2歩目 ハイになった後正気に戻ると結構恥ずかしくなったりするよね
まるで頭の中に直接情報を書き込んだかのようにはっきりとしていた。
体が仮に人間だったら思わず「は?」って変な声が出てたかもしれないけど、こんな状きょっ……
(……あっぶな)
真横に再び土の柱──テルジラ・コルムナって名前のそれが出現、いや、発動したって言った方が良いか。
見なくても分かる、あと数センチほど右にいたら直撃していた距離だ。相変わらずいきなりだ、さっきのを読んだ限りじゃ下級クラスの魔法? らしいけど中級くらいでも文句ないと思う。
でも外れてくれたおかげで大体どういう仕組みか分かった気がする、もう少し試してみないと確信できないけど。
ゆっくりと音を出さないように右に移動、獅子熊から見て10時くらいの方向まで来たところで敢えて足音が大きくなるように力を入れて獅子熊に向かって直進する。
すると
右、左、右、と跳んでる合間に一瞬だけ後方を確認すると、丁度光った地面から例の柱が生えてくるところだった。
やっぱりそうだ、熊が地面に触ったらこっちの足元が一瞬光ってその後にあれが来る。最初に喰らった時何かが光った気がしたからもしかしてとは思ったけど大当たりだ。
俺のいるところにほぼ正確に発動できたのも多分音で感知してるはずだ、熊は耳がいいって聞いたことがあるし。さっきギリギリ当たらなかったのは吹っ飛ばされた時に距離が離れてたのと俺が立ち止まってて位置を把握し切れてなかったからって考えてもいいか。
とにかく対処方法はこれで分かった、滅茶苦茶に動いて発動する前に避ける。シンプルな攻撃には丁度いいシンプルな避け方だ、あとはこのまま近づいて攻撃すればやれる。
速度を上げ、連続で迫り上がってくる土の柱を振り切りながら獅子熊の背後に回り込むように駆け抜ける。
音で場所が分かっていても魔法を発動してる途中なら振り向くのは間に合わない、そのまま無防備な背中目掛けて……飛ばず、急停止。
2秒も経たないうちに、勢いを殺し切れず少し前に出た俺の目の前を素早く立ち上がりながら振り向きざまに繰り出された獅子熊の鉤爪が通り抜けていった。
最初の不意打ちに加えて、音で判別して正確に攻撃してくるくらいの高い知能に木が吹っ飛ぶくらいの勢いで走れる身体能力だ、万が一を警戒したけど危なかった。
なんにせよ隙は隙、がら空きになったところで今度こそ顔面目掛けて飛びかかり、鼻っ面に爪を振り下ろす。一瞬生暖かい感触がしたと思うと、次の瞬間には赤い液体が頬を濡らしていた。
「ギャア!?」
前に読んだことがあるけど、熊の鼻は一種の急所でもあるらしい。異世界育ちでもその部分は同じみたいで顔を抑えて悲鳴を上げながら後退していっている。
即座に反撃に備えて距離を取るために走り出す。振り向いた拍子にさっきまで連続で発動していたせいか、まるで木々のように聳え立ついくつもの土の柱が視界に入った。
地面の形を変えて攻撃する性質によるものか木の根っこに石、おまけに折れた棒のような物体や何らかの動物の頭蓋骨っぽい白い物体が柱の中に埋まったりはみ出たりしている。
中でも何故か俺はある物に目を引かれた、それは──
「オオオオオオオオ!!!」
咆哮が轟く、次いで大きな足音。振り向けば血を垂れ流しながらも猛進してくる獅子熊の姿があった。
あの感じじゃやっぱり爪と牙だけじゃ足りない、さっきみたいに頭を蹴って木とか柱にぶつけるのもここまで怒ってたら簡単に乗れそうにない。
……正直長期戦になるのは面倒くさい、こうなったら賭けだ。
完全に近づかれる前に柱の中から僅かに飛び出していた黒い棒に噛み付き、思い切り引っ張る。
土自体は思ってたより柔らかく、いくつかの塊と一緒に勢いよく抜けた”それ”が姿を現した。
運がいいって思えたのは初めてだな、おかげでやっとまともにやり合えそうだ。
(どう、にか、なれ!)
引っこ抜けた勢いを利用して一回転するように体を捻り、大口を開けて突っ込んできていた獅子熊の顔面に力一杯叩き付ける。
瞬間、柔らかい何かと硬い何かの両方に食い込んだような、刺さったような、潰れたような、それら全部が混ざったような感触がしたかと思うと、俺の体は巨体に弾き飛ばされていた。
あまりの衝撃に噛みついていた物体が離れ、俺は再び地面を転がる。とはいえ土の柱を喰らった時と比べれば衝撃はまだマシで、痛みも少ない。
顔を上げれば地面にめり込むようにうつ伏せに倒れ伏す獅子熊、その頬には深々と黒い塊──剣に似た何かが刺さり、流れ出た血が水溜まりのように広がっていた。
息を整え、しばらく様子を窺うも何も起こらない。
手間はかかったけど、これで俺の勝………
…………ちょ、と、待て、俺、今まで、何してた?
息が整っていくにつれて自分の顔から血の気が引いていくのが分かる。冷静になった頭じゃ、たった今浮かんできた疑問に対する答えは簡単に出てきた。
獅子熊に駆け寄る。もう死んでいる、俺が
爪で、牙で、武器で、
「ッ……ぐ」
嫌な臭いがする。
出所は獅子熊の死体、埃ともカビとも違う嗅いだことがないような異様な臭いがした。
喉から何かが込み上げてきた、それが何かはよく知ってる……よく、知ってる。
「オ”エ”エ”エ”エ”……!」
堪え切れずに開けた口からまた不快な臭いを放つ物体が吐き出される。
獣に転生する以上空腹を埋めるために獲物を
ひたすら逃げる選択肢もあったのにわざわざ
気づかずに、途中でやめなかった自分自身が気持ち悪い。狩らなきゃ狩られるってことに何も違和感が湧かなかったのもそうだ、ただただ気持ち悪い。
それから落ち着くまで俺は吐いていた、喉は痛いしついでで出てきた涙で前がよく見えない。
維持できる奴がいなくなったからか土の柱はいつの間にか崩れていた、こんもりとした土の中にはバッグや骨が転がっている。
こっからどうしよ、最初決めてた体の動きを覚えるってのが終わってすることなんてな……
真下から唸るような音がした、自分の腹からだ。
思えば起きてからずっと何も食べてない、全力で動いてたから気づかなかった。
となると……食べるしかないよな、熊。
いつかは通る道だし、躊躇った結果が飢え死にってのも複雑な気分ではある。今更悩んでも仕方ないけどちょっと心の準備をしないと食べられる気がしない。
『ねぇ、食べないの?』
頭の中で幼い子供のような声が響く、反射的に周りを見るも姿は確認できない。
今の声は間違いない、獅子熊から逃げてる時に聞こえてきたのと同じだ。
不思議と不気味だとかそういったのはない、むしろどことなく馴染み深い感じがした。
「ォ……ゲホッ」
返事をしようにも、口から出てきたのは掠れた鳴き声と咳。さっきまで吐いてたのもあるし、そもそも構造的に人の言葉が出せないのを忘れていた。
話す相手がこっちの考えてることが分かるとかそういうのがあれば楽なんだろうな、人間と接触する気はないんだけど。
……とにかく、やるか。
深呼吸をしてから死骸に近づく。
見れば見るほど立派な毛だ、こうして落ち着いてる状態で触ると硬さとかがよく分かる。
流石にこの毛は抜いておかないと食べる時大変そうだけど、ちまちまやるのは構造的に時間がかかりそうだし……いっそ周りの肉と一緒に引っぺがすか。
試しに前肢の爪をさっきの戦闘で噛みついた部分──首の後ろの傷に突き立てて引きずるように切ると、皮とその下の肉にあっさりと切れ込みが入っていく感触があった。
図工の授業で鋏を使った時と似て……いや、今思い出す必要なんてない、さっさとやろう。
くだらない記憶を頭の隅にしまい、作業を再開する。
腰の部分まで切れ込みが入ったところで試しに空いてる方の前肢で皮を引っ張ってみると、隙間から肉の部分が確認できた。前肢で支えてる皮に噛みつき、それを肉から剥がそうと思い切り引っ張る。
流石に切るのと違って一筋縄じゃ行かなかったけど、しばらく力を入れて踏ん張っていれば次第にプツリと千切れていくような感覚と共に剥がれていった。
口の中に入った毛と血を吐き出し、毛皮がある程度剥がれたことで見えてきた肉に目を向ける。ほんの一部の肉は毛皮と一緒に取れたみたいで、白い部分が少し覗いている。多分、これは背骨か肋骨だ。
流石にここは今の体でも難しい、ハイエナだったら骨も一緒に噛み砕けるって話だけど狼だからな、俺。
とはいえ骨の周りについてる
意を決して顔を近づけ、思い切り齧りつく。
……うん、生って味がした。血と生臭さとついでに土の匂いが混じったなんとも言えない風味だ。
けどまともに味がしなかった頃と比べれば絵面はともかくこうして特に何も考えずにただ落ち着いて食べれるってのはあんまり悪くない。見る景色も乱雑に積まれた段ボールとか蜘蛛の巣でもないし。
取り敢えずこれ食べたら色々考えとかないとな、またこいつみたいなのが出てきたらやばいし寝泊まりできるところ探さないと。
あとは魔法とか……あ、そういえばあの文字の羅列も気になる。思ってたよりも結構やることが多いな。
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