振り返らない女

環境

振り返らない女(第一話)

 Fさんと再会したのは、アルバイト初日の出来事でした。

「あれ?おまえ、会ったことあるよね」

 コンビニの夕勤メンバーと一通り顔合わせをしたところで、ちょうどレジからバックヤードに戻ってきた店員がFさんでした。

 彼とは地元の中学校が同じでしたが、ほとんど面識はありません。とはいえ田舎の小さな学校のことですから、在校時期が重なっている生徒の顔くらいは覚えていました。それに、私も高校に入学したばかりでしたので、見知った顔があるだけで心強かったのです。Fさんは私の教育係として任命され、同じシフトに入るよう調整されました。

 Fさんは言葉遣いが荒く、少々気が短いのが難点でしたが、慣れてくると御しやすいタイプでもありました。私が仕事の内容を覚えはじめ、うまく店を回せた日には缶コーヒーを奢ってくれたこともあります。私の方もしばらく一緒に働いている内にだんだんと打ち解けてきて、客の少ない日にはぽつぽつと雑談をする程度の距離感になりました。

 Fさんが身の上話をするときは喧嘩のエピソードが必ず織り込まれていました。暴力や高圧的な態度が美徳とされる社会に身をおいていたのでしょう。自らの気性の荒さを自慢気に披露する姿は、すこしだけ滑稽でした。その他には、高校を中退してからはフリーターとして生計を立てており、アルバイトをいくつか掛け持ちしているのだと聞かされました。帰宅が深夜や早朝になることも多かったようで、繁華街でのエピソードや幽霊話など様々な体験談を嬉しそうに語るのが日課でした。そのほとんどはコミカルに誇張したくだらないほら話でしたが、その中でひとつだけ印象に残った話があります。



「振り返る女ってウザくねえ?」

 その日のFさんはあまり機嫌が良くありませんでした。ロッカーの開け閉めが雑だったり、少しでもややこしい客に当たるとあからさまに大きなため息をついたりしていたので、極力話しかけないように努めていました。おおかた、ほかのバイト先で嫌な目にでもあったのだろうと気にもとめていませんでしたが、しびれを切らしたようで勝手に愚痴をこぼしはじめる始末でした。

「なにかあったんですか」

 聞かないわけにもいきません。先ほど終えたばかりの品出し作業をもう一度念入りにチェックしながら適当な調子で返事をすると、饒舌に話し始めました。

「仕事帰りとか、夜に歩いてるとたまたま誰かと道順がかぶることってあるだろ? そういうときに前を歩いてるのが女だったら最悪だよ。チラチラ振り返ってきたり、あからさまに歩くスピードを変えたりして。ひどいときは防犯ブザーに手をかけてるんだぜ。わざわざこっちから見えるように持っててさあ。俺が不審者にみえるのかっつう話じゃん」

「ああ、たしかに。傷つきますよね」

「そうなんだよ。そういうやつに限って全然俺の好みでもないし、おまえなんか襲うわけねーだろって奴ばっかりなんだよ。要するに自意識過剰なんだよな。何もしてねえのに犯罪者扱いとか酷くねえ? こっちはその女ひとりのせいで一日の最後を最悪の気分で終えてるわけじゃん」

「そうですね。道を歩く権利は平等ですし、失礼な方もいるもんですね」

 Fさんが不審者じゃないと知っているのは家族や知り合いだけでしょう、というセリフが喉まで出かかっていました。しかし、そういう議論を望んでいるわけではないようでした。

「音を出して、相手に存在を知らせてから抜かして歩くとか、反対側の歩道に渡るようにしています。私はですけれど」

「違うんだよなあ。なんで俺がそいつのために気を遣わなきゃいけないわけ? 不審者扱いしてくるようなクソ女ひとりのために。ま、走って逃げていかれるのもムカつくけどね」 

「はあ」

「ああいうやつは一度痛い目に遭ってみたらいいんだよ」

 この日はそこで話が終わりました。私が最低な気分で家路についたことは言うまでもありません。



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