獣体人魂放狼記

走る花火

死に物狂いのサバイバル編

-1歩目 不良品と粗大ゴミはよく似てる

 今まで生きてきた中で嬉しかったことはあったっけな。

 いや、少しでも何かあったなら多分こうなってないな。


 薄暗くてよく見えない路地裏を遠目で見下ろしながら、俺はもう何度目かも分からない自問自答をする。

 思えばこの15年……だっけな、長い目で見ればかなり短いこの人生で経験してきたことを思うと、もっと早くにこうしててもおかしくはなかったような気もする。

 同じ家、同じ顔で生まれたのに、頭の出来は全く似ていない。優秀な兄と平凡な弟の双子っていうよくあるパターンの弟の方、運悪く俺はそのポジションにいる。

 何をしても必ず優秀な方と比べられて認められない毎日、それが実力主義の家庭で起き続けたらどうなるかって聞かれたら、記憶の通りただただ虚しい毎日が待っているとしか言いようがない。


 時刻は日付が変わるまであと数分というところで、場所は某廃ビルの屋上……俺の死に場所、もとい処分に困るゴミを捨てるのに適した場所だ。でも落ちた先で死ぬって考えると、ここ屋上が死に場所かと言われたらなんか違うような気がする。


 少し考えた末に、どっちも死に場所でいいと結論を出して思考を止め、柵を乗り越える。不思議と心臓の音が早くなるとかそういったことはなくスムーズにできた。

 慎重に足を運べば、やがて少しでも体を傾ければすぐにでも全部終わらせられるところまで来れた。こうして見ると、柵越しに見た時よりも眼下の暗闇が身近な物に思えてくる。


 こういう時って普通は緊張とかそういう感じはするんだろうけど存外何も感じないものなんだな……いや、何も感じなくなったのは今に始まったことじゃないか。

 笑い方も、泣き方も、怒り方も楽しみ方も期待のし方ももう何もかも覚えていない。そもそも覚えられるほど経験するようなことがほとんどなかったんだし、それ以前の問題か。


 何気なく持ってきた時計を見ればもう0時、予定していた時間になった。

 深呼吸をし、空を見上げる。視界に入ったのは周りの灰色とは正反対に輝く金色の満月、こうして空に近いところから見れば、いつだったか物置から見上げた時よりもどこか綺麗に見える。

 気づけば俺はそれに向かって手を伸ばしていた、影みたいな奴じゃ絶対に届かないのは知っていたのに。

 苦笑しながら手を降ろす。確か冥途の土産って言うんだっけ、もしもそれなら……最期に見れただけでも御の字か。


 目を閉じ、頭から落ちていけるよう体を前に倒す。

 そのまま1秒もしないうちに両足に感じていたコンクリートの感触がなくなり、代わりに落下している証拠だと言わんばかりに風が打ち付けてくる。

 思わず口角が上がった。このまま楽になれるんだから当然だ。


 きっとすぐには分からないだろうな、目立たない路地裏に落ちるんだし。

 バレたらちょっとは騒ぎになるだろうな、一応人が死んでるわけだから。

 あいつらは気にも留めないだろうな、俺は出来損ない以下なんだから。

 ……しくじったな、死ぬ時くらいあいつらのこと忘れようと思ったのになにしてんだろ。


 思わず乾いた笑いが漏れ、気温の影響か冷たい風が口の中に入り喉奥が冷える。

 こんな気分で死ぬのはなんか癪に障る、これからぶつかる地面でも見ていたら少しでも気持ちを紛らわせられるかな。


 風が当たるのを承知で目を開ける。すぐそこに目当ての灰色が映ったかと思うと、文字で表すならバンって感じの大きな音がしたと同時に激痛が走った。






(……?)


 サイレンの音が聞こえる。

 体中が痛い、目の前が霞んでてよく見えない。

 失敗した? いや、十階建ての屋上から落ちたしそれはないはずだ。となると運がいいのか悪いのか、どうにも意識は一回飛んだみたいだけど目が覚めたらしい。

 けど、これはこれで悪くない。無駄な努力をするために使い続けた腕も、行って帰るという行動のためだけに動かしていた足も全く動かなくて痛みだけがある、それが分かるだけでも安心できたからだ。


「大 夫  か!? しっ りし ださ !」


 耳元で妙に焦った感じの大声が聞こえてくるけどよく分からない、分かりたくもない。ただただうるさいだけで気分が悪い。

 随分気づかれるのが早かったけどそれほど音が大きかったのか、それともたまたま近くに誰かいたのかのどっちかだろう。


(放っておいてよ、もう疲れた)


 文句を言おうにも全く出てこない。記憶が正しければ確か顔から落ちたんだし、そうなるのも当たり前なのか?

 それにしてもさっきよりもなんか暗くなっている気がする。なんとなくぼーっとしてきたし、多分これが意識が遠のくって感じなんだろうか。

 試しに力を抜いてみれば一気に視界が暗く、周りの雑音が聞こえにくくなってくる、これは成功ってことでもいいかな。


 なんだか最期まで中途半端だったけど、そんなことはやっと死ねる解放されることに比べればどうでもいい。

 次生まれる時はもっと上手くいけばいい、叶うはずのない願いごとを考えながら俺は再び意識を手放した。

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