第2話
一時間前
「ナイトー」
朝登校すると、親友の男友達、
「夏樹、先行っとけっていっただろ。」
少し焦りながら近寄る。俺は朝が弱い。だから、夏季と時間を合わせて家を出ることができない。俺と一緒に行くことを楽しみにしてくれている分、なんだか、申し訳ないなと思う。けれど、夏樹はそんな俺をいつも待っていてくれる。
「なんだよー、大好きな親友待ってて何が悪いんだ!あ、今日も
という具合に、やめてくれず、ひたすら褒めちぎってくる、親友大好き人間なのだ。あ、ちなみに
「ったく、やめろよそういうの。何回も言うけど、お前の恋愛対象誤解されるぞ、マジで。てかイケメンはお前の方な。それと俺は可愛くない!」
キレ気味に締めくくると、夏樹は照れたようにクネクネして俺の方によってきた。
「可愛いナイトに褒められた!」
「やめろまじで!」
ぎゃあぎゃあと言ってると、誰かに肩を叩かれた。
「よっ、今日もお熱いねえ。もう式は決まったのかい?」
この声は、と思い振り向くと…案の定、2年3組の俺のクラスの担任、
「なんですか、先生。相変わらず魚が死んだ目をしてますね、先生の葬式なら準備万端ですよ。」
俺最大のジト目で答えた。
「ひっでえ、俺かわいそう。昨日の事件のおかげで、今日の朝礼もこき使われたってゆうのによ。それに、かわいい顔が台無しだぜ。」
「余計なお世話です。てか俺は、」
「俺は?」
「…なんでもないです。」
可愛くないと言おうとしたが、もう言うのが面倒臭くなった。このイライラを晴らすために、今度、お手製のびっくり箱でも先生の机の引き出しに仕掛けてやろうっと。シメシメ。
校舎について、靴箱で靴を履き替える。
すると、突然先生があっと声を上げた。靴箱に手を突っ込んでいた俺と夏樹の手がびっくりして、靴箱の天井にぶつかった。ガンっと音がして、赤くなった手の甲をさすりながら先生を睨む。
「あ、すまんすまん。というかお前ら、今日は全校集会ってこと忘れてねえよな?」
一瞬時間が止まった。その瞬間、三人一緒に全力疾走!体育館に向かって。なんでこんなに急いでいるかと言うと、うちの学校の全校集会はいつもの授業の時間割とは違い、通常授業時間より5分早く始まる。現時刻はいつもの授業の七分前。つまり、全校集会開始まであと二分。今日こそは集会の時間を守らなければ!
「おい、先生、廊下は走っちゃだめだろ!」
「ははは、お前らが走ってるのを先生止めようとしてるだけですー!断じてルールは破ってませんー!」
「てか先生も忘れてたのかよ!」
体育館のドアが見えた。
「あとちょっと!」
体育館になだれ込む。
「「「セーーーーーーフ!」」」
ゼエゼエと息をして、しゃがみこみ、周りを見てあれ?と思った。次の瞬間、
「はい、アウトです。」
鈴の転がるような凛とした声が聞こえた。
「「「え??」」」
息を切らしたまま、声の聞こえた方を見ると、俺の部活の先輩、
先に先生が口を開く。
「お、泉じゃねえか、ってそんなのはどうでも良くてだな、どういうことだ。お前以外、人一人っ子居ねえじゃねえか。」
そう、全校集会のはずなのに本当に人が一人も居ないのだ。どういうことだと思い、泉先輩を焦ったように見つめる。当の本人である、泉先輩はのほほんとしている。
「何言ってるんです?先生ったら、」キョトンと首を傾げる。それが俺にはスローモーションに見えた。彼女はどんな仕草でも、全て絵になるのだ。
そして彼女は、思い出したように、ハッとした顔をした。
「あ、そういえば行平先生、校長先生が校長室に来るよう言ってましたよ。」
先生がギョッとしたような顔になる。
え、なにしたんだ、この先生。
じとーっと先生を見つめる。
「え、やべ、もしかして校内でタバコ吸ってるのばれたかな」
先生はさあっと顔色が悪くなった。
「ええ、そんなことしてたんですか!」
夏樹もジトッとした目で先生を見つめる。この不思議な状況の中での、夏樹なりの配慮だったのだろう。少しだけ、声が上ずっていた。
だけど、先生は、そんな視線と夏樹の配慮へも気づかず、先生はブツブツとなにかをつぶやいて、
「じゃあな、お前ら」
といって、俺達に「とりあえず教室に」「一緒に着いてこい」とも言わず、重そうに体を引きずりながら、体育館から出ていった。校長に呼び出されたことが相まってか、いつもより、余計にみすぼらしく見えた。ああ、それと、流石に三十路近くの男には、全力疾走はキツかったようだ。
先生の後ろ姿を去るまで見つめていたが、しばらくして、見えなくなると、今まで気になっていたことが溢れてきた。なぜ、人が一人もいないのか。なぜ、先輩はここにいるのか。俺は、先輩に向き直った。
「あの、先輩、なぜ人が一人も居ないんですか?」
時計の時間は間違っていなかったはずだ。いや、急いでたからか見間違えたか?いや、しかし、何度「見て」も間違っては…そんな考えが頭の中を巡る。
そうすると、先輩は直ぐに口を開いた。
「君たちはね、来るべくしてここにいるんだよ。」
そう言うと、また、にっこり笑った。今度の笑みは、安心したような、今まで見たことのない、優しい笑顔だった。
全く言っていることがわからなかった。それに答えになっていない。俺は困った、どうしようという顔で、夏樹を見つめた。夏樹もお手上げのようで、首をすぼめた。どういうことですか。そう聞こうとしたその時、
「それにほら、見て。」
先輩は体育館の上に飾ってある、時計を指さした。時間を見ると、午前9時10分。
「え、え??」
「どういうことだよ、たしかに俺たちがみたのは、」
そう言った瞬間、
「警察だ。手を上げろ!」
ドタドタと何人ものスーツを着て、拳銃を持った男たちが、体育館全方位のドアから入ってきた。
俺たちは、ビックリして、勢いで手を挙げて、固まった。俺は次から次に起こる意味不明な出来事で、恐怖と、自分一人、時間に置いていかれているような、そんな感覚。とにかく、キャパオーバーになりそうだった。大きな声、拳銃、威圧感のあるガタイのいい人達。恐怖を感じるには十分すぎるほど要因が揃っていた。これを一言で表すなら、そう、
俺は、何が何だか分からず、目を瞑りたくなった。
しかし、それが出来なかった。なぜなら、次の言葉が、衝撃的な言葉だったからだ。
「
「え、」
俺は頭が真っ白になった。殺人?容疑?人気者の先輩が?そんなはずない、という気持ちと、なんとも言えない気持ちがぐるぐると渦巻いていた。
夢見心地で、固まっていると、男達が先輩に令状らしきものを見せ、ガチャりと、抵抗しない先輩に手錠をかけた。
一段落したのか、その男達の一人が俺たちを見つけて、2人ほど、こちらに来た。
そして、一人の、比較的上品そうな男が口を開く。
「すみません。驚かせてしまいましたね。私は警視庁のものです。」
俺は、声を出そうとしたが、かすれた声しか出なかった。それを見てなのか、男は申し訳なさそうにもう一度、俺たちと視線を合わせて、話し始めた。
「本当にすみません。ビックリしたでしょう。おふたりは見る限り、ここの高校の生徒様ですね?」
それに対して、夏樹が、冷静に「はい、」と、短く答えた。凄いよほんと、こんな状況なのに。尊敬しちゃう。
「なるほど、詳しくは言えないのですが、私達も仕事なのです。申し訳ありませんが、このことは秘密にお願いします。」
「はい。」と、またも夏樹が答える。
俺は何が何だか分からなくて、コクコクと頷くことしか出来なかった。
警視庁の人たちは、俺たちに、では、と言うと、先輩を連れて、体育館を出ていった。
ドタドタと響く靴音の中、呆然と立ち尽くし、見えなくなるまで先輩の背中を眺めていた。
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