脇道 仕事は程よく力を抜け

 探検家達の朝は早い。

 多くのモンスターが闊歩するこの世界──アミズガルでは、村の近くに出没したモンスターの討伐から新たに発見されたダンジョンの調査はもちろん、他の町へ届ける物資の護衛や薬草の調達、迷子の捜索など仕事が山積みだからだ。

 言ってしまえば何でも屋だが、裏を返せばどんな依頼も引き受ける人材が必要なほど過酷な世界であることを意味している。

 昔は冒険家と呼ばれていた時期もあったが、このご時世では少しでもモンスターの少ない地帯の探索を行う必要があるため、冒険どころではないと今の呼び方になったらしい。


 ここレギウムブルクも、そういった探検家達が集まる街の一つ。

 街の中央に建てられた酒場、レギウムブルクの探検家ギルドの総本部としても扱われているその建物は、いつも以上に喧騒に包まれていた。






「こちらが依頼書になります。受注する際は、またお声かけください」


「うっす! いつもお疲れ様っす!」


「はい、ありがとうございます」


 渡された依頼書を懐にしまい、柔和な笑顔で手を振る受付嬢に会釈をしながら金色の獣の耳と尾を生やした狐の獣人は、待たせている自身の友人でもある仲間の下へ足を運ぶ。

 ギルドの奥には一人の……否、一匹の身の丈ほどの大きさのハンマーを背負った二足歩行のふくよかな化け猫が座っており、不機嫌そうに狐の獣人を見つめていた。

 初見ではモンスターと勘違いされやすいが、彼はケット・シーと呼ばれるれっきとした猫妖精である。


「やっと来やがったか! また遅刻だぞペクス!」


「いやぁ起きたらまだ早かったんでつい二度寝を……でもほら、日頃頑張ってるんすから大目に見てくださいよ、ヴェルンの旦那」


「お前の寝坊、あとそれを大目に見るのもこれで何度目だと思ってやがんだこのバカタレ、とっとと座れ。ったく、今日はあいつらも遅れてるってのに……」


「確かにあの子達見ないっすよね、いつもなら俺より早く来てるのに」


「どうにも連絡がつかねえんだ、何もなけりゃいいが……っておいコラ、お前が言えた義理じゃねえだろ。とっとと改善しろいい加減、身ぐるみ剥いで川に捨てちまうぞ?」


「ちょっとそれは洒落になんねえっすよ旦那……」


「まだ言ってやってるだけマシだと思え、本当に捨てるんなら通告なしに寝てるところを縛った上でバレねえよう──」


「あーそうだそうだ! それにしてもギルドから直々の依頼って珍しくないっすか? しかもこの筆跡からしてエルネストさんっすよね? ここに来た探検家全員に渡されてるみたいだし、結構やばい案件なんじゃないっすか?」


 自業自得ではあるが、どう足掻いても冗談に聞こえない発言を遮るように捲し立てるペクスに内心ため息をつきながらヴェルンは依頼書に目を通し、静かに口を開く。


「いんや、目的地をよく見ろ。セルウ山っつたらあのアイアンドレイクの縄張りだ、あそこで何かあってあの女王が異変を見逃さないわけがねえが……こりゃまた妙な状況だな」


「見間違えにしてもっすね……けど旦那、セルウ山って確かほとんど探索し終わってるはずっすよ? 流石にこんなことでギルドから直接ってのも変じゃ……お?」


 運ばれてきた昼食を横目に話し込んでいた二人だったが、ふと何かに気が付いたかのように耳を動かし、入り口を見る。


「だから言ったじゃないですか! 気分で知らない道に進まない方がいいって!」


「ごめんって! まさか雨で周りが見えなくなるなんて思わなかったんだよ!」


 少しすると言い争うような声が近づき、やがて勢いよく扉を開けながら一組の男女がギルドへと駆けこんできた。


 片やところどころ泥が付着しているものの、革で作られた丈夫そうな軽装に身を包み、腰に剣を携えた青髪の少年、片や反対に泥はあまり付着していない上質そうな黒いローブを身に付け、異様な雰囲気の本を抱えた銀髪の少女と、物騒な物を所持していることとなによりこの場所ギルドを訪れていることから、彼らが探検家であることは誰もが察しが付くだろう。


「ようアイザック! 随分遅かったじゃねえか!」

「あら、ティアちゃんもだなんて珍しいこともあるのね」

「坊主! また今度うちのチビ助と遊んでやってくれよ!」

「ヴェルンさん怒ってたぞ~? まぁ元気そうでよかった!」


「やっぱ怒ってるよね~……」


「仕方ないですよ、事情が事情とはいえ連絡できなかったわけですし……」


 中にいた探検家達から親し気に声を掛けられる中、息を整えた少年達──アイザック、ティアと呼ばれた二人は、待ち受けているであろう怒り心頭の仲間の一人を想像しながら店の奥へ向かおうとした時だった。


「やぁやぁガキ共、いい朝だと思わないかぁ?」


「「あ…」」


 馴染み深すぎる猫なで声が後方から、それも至近距離から聞こえ、二人は思わず肩を跳ね上がらせる。

 慌てて振り返れば、いつの間に移動したのか貼り付けたような笑顔を浮かべたふくよかな猫妖精が入り口を塞ぐように仁王立ちしていた。


「は、はは……えーっと…その…お、おはようございます?」


「連絡もせず遅れてしまい申し訳ありませんヴェルンおじ様!」


 滲み出る圧力に、片や冷汗を垂らしながら乾いた笑い声を返し、片や慌てて頭を下げる。そんな様子にヴェルンはため息をつきながら二人の頭に手を置き──


「よく生きてやがったバカタレ共!」


「うわっ!?」


「ひゃ!?」


 轟音とも呼べる叫び声で空気が震える。

 至近距離で受けたことで堪らず耳を塞ぎながら顔を上げると、ヴェルンはアイザック達の予想通り怒ってはいたものの、どこかほっとしたような顔をしていた。


「ちょっと旦那、一応俺らもいるんっすからもうちょっと静かにしてくださいよ……」


「バカタレ、仲間が連絡もなしに遅刻してその直前にゃ依頼で町を離れていたときた、普通に考えりゃモンスターに襲われてバラバラにされてると思うだろ? 心配しないわけがねえ。オラ、さっさと席座れお前ら」


「分からなくもないっすけどねぇ……あ、そうだこれこれ」


 アイザック達の頭を撫でながら先ほどまでいたテーブルに向かうヴェルンに苦笑し、その後ふと思い出したかのようにペクスは懐から依頼書を取り出した。


「あれ、今日の依頼ってもう決めてたの?」


「まだこれと決まったわけじゃないっすけどギルド直々の……ってか多分エルネストさんの依頼っすよ、一応目を通しておくっすよ」


「ありがとうございます、ペクスさん」


「エルネスト伯父さんからの依頼かぁ……これ僕らが受けるのは無理じゃない?」


 どんな依頼も引き受けると言っても、当然そこには幾つか制約が存在する。

 中でも有名なのが危険性の高い依頼にはそれ相応の階級クラスである探検家でなければ依頼を引き受けることが不可能ということだ。

 アイザックとティアの階級は現在F+、探検家としての活動を認められた新人の中でも上の方であるため、ギルド直々の依頼ともなれば彼らが受注することができないと考えられてもおかしくはない。


「いんや、読めば分かるがこの依頼はパーティで行くのが前提の調査依頼だ、情報が欲しいのか知らんがクラス制限も訓練生クラスG以外なら問題はねえとさ」


「そういうこともあるんだ……んん?」


「どうかしたんで……え?」


 相槌を打ちながら依頼書に目を通し、書かれていた内容に困惑のあまり二度見するアイザック。

 その様子に横から依頼書を覗き込んだティアも思わず首を傾げた。



”昨晩、セルウ山中腹にて本来生息していないはずのモンスターである塔蜘蛛・ティタンスパドゥルと思しき影の目撃情報があった”

”嵐によって詳細を確認することはできなかったが、万が一のために複数人での調査を依頼する”

”本件は訓練生を除いた全てのクラスの探検家に受注許可を出す、ただしF-からE+の探検家は必ずD-以上の探検家と共に向かうこと”



「ティタンスパドゥルと言えば……この辺りからかなり離れた樹海に住み着いているモンスターですよね?」


「そうっすね。ただこの辺りから樹海までは遠いし、正直昨日の嵐も酷かったんで見間違いだとは思うんすけど……どうするんっすか? 旦那」


「ふーむ、受ける奴が他に誰もいない以上なんとも言えん」


「誰もって……どういうことですか?」


「お前らが来る前に聞いた限りじゃ信憑性の薄い話に乗るのもってんで現状様子見してるんだそうだ」


「ですが、ギルドからの直接依頼なんじゃ……」


「他にも依頼は来ている以上そっちに手を回したいんだろう、調査自体にどれくらい時間が要るのか分からんからな。こういうこたぁよくあるんだよ、お嬢」


 世知辛えよなぁ、と複雑な表情を浮かべるティアにヴェルンがため息をつく。


「けどティタンスパドゥルが本当にいたらセルウ山での依頼に影響が出るよね? だったら僕は引き受けるべきだと思う」


 依頼書を眺めていたアイザックが口を開く。その真剣な表情にヴェルンの口角が上がる。


「数日間モンスターだらけの場所で寝泊まりすることになるが、二言はねえな?」


「受けないで後悔するくらいなら受けて後悔するよ、おじさん」


「よぉしその意気だ、準備しろお前ら!」


 拳を握りしめ、真っ向からヴェルンを見つめ返すアイザックに満足そうに頷くと、皿に残っていたパンを全て口に放り込みながらヴェルンは受付嬢の下へと歩いていき、アイザックは剣の点検を始めた。


「相変わらずどこまでも真っ直ぐっすねぇ、アイザッ君」


「そこがザックのいいところなんです、まだまだあるんですよ?」


 そのやり取りをペクスはどこか羨ましそうに、ティアはまるで自分のことのように誇らしげに見つめるのだった。

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