4話 ただのボディーガード



 一人の黒服が、膝から崩れ落ちる。

 前触れない現象を理解する間もなく、男の顔面にリーレニカの膝が入った。


「は?」

「どこ見てんだ、そっちじゃねぇ!」


 もう一人が、吹き飛ばされた仲間を目で追う。

 確認まで待ってやるつもりはない。

 軸足を支えに、側頭部へ回し蹴りを放つ。

 もしかすると彼らは、ある程度訓練された兵士崩れかもしれない。

 意外にも反応し、ガード体勢をとっていた。――もっとも、腕が上がる頃には蹴り抜いた後だったが。

 相手は両手を宙に放り投げる形で背中から倒れる。

 二名失神。

 周囲に視線を流す。残りは老兵とミゲルだ。


「なんなんだコイツ!?」


 老いたバーテンダーは元軍人なのだろう。狼狽しながらも隠し持っていた拳銃を構え、銃口はリーレニカの胴を捉えていた。


「馬鹿ッ、どこ狙ってやがる!」

「あ!?」


 ミゲルの言葉を理解したのは、リーレニカの姿が後だった。


『コイツらてんでダメだ。人間としか戦えん。マシーナに使われとる』

「同感ね」


 リーレニカの生体型デバイス――Amaryllisアマリリスのマシーナ操作が起動していた。

 命令式は〈偽装〉。

 大気中に含まれるマシーナウイルスが、光を異常に歪ませ幻覚を構築する。

 老兵の目にはコウモリスカートが悠々と佇む姿で映っていただろうが、幻覚と悟るには遅すぎた。

 銃を構える頃には、既に背後からナイフをてがわれている。

 手を上げ、銃を落とす。ゴト、と重い音がカーペットに沈んだ。


「リーダー。てめぇ手出す相手間違えやがっ――」


 首に充てられたナイフが緩むと、老兵はプツリと意識が切れたようにカウンターへ突っ伏した。

 残り一人。

 静かな殺意を宿し、双眸そうぼうはミゲルへ向く。


「ひっ――」


 情けない悲鳴を上げ、椅子に足を取られ無様に倒れる。

 まるで化け物を見るかのように、恐怖で引き攣った顔をしていた。


「謝罪は要求しません。謝られたところで、潰れた花は帰ってこない」

「お、お前。こんなことして……店、店だ。騎士団に営業権を剥奪させてもいいんだそ!」

「私はもうあの店の従業員じゃない。ただワインに酔っただけの迷惑客です」


 ナイフを器用に回しながら、ミゲルの前まで近付く。


「お、俺だってなあ。家族に飯食わせる為に必死なんだよ! それを加工もせず、何の努力もしねぇでそこらに生えてる雑草で金稼ごうなんてなあ……」


 この期に及んで自己正当化しようとは恐れ入る。

 リーレニカは肩を竦めた。


「あなたは夜中、機人きじんの巣食う渓谷に花を摘みに行けるんですか? 彼女は加工が出来ないんじゃない。危険な地で咲く花の価値を売ってるんです」


 もうこれ以上言葉を交わしても無駄だ。


「これ以上あの子に危害を加えようと言うのなら――」

「な、なんなんだお前ッ」


 ミゲルが銃型デバイスを引き抜く。銃創にガラス管が嵌め込まれ、幻想的な粒子が渦巻くマシーナ溶液で満たされている。

 殺傷性を高めるため、〈圧縮〉の命令式が組み込まれている。引き金を引けば、音速でマシーナ溶液が射出される代物。


『高濃度の悪性マシーナ反応を検知。粘膜接触による感染の危険性、オーバー九十パーセント。外皮接触による影響は軽度の火傷及び重度の神経痛』

「タチの悪い武器商人みたいね」


 見たところ、体内から悪性マシーナを感染させ、急速に機人きじん化を促進させる毒薬だろう。

 悪性マシーナ――とどのつまり、〝機人きじん化促進細胞〟。それが高濃度であるなら、機人きじんになる前に激痛でショック死するようデザインされた兵器だ。

 機人きじん化は死因が特定し辛く、痕跡が残り難いだろうから、暗殺用として造られたのだろう。


「う、動くなよ。お前のナイフと俺の銃なら、どっちが早えか分かるよな」

「試しますか?」

「――ッ、馬鹿にしやがって」


 ミゲルは怒りに任せ、引き金を絞った。


「――あ? ああっ?」


 ガラス管の爆ぜる音。

 高熱の溶液がミゲルの手を灼いた。

 奇妙な悲鳴をあげ、激痛で床を転げ回る。

 ミゲルの手から離れた銃創には、リーレニカの持っていたナイフの――ブレード部分のみ突き刺さっている。


 それはリーレニカが機人きじんとの戦闘を考慮し、「間合いを拡張させる」ために手にした武器。

 トリガーを引く事でブレードを射出する暗殺用ナイフ――『弾道スペツナズナイフ』だった。


「あなたは一つ勘違いしている」


 ガラス管から溢れたマシーナ溶液は、少量であろうが容赦なく体を蝕む。

 皮膚を傷付けないよう最大限譲歩してやったのだ。感染による機人きじん化は免れただろうが、暫くは痛みでまともに会話もできないだろう。

 だから、勝手に喋り立ち去ることにした。


「私は元々、フランジェリエッタのスタッフで雇われていない――ただの『ボディガード』です」

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