた。

 ナイフの毒は僅かに作用しているが、表面を蒸発させるだけで有効打になっていない。

 そして直感する。

 あの大蛇――だ。


「時間切れだな」


 民衆の波がリーレニカを組み伏せようと容赦なく飛びかかる。


『なあ小娘。


 そんなつもりはなかったリーレニカにしてみれば、このカードを切らされる状況は、情報を開示する点において大きな損失になる。

 しかし、手段を限定された時点で負けだと諦める。

 ため息をつき、〝起動〟の命令句をこぼした。


「――バタフライガーデン

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