第6話

 次の日起きると、水咲がベッドに背を向けてテレビを見ているのが視界に入った。今日は休日だったらしい。水咲が見ているテレビ番組は平日の昼時にはよくある大した情報のない主婦向けのバラエティだ。そんなものを見ていて楽しいのか、それとも見るものがないのか、彼女が家にいるときは大体これをテレビで流しっぱなしにしている。


 これをやっているということは、相当寝すぎたらしい。スマホを手に取ると、画面には12時半と表示されていた。俺が起きたことに気が付いて水咲が振り向く。



「しーちゃんおはよう」



「……うん」



 昨日のことを、水咲はもう気にしていないらしい。寝ぼけた俺の顔を見て笑い、またテレビへと視線を戻した。



「それ、見てて楽しい?」



 何気なくそう聞く。水咲はちょっと首をかしげてから、楽しいよと返事をした。画面にはどこかの海が映し出されている。もうすぐ夏休みだから、こういうレジャースポットの特集が組まれているのだろう。



「海、行きたいなー……」



 テレビの音にかき消されてしまいそうな声で、水咲はそうつぶやく。そういえば、水咲と一緒に海に行ったことはない。俺自身は大学の友人と何人かで行ったりはしたけれど、彼女と海に行こうという話題すら上がったことがないことに気が付いた。


 長い付き合いのはずなのに、家族ぐるみでも海に行ったことがない。プールはあるけれど海はないことに何か特別な理由があっただろうか。



「……海、行きたいの?」



 水咲は聞かれていると思っていなかったのか、そう聞くと驚いた顔をして振り向いた。無意識だったのか、照れて耳が少し赤くなっている。



「テレビ見ててなんとなく思っただけ。なんとなくね」



 彼女はひとつに結んだ髪を指先でいじりながら、またテレビの方へと顔を向けてしまう。



「海、行く?」



 少し間をおいて問いかけると、今度は振り向かなかった。けれどそわそわしているのが彼女の背中から伝わる。



「しーちゃん、忙しいんじゃないの」



「別に、1日くらい海行けないほどじゃない」



 俺がそう言うと、水咲はふうんとつぶやいた。でもその声音は嬉しそうで、ベッドの方へ振り向くと、どこに行く?とスマホを取り出した。



「あ、でも混んでるよね……しーちゃん人混み嫌いでしょ?」



「いいよ別に。……どこがいいの」



 彼女はパッと目を輝かせて、俺の横に寝転んだ。水咲のスマホを2人の間に置き、いくつものページを画面に表示させる。正直俺に違いはわからなかったけれど、彼女が嬉しそうならいいだろう。これで昨日の罪滅ぼしくらいにはなっただろうか。


 彼女が自分から海に行きたいと言い出すのは珍しかった。水咲はインドア派で、どこかに遊びに行きたいなんて滅多に言わない。それに行くとしたら1人でふらっと出かけてしまうし、俺を誘うほうが稀だ。



「ね、しーちゃんはどこがいい?」



 彼女はいつもより明るい声でそう言って、調べた場所の違いを説明している。けれど俺にはどれも同じに見えて、スマホから目をそらした。



「どこでもいい。水咲の好きなところで」



 画面をスクロールする水咲の指が一瞬止まった。



「そっか……うん、考えとくね」



 水咲はそう言うと、俺に背を向けるようにして寝返りを打つ。バラエティ番組は山特集へと変わっていた。


 やたら誇張したリアクションを取るタレントが画面の中ではしゃいでいる。きっと初めて来た場所ではないだろうに、よくこんなに新鮮な反応ができるものだといつも思う。それが仕事だからか、と冷めた目で見る自分がいた。


 水咲はテレビを見ているのかいないのか、俺に背を向けたまま黙り込んでいる。何か話しかけようにも言葉が見つからずに、ただ俺はじっと興味のないテレビ画面を眺めていた。


 今日は忘れていたが、最近彼女が休みの日には出かける用事を作るようにしている。そもそもお互いに忙しくて休みが被ることは少ないのだけれど、彼女が家にいる日に合わせて用事を入れていた。普通のカップルだったら、休みを合わせてどこかに出かけようとかするのかもしれない。けれどお互い疲れているし、1日中家ふたりきりでいるのも息が詰まる。


 住み始めた頃は2人で家にいるだけでも楽しかったのに、いつから気が休まらなくなったのだろう。外で何か用事をしているより、彼女と2人で家にいる方が疲労感を覚える。別に彼女と一緒にいるのが嫌というわけじゃない。嫌だったら、海に行きたいという水咲の言葉を聞かなかったことにしていただろう。


 ずっと同じ体勢でいるのに疲れてほんの少し足を動かすと水咲の足に触れた。水咲の体がぴくりと反応して、俺もそっと足を引っ込める。水咲と壁に挟まれていて身動きが取れない。寝返りひとつ打つのにも気を使わなければいけなかった。


 水咲だって窮屈なはずなのに、頑なにベッドから降りようとしない。そのうちトイレに行きたくなってきて、しょうがなく水咲の肩を揺すぶった。



「水咲、ちょっとどいて……トイレ行きたい」



 返事がない。ぐっと腕に力を入れて起き上がり、水咲の顔を覗き込む。彼女はすうすうと寝息を立てて、スマホを握りしめたまま眠っていた。

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