10話 死ぬべき人間




 コウモリスカートが超人的な速度でスラム街を目指し疾駆する。

 Amaryllisアマリリスのマシーナ操作を利用し運動機能をアシストさせ、人目のつかない路地裏を時に壁を蹴りあげながら、猫のように駆け抜けた。


「ソフィアさん!」


 返事は待たず強引に扉を開く。案の定、悪い予感は的中していた。

 発熱の症状はあるが軽症だ。一時的にマシーナにあてられたのだろう。

 部屋を荒らされた形跡。安静にしているはずのスタクが居ない。

 スカーフを鼻から隠すように巻いた。


Amaryllisアマリリス残滓ざんしを解析して」

『退屈だなあ』


 嫌そうな声音でAmaryllisアマリリスが応える。態度に似合わず、相棒は正確な視界ネットワークを提供した。

 波紋を打つように白藍しらあいの線が広がり、過去の出来事をマシーナ粒子が再現する。

 人型が三体。ソフィアとスタク、杖をついた男性が形成された。


 杖の男が口を開く。


『どうもお嬢さん。こちらで高濃度のマシーナ反応が検出されてね。少し話を伺いたいのだが、宜しいか?』

『いきなりなんですか? 帰ってください。憲兵を呼びますよ』

『憲兵を呼んで困るのは貴女のほうでは無いかね? ソフィア嬢』

『なぜ私の事を――』

『申し遅れた。私はアルニスタ・スカルデュラ』


 名前を聞き、集中状態が一瞬揺らぐ。


「アルニスタ!?」


 過去の映像はリーレニカの反応を無視して続ける。


『用があるのは後ろの男でね。体中が鉛のように重く無いか? 疲れただろう。少し眠るといい』

「まずいですね」


 嫌な予感は続けて当たるものらしい。

 スタクの特異な機人きじん症は、安定を保てればその血が治療薬になり得る希望があった。しかし失敗しても得はある。

 一部の兵器開発を生業なりわいとする組織にとっては。

 あれだけ苦労して一命を取り留めたと思ったのに、全て台無しにされた。


「ソンツォ。こちらリーレニカ」

『こちらソンツォ。どったの? 今日はラブコールがアツいじゃん』


 チラ、とソフィアに視線を移す。ひどい熱だが、口頭での通信は念のためやめておいた方が良いいだろう。マシーナウイルスの燃費が悪いが、聞かれないように思念対話に切り替えた。


『挨拶をしてる暇はないの。変異した機人きじんが市街地に逃亡。これから処分に向かう。偽装外壁の解除権限を下さい』

『あれ、誰か殺すの? ちゃんとレイヤー診断してる? 不要な殺生は減給の対象――』

『もう既に〈レイヤーよん〉に到達してる! 彼は変異体の大型獣になりかけてるの!』

『……早々に始末しないと死人が出そうだな。座標はポイントしたぜ。市街戦は目立つから速殺するか城外まで追い込んで始末したほうがいいだろうな』

『また報告する』


 思念対話を終了する。


「スタクを殺すの?」

「え?」


 ――聞かれた? 思考を巡らせた時、気付いた。

 この高熱は、マシーナウイルスの燃焼器官を自生する予兆。〈レイヤー〉の症状の一つだ。

 幸いにも機人きじんになるリスクはかなり低い。不思議な状態だった。

 しかも厄介な事に、マシーナウイルスを敏感に感知できるようだ。思念対話といえど、マシーナウイルスを媒介にしているなら覗き見られていても不思議じゃない。

 熱で紅潮させた顔のまま、それでも意識を保とうとするソフィアに観念して答える。


「……アレはもう、生かしておけない。憲兵に任せましょう」

「『アレ』なんて言わないで。スタクは機人きじんじゃないわ」

「身内は誰だってそう言います。だから、こういうケースでの身内は介入できない法律です」

「なんで憲兵の言葉を使うのよ……。あなたの言葉で話してよ」

「私は……」


 言い淀み、言葉を選ぶ。選ぶが、事実を隠さない限り自分の結論は変わらない。どんなに取り繕おうが納得する答えにはならないだろう。

 正直に返すことにした。


「私も、彼は死ぬべきだと思います」


 頬に鋭い痛みが走った。

 彼女の華奢な体なら、避けて組み伏せるのも容易かった。ただ、何故かそうする気分になれなかったのだ。

 ――気分か。馬鹿馬鹿しい。今更感情なんて無いくせに。


「もう良いです。少しでも信頼した私が馬鹿だった」


 引き止める前にソフィアは出ていった。高熱で朦朧もうろうとしているはずだが、善人ぶって引き止めることもできない。

 機人きじんのなりかけとはいえ、じっとしていて不安に押しつぶされるより良いだろう。足を動かして気を紛らわせた方が、ストレス起因の悪性マシーナ増殖は回避出来るかもしれない。

 自分に対する言い訳のようなものをつらつらと浮かべていると、思考を邪魔するようにAmaryllisアマリリスが話しかけてくる。


『ヒステリックな女だな。ワシはよう分からん人間が好かん。そう言う意味では、お主の方がまだマシじゃな』

「……行きましょう。彼女より先に見つけ出して殺さないと」


 スタクが機人きじん化する推定時間を計算しつつ、残滓ざんしの方角を確認する。


 彼を人殺しにはさせない。絶対に。


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